ゾークさんはやっぱり大物だぜ。
「今年もお疲れさん」
ゾークさんはウーロンハイか何かの入ったジョッキを掲げる。
「お疲れっした!」
「した!」
俺と羊さんはそれぞれのグラスをそのジョッキに合わせる。
ゾークさんは異世界盗賊の頭目を張ってるだけあって、もう四十過ぎの凶悪な面構えのおっさんだ。系統としては俺やA太と同じ粗暴系モブということになるだろうか。物語の中ではよく片目に眼帯をしているが、別に隻眼というわけでもない。
粗暴系モブは、主人公やライバルキャラにさくっとやられるのが役目なので、名前がつくことは滅多にない。作者さんにとっては、名前を考えるというのは意外に手間らしく、一瞬で退場するキャラクターにいちいち名前を付けてくれたりはしないのだ。
そんな中、燦然と輝く「ゾーク」の三文字。これぞ、ネームドモブの風格。
「B介、お前腕の骨折ったんだって?」
「あ、はい。そうなんすよ。うっかり現実でケガしちまって……」
「気を付けねえとな。この仕事やってるとどんどんその辺の感覚が麻痺してくるからな」
「いや、ほんとその通りで。物語の中のつもりで無茶しちゃったっす」
「まあそれも、真剣に仕事に取り組んでることの表れだよな」
ゾークさんはそう言って俺の肩を叩いてくれた。手がごつくてデカい。さすが、いつもデカい斧を握ってるだけのことはある。
まあ、主人公の剣で紙みたいに切り裂かれる斧らしいけど。
「頼むぜ、B介。お前はうちの大事な戦力なんだから」
「はい!」
さすがゾークさん。その懐は海よりも深いぜ。
「ゾークさん、聞いてくださいよ。俺もこの前、えらい目に遭ったんですよ」
羊さんが自分の仕事の愚痴を話し出す。
執事のことをよく理解していない作者さんによっていいかげんな扱いを受けているという愚痴は、だんだんと自分の今後についての不安というか迷いみたいなものの話になっていった。
俺はそれを、悩んでるのは俺だけじゃないんだな、なんて思いながら聞いていた。
ゾークさんは腕組みして、うんうんと頷きながらそれを聞いて、羊さんが話し終わると「なるほどなあ」と言った。
「羊。お前が執事モブを始めてからもう何年になるっけな」
「ええと……その前のバーテンダーモブから転向したのが五年前ですね」
へえ、そうなんだ。羊さん、執事やる前にはバーテンやってたんだ。知らなかった。
まあ、どっちも黒服だからな。
「バーテンの前にはお前、金貸しのチンピラモブやってたよな」
「あ、はい。金貸しというか、カジノの用心棒の黒服というか」
やっぱ黒服なんだ。
「あれも五年くらいやったか」
「そうですね……四年ちょっと、かな」
羊さんが自分の記憶をたどるようにしてそう答えると、ゾークさんは、
「そういうことだよ、羊」
と言った。
「え、何がですか」
羊さんがきょとんとする。
「仕事の不満はただのきっかけなんだよ。お前はな、一つの仕事を五年くらいやると、他のことがやりたくなる性分なのさ」
「……あ」
羊さんは目を見開いた。
「……確かに、そうかもしれません」
「執事の自分に飽きてきてるんだけど、それを認めたくないから、仕事が不満で、っていう方向に持っていってるんだろうな、無意識に」
ゾークさんはジョッキの酒をぐいっと一口飲むと、にやりと笑う。
「そろそろ落ち着くのか、それとも次のやりてえモブを探すのか。ちゃんと考えた方がいいぜ。もやもやした不満溜め込んで愚痴ってるより、よっぽど前向きだろ」
「そうっすね」
羊さんは真剣な顔で頷いた。
「さすがゾークさんです。今日話してよかったっす」
「おだてたって、モブはモブだぞ」
ゾークさんは豪快に笑った。
「ゾークさん、実は俺も」
ゾークさんに話を聞いてもらうチャンスはめったにない。俺も勢い込んで話し出す。
「ナンパモブっていつまでも続けられるモブじゃないじゃないですか。そろそろ微妙な年齢になってきたんで……」
「まあ、そりゃな」
ゾークさんは頷く。
「若い子をナンパしまくるじいさんがいたら、それはもはやモブじゃないからな」
「多分物語のキーマンっすよね」
「ワンチャン、主人公ってこともあり得るぜ」
羊さんも口を挟んでくる。
「そうっすよね。だから、俺がモブらしくナンパできるのって、正直あと数年っていうか」
俺は頭を掻く。
「だから、次のことを考えなきゃいけないんですけど。方向性が見えてこないっていうか」
「ははは」
ゾークさんは渋い声で笑って、また酒を一口飲む。
「B介。つまりお前は、今の位置からいずれ先に進まなきゃいけないことが分かってるんだろ?」
「はい」
「だったら、それで十分だろ」
「え、十分ですか」
「そう」
ゾークさんは頷く。
「ナンパモブは、どうしておっさんになったらできないんだ?」
「え、それは、ナンパするのは若いやつだから」
「だろ? 普通のおっさんはナンパしないんだよ。じゃあ、若い頃ナンパしてたおっさんは、今ナンパの代わりに何をしてるんだろうな」
「何を……?」
昔ナンパしてたやつがおっさんになったら……?
俺は考えようとしたが、結構酔っ払ってるし、そもそもおっさんの生態に興味がないので全然思いつかない。
「何すかね。パチンコとか……?」
「パチンコはおっさんになってから始めるもんじゃねえだろ。始めるやつは若い時からやってるんだよ」
「ですよね」
じゃあなんだ。わかんねえ。
困った顔の俺を見て、ゾークさんはにやりと笑った。
「つまり、お前もその年齢になったら、ナンパじゃなくて何をするのか、自然と見えてくるってことだよ」
「自然と……」
そうなんだろうか。
「そうかもなあ」
と羊さんが言う。
「たとえばさ、小学校にいたときは中学生ってどんな感じなのか分かんなかったし、中学の時は高校ってどんなとこなのか分かんなかったけどよ。結局自分がなってみたらこんなもんかって分かったじゃねえか」
「あー、そっすね」
「だからお前も一般的にナンパしねえくらいの年齢になったら、自動的に分かるんじゃねえのか? 次に何をやったらいいのか」
「羊の言う通りだな。ましてや、お前はそれを見極めようと考えてるわけだから」
ゾークさんがそう付け加えた。
「大丈夫だ。心配すんな、B介」
「ありがとうございます」
ゾークさんの言葉には筋が通ってる気がした。




