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砂海の遺珠  作者: 秦 奈良鹿


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1/10

《零》邂逅 前

 亮国の都、镹安(ジョウアン)から遠く離れた北西部の乾燥地帯。

 弧を描きうねった金河が、北に砂漠、南に農耕地帯と分断し、小さな段丘を丸く取り囲むような地形。


 その湾曲の大きな部分の向かい側。

 彼らは北岸の砂崖の(ふち)に騎乗の姿を現すなり、急斜面のまばらな木々に身を隠すようにする。

 既に戦場となっている眼下後方の戦況を確認するためだ。


 雨の少なかったその年の夏、遊牧民族の国、瀚黎(かんれい)の軍勢が北側の金河下流から仕掛けてきた戦。彼らは西の国々の東進、砂漠の緑州(オアシス)の水涸れなどにより、度々亮国の領内に侵入してくる。


 夏から秋にかけて、金河沿いの多くの集落が略奪され焼かれるなどした。地方に置かれた軍が北へと押し戻してはいたが消耗は激しい。退かせたところで北西から増した軍勢で再び侵攻してくる。それを金河から南に入り込んだところでようやく出てきた禁軍が接敵、散らしたところでまた北から、というかたちで戦いが続いていた。


 金河はこの地では蛇行し砂州を抱え、ところどころ人馬が通れるほど浅くなることがある。

 晩秋に差し掛かり、金河の水量は減り中州をいくつも見せていて、対岸にも渡りやすい地形となっていた。


 これより北西の砂漠には敵の本隊、そして伏兵がそこかしこに潜んでいる。簡単ではないのは分かっていたが案の定数ヶ所で阻まれ、少しばかり現着が遅れた。


「予想以上に到達が早いな。若い将だ。つい釣り込まれてきたのでないことを祈りたいが。我々は急ぎここを駆け下りるしかあるまい。」


 実際そうなのだろう、壮年の隊の長が懸念の混じった声音で言う。確かに自分たちの現着がもっと早ければ完全に挟み撃ちにもできた。


 直近に上から下達された策はそうだったが、敵に退路が少なくなる分、より死闘となるだろうと自分は思う。その前の指示ではここで殲滅(せんめつ)しなくとも追い払えばそれでいい、と言われていた。

 どうせ彼らをそうしたところで第二第三の軍勢が現れるだけだからだ。

 本隊が出てこないのならば、双方被害を少なく適当に削っておいて追い払ったほうが上策というものだろう。


 味方の将ともあろうもの、それは考えているはずだが、直近の下達(げたつ)はらしくない、と訝る上の者たちの話を耳にした。

 ただ、このまま追い払ったところで戦況は膠着状態だ。まもなく冬になる。小さい勝利でも、確信すればこそ完全につぶしておきたいのは理解はできる。削れば敵本隊も弱る。

 情報の伝達に少し違和感を感じるが―――

 まあいい。自分たちは命令をどれだけ具体化できるか、そのためにいる。


斥候(せっこう)によると、今朝、敵軍は一旦この四里(約2km)東あたりまで金河沿いを西進して敗走した後、反撃に転じました。」


 遊牧民の敵が得意な、引きつけておいて反転時に後方に弓で一斉に射掛けて逃げることを繰り返す攻撃だ。

 だがその戦術は平原でこそ生きる。

 現在敵は徐々に上流に後退しつつあるが、反撃の手を緩めない。 

 この辺りから南西に向かえば川岸が狭くなってくる。もう少し追い込めば味方に有利に進められる。

 ただ、追う方は退く場所を間違えてはならない。


 ちょうどこの高さのある場所を確保できたことではすでに優位に立っている。矢を放ち駆け下りるこちら側は高さが目隠しとなり、味方の犠牲は少なくできるだろう。

 ただ、この崖から駆け下りる技術がなければ話にならない。


「――『計都』。」


『計都』は自分の暗号名(コードネーム)である。


「は。」


 短く返答し唇を引き結ぶ。


「お前、先陣を切ってここを降りられるか。敵の度肝を抜く速度が必要だ。」


『計都』は足がかりとなる場所を一つづつ確認するように崖を検分し頷いた。

 出来ない、と言ったことなどない。


「お任せを。いつでも行けます。」

「他、二十、ついていけ。残りは矢をつがえて待て。」


 斜面のあちこちから声が上がる。


『計都』は鋭い眼光を放ちながら目礼し、また周囲を見回す。

 ついに敵がそこに差し掛かろうとしている。

 敵はほぼ騎兵で三百騎、追う禁軍の軍勢は騎兵六十騎、重装歩兵百四十、これはいささか密集している様子。そして軽装歩兵五十、内火器兵三十、弓兵二十といったところか。

 狭隘(きょうあい)な地形のため、戦場は長く伸びてしまっていることに眉をひそめる。

 先頭以外、敵味方はすでに入り混じっている。

 そう思った時、対岸の山の南側の稜線の陰に何か動いて光るのに気づいた。

 葉はまばらとはいえ灌木に紛れていて見えにくい。


「先頭だ。弓を引け。――放て!」


 矢は一直線に敵先頭を目がけて飛んでいく。

『計都』は先ほどの南稜線の何かに目を凝らしている。

 何か、は人だ。


「あそこに人が。」


 谷では敵数騎が棹立ちになり一瞬速度を落としたがそのままこちらに向かってくる。駆け下りてくることはないと踏んだのだろう。


「何が見える。」


 伏せた影の近く。


「一隊程度の人数、見える限りで八人。伏せていますが矢ではなさそうです、火縄銃にしては遠い。」


 矢継ぎ早に伝える。


「…伏兵に違いない。」


 敵か味方か。


「旗はありません。見慣れない鎧。何か――。」


 計都は小さく息を呑む。


「…赤く光が。」

「まずい。行け!」

「は。では。」


『計都』は手綱をうんと短く持つ。拍車をかけ、砂を蹴散らしながら踏み出す。


「他のもの三十は伏兵を速やかに排除せよ。対岸南稜線の向こうだ。残りはここで待機――」


 隊の長の怒鳴り声が終わらないうち、

 そこに低い爆発音が遠雷のように地面を揺るがし広がった。

 ついで耳をつんざく鋭い破裂音が空気を裂く。


 味方はもちろん目の前の敵騎兵どもから発されたものではない。もっと奥からだ。

 敵将を追う将の背が大きく揺らぐのが見えた――


 それは戦況の変化、そしていくつもの人生の転換点だった。

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