作者さんあるあると言いますか。
M山を収容したワンボックスが去っていくと、森井さんは改めて俺たちに頭を下げた。
「B介くん、A太くん、今日は助かったよ。最悪の事態が起きる前に、物語を繋いでくれてありがとう」
「ああ、いや」
「俺たちゃ別に」
仕事柄、褒められたり感謝されたりすることには慣れてない俺とA太は、顔を見合わせて苦笑いした。
「ジュンさんもありがとうございます。よく駆けつけてくれました」
「なんか、向こうで揉めてるやつらが見えたからさ」
ジュンさんは言った。
「警察官の性っつうのかな。揉めてるやつがいると、止めに入りたくなっちまう。それで駆けつけたら、こいつらだったってだけのことだから」
「いやー、助かったっす」
「マジでマジで」
「そうか?」
俺とA太の感謝の言葉に、ジュンさんはくすぐったそうな顔をした。
だが一応何度でも言っておくが、ジュンさんは警察官ではない。だから別に、警察官の性とかもない。
「それで、さっきのヒロキの件ですけど」
このタイミングしかない。
俺は、覚悟を決めて森井さんに声を掛けた。
「ああ」
森井さんは腕を組む。
「寺井からB介君にも連絡があったと思うんだが、うちの会社で架空依頼のクレームがあってね」
「架空依頼?」
その話を知らなかったらしいジュンさんに、森井さんが簡単に説明をする。
「そんなことがあったのか」
「そのことなんだけど、寺井君」
俺が言うと、急に話しかけられた寺井君は「はいっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「なんでしょう?」
「実は俺、寺井君に嘘ついてたんだ」
「え?」
「B介」
A太が俺の肘を引っ張った。
「それは今はいいじゃねえか」
「いや。今じゃなきゃだめだ」
A太の気持ちはありがたい。だけど、もう黙っていちゃいけない時だと思った。
「俺、ヒロキに会ったことあるんだ」
「そ、それはどういう」
寺井君は思いっきり動揺した。その隣で、森井さんが険しい顔をしている。それを見て話し始めたことをすぐに後悔したけど、ここまできて後戻りはできなかった。
俺は話した。
梨夏ちゃんとのこと。
ナンパの予想外の成功から、二回目のナンパ。ヒロキの登場。
三度目の再会と、いるか屋での会話。迎えに駆けつけたヒロキ。
ショッピングモールで負傷した時に現れた梨夏ちゃん。そして彼女と現実にまだ連絡を取っていること。
まったく別の物語に現れたヒロキにボコられたこと。
闇堕ちしたアイビーが、M山と同じようなことを言っていたこと。
意外にも、話し終えたときには寺井君はそこまで驚いた顔はしていなかった。
「……やっぱり、そうですか」
寺井君は言った。
「いや、実は他の架空依頼の件でも、同じ名前が挙がっていたんです。ヒロキというキャラクターが登場していたって」
「そ、そうなの?」
「はい」
「でも、あいつは梨夏ちゃんの彼氏なんだよ。だからあいつが悪人だったら梨夏ちゃんが困るっつうか……いや、そんなこと俺が心配することじゃねえのかもしれねえけど。でも、物語の今後の展開にも大きな影響が出ちまうだろ」
そうなのだ。結局、俺が一番心配なのはそこだった。
俺のことはまあいい。処分されて、給料が減らされたり、最悪、会社を首になったりしても、どうにか生きてはいける。
だけど、俺のせいで梨夏ちゃんの人生、あの子の物語に迷惑をかけるということだけはしたくなかった。
「だから、俺なんかが言えた義理じゃねえけど、寺井君、頼む! 物語がおかしな方向にねじ曲がっちまってるとしたら、それは俺のせいなんだ。梨夏ちゃんには、ちゃんとした物語に戻ってほしいんだ。作者さんにどうにかお願いして、これからのあの子の物語には影響が出ないようにしてくれねえか」
寺井君は返事をしなかった。返事できるようなことじゃないからだろう。
ムシのいい話だってことは分かってる。だから、俺は森井さんにも頭を下げた。
「森井さん、お願いします! 俺は首になってもいいから!」
「おいB介! 早まるなって!」
A太の慌てた声。
「森井さん、大丈夫だよね!? B介が悪いわけじゃねえじゃん、こいつ首になんねえよね!?」
「いや、俺なんか首でもいいんだ。作者さんがそれで納得してくれるんなら。ただ、梨夏ちゃんの物語だけは」
「B介ぇ!」
だけど、森井さんも寺井君もやっぱり返事をしてくれなかった。
「……B介君」
しばらくの沈黙の後、森井さんが言った。
「顔を上げなさい」
おずおずと顔を上げると、難しい顔の森井さんと困った顔の寺井君が俺を見ていた。
「寺井」
と森井さんは言った。
「説明してやって」
「はい」
寺井君は小さく頷く。
何だ?
妙な緊張感に、俺は唾を飲んだ。
「B介さん。あの依頼のあった、能勢梨夏さんの物語なんですけど」
寺井君は言いづらそうに言った。
「あの物語は、エタったそうなんです」
「え?」
「冒頭部分だけを書いて、それで作者さんの筆が乗らなくなって、全く続きを書かないで放置しちゃったそうなんです。だから作者さんはすぐに気づいたんです、あの物語にモブの派遣を依頼するなんてありえないって」
「……どういうこと」
俺の声は強張った。寺井君の言葉の意味が分からなかった。
「エタった? 梨夏ちゃんの物語が?」
「はい」
寺井君は、努めて淡々と返事をする。
「作者さんあるあるといいますか。よく聞くじゃないですか。大作を書くぞって意気込んだ時ほど、冒頭を書いたところでなんだか思った感じと違ってそれで手が止まっちゃうっていうパターン」
「いや、書いたことないから知らないけどさ」
「僕もないですけど。でも、実際に作者さんはそうおっしゃってました。能勢梨夏さんの物語は、冒頭、能勢さんが都会に出てきてナンパされるシーンまで書いたところで、筆が乗らなくてやめちゃいましたって。もうそれから何か月も、一文字も書いてませんって」
「……一文字も? 嘘だろ?」
梨夏ちゃんの物語が、ナンパのシーンだけで止まってる?
「いえ、嘘じゃないです。作者さんの言葉だけではなくて、僕自身も確認しました。能勢梨夏さんの物語は、確かに冒頭だけで止まっていました。それなのに、それ以降も継続してモブの派遣依頼が来ていたことになっているんです」
冒頭だけで、止まってしまっていた。梨夏ちゃんの物語が。
「……誰から?」
「分かりません」
寺井君は首を振る。
「もちろんうちの会社のデータ上は、作者さんからっていうことになってます。でも、作者さんご本人は全く身に覚えがないと」
「……そんな」




