第99話:祭りの終わりと、大人の連絡先
8月1日 8月2日 午前午後 2話ずつ投稿します。
二日間にわたる山口七夕ちょうちんまつりの狂騒が終わった。
最大の懸念だった群衆パニックによる事故は一件も起きず、市民会館の大ホールという「檻」での過酷な入れ替え制ライブは、俺たちの計算通りに完遂された。
ライブ自体は圧倒的な熱量だった。案の定、熱に当てられた薫のMCが白熱して予定時間をオーバーしそうになったが、事前の取り決め通り、博士が容赦なくスネアドラムを叩き込んで話を遮り、強制的に『Twist and Shout』へと突入させた。
「……あの時の、話をぶった切られた薫の顔はマジで傑作だったぜ」
撤収作業中、勝が思い出し笑いをしながら言うと、薫は「うるせえ、余韻ってもんがあるだろ!」と照れ隠しのように怒鳴っていた。
全公演の終了後。俺たちは祭りの客が引いて少し静かになったメイン会場(パークロード周辺)の広場に、今回の運営を支えてくれたスタッフたちを集めた。
麻耶や京子先輩が率いる指定ジャージの誘導部隊と、西京や山高の柔道部の連中。総勢百人近い人数だ。全員を打ち上げに連れて行くには多すぎる。俺たちは彼らに深く頭を下げ、一つの約束を交わして解散した。
「夏休みの最後の日曜日。市民会館の『小ホール』を借りて、あんたたち協力者だけを呼んだお礼のシークレットライブをやる。……友達も、二人までなら連れてきてもいいぜ。絶対に来てくれよな」
薫の言葉に、中高生たちは歓声を上げて喜び、それぞれの帰路についた。
俺は彼らの背中を見送りながら、頭の中で静かに計算を回した。
市民会館の小ホールのキャパシティは最大四百人。スタッフ百人がそれぞれ友人を二人連れてくれば、合計三百人。満席で身動きが取れなくなる事態を防ぎつつ、フロアに十分な密度と熱気を持たせるには完璧な数字だ。
そして何より、彼らが厳選して連れてくる「友人」という新しい層に、俺たちの熱狂を直接感染させるための、極めて効率的な口コミのスキームでもあった。
残された俺たち『beat less』のメンバーは、その足で実行委員会と文化振興財団の大人たちがいる本部テントへと挨拶に向かった。
数千人の若者の暴徒化を未然に防ぎ、無事に祭りが終わったことで、大人たちは心底ホッとした様子だった。
「いやあ、君たちのおかげで今年の祭りは大盛況だったよ。うちの店なんか、倉庫で埃を被ってた滞留商品の置物まで全部売り切れちゃってね」
商工会議所青年部の社長らしき男が、ホクホク顔で俺の手を握ってきた。
(……アーケードで安い商品を隠し、えげつない抱き合わせ販売をやっていた犯人はあんたか)
俺は内心で冷笑しながらも、完璧な優等生の営業スマイルで「お役に立てて光栄です」と返した。商店街の大人たちは「ぜひ来年もやってくれ」と前のめりだったが、クラシック用の上品な大ホールで爆音を鳴らされた文化振興財団の幹部たちは、終始渋い顔を崩さなかった。
だが、一人だけ例外がいた。
「お疲れ様。見事なコントロールだったわ」
今回のインフラと整理券のシステムを完璧に回し切った、財団の若手職員――木村なおだ。
俺は彼女の労をねぎらい、ごく自然な流れで連絡先を交換した。
(……結構、俺、こういう地味めで有能なタイプが好きなんだよな)
新卒で入ったばかりの二十二歳。川村敬子先生が持つアンニュイな色気とは違う、理知的で隙のない魅力がある。
今後の活動において、行政や大人のインフラを裏から動かす局面は必ず来る。その時、彼女の圧倒的な事務処理能力には、存分に相談に乗ってもらうつもりだ。
俺は携帯電話に登録された新しい名前を眺め、夜の底に沈む山口の街で静かに口角を上げた。
「※本作品は山口市をモデルとしたフィクションです。作中に登場する実在の施設(YCAM、山口市民会館など)や団体、およびその運営方針等は、すべて物語上の架空の設定であり、現実のものとは一切関係ありません。」




