なんか俺たち売れっ子モブみてえだな。
「B介ぇ!」
俺を見付けるとA太はサルみたいにしわくちゃな笑顔で走り寄ってきた。
「おう、A太。久しぶ……」
A太はそのままの勢いで俺にがっしりと抱き着いた。
「元気してたかよぅ!」
「いでででで! 腕が! 腕が!
「おお、すまん。やっぱりまだ痛いのか」
慌ててA太が身体を離す。
「大丈夫か」
「ああ、なんとか……」
今日の俺は右腕を吊ってないし、だぼだぼのシャツを着ているので、一見すると腕が折れてることは分からない。
だからA太もうっかり抱き着いてしまったのだろう。
「モブの強靭な生命力を総動員して、どうにかここまで治したんだ、褒めてくれ」
なんせ、いつまでも骨折モブのまんまじゃそのうち干上がっちまうからな。
「いやー、なんにせよ戻ってきてくれて助かるぜ」
A太は満面の笑みだ。
「他のやつと組むと、やっぱりなんか調子が出ねえんだよなあ」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいぜ」
俺は元気な左腕をぐるぐると回す。
「さあ、ばりばりナンパするぜ。ヒロインはどこだ!?」
「ひひひ、慌てんじゃねえよ、相棒」
A太は嬉しそうにスマホを取り出す。
「なんせ、今日はお前の復帰戦だからな。寺井君に無理言って十四本も入れてもらった」
「十四本!」
すげえ! 繁忙期でもそんなに一日でやったことねえぞ!
「駅前で十二本、その後で場所を移動して繁華街で二本」
「めちゃくちゃ忙しいな。なんか俺たち売れっ子モブみてえだな」
売れっ子モブ。
モブにそんな言葉はない。売れっ子ボムというシュールな言葉の方がまだ存在する可能性が高いだろう。
「今日だけ特別だ。寺井君も張り切って仕事まわしてくれたんだ。毎日このくらいありゃいいのにな」
A太は下品なパーマをかき上げる。
「さ、そろそろ一本目の時間だ。行こうぜ」
「いえ、そういうの結構です」
困ったように目を逸らしてその場を離れようとする女の子の逃げ道を塞ぐように、俺は壁に左手をつく。
「まだ俺たちの話、終わってないじゃーん」
にやりといやらしく笑う。
「うわあ、近くで見るとマジで可愛いじゃん。え、その目カラコン? それともリアルでそんな色してんの?」
きれいな青い目を覗き込むように言うと、女の子がぱっと顔を背けた。
「照れてる。可愛いなー」
俺とA太は女の子の頭越しに顔を見合わせてにやにやと笑う。
「どこ行く? お酒飲もうよ」
A太がいやらしい顔で言う。
「とりあえずアルコール身体に入れてさ、それで盛り上がったら一緒に――ぐべっ」
突然、A太が俺の視界から消えた。
A太はいつの間にか、向こうの地面をごろごろと転がっていた。
「うえっ!?」
叫び声を上げる俺の目に飛び込んできたのは、空中にしなやかに弧を描く女子高生の生足。
あ、なるほど。これはそういうタイプのものがた「ぐぼっ」
顎を蹴り飛ばされて派手に吹っ飛んだ俺はA太同様にごろごろと転がって(痛い痛い痛い!)、そこに倒れていたA太の身体にぶつかってやっと止まる。
「ぐえっ」
「むぎゅ」
「小春、大丈夫か?」
「か、華怜さん! ありがとうございます」
「この辺、ああいう輩が多いから。一人は危ないぞ」
「は、はい。ほんとに助かりました」
どういう関係かは分からないが、女の子二人は何やら話しながら、俺たちの方を一瞥もすることなく去っていった。
しばらく二人で重なったまま呻いていると、物語世界から抜けた感覚があった。
「いってぇー」
顎を押さえながら顔を起こす。
「問答無用のバイオレンスだったな」
「最近は女キャラの方が結構攻撃的なんだよ」
A太もそう言いながら、頭を振り振り、体を起こす。
「そういうのが受けるんだろうな」
「それにしても最初からこれだと、あと十三件、身体もつかな」
「いや、まさかずっとこの調子じゃねえだろ」
「だよな」
俺は、珍しいものを見るような顔の通行人を睨みつけて威嚇してから、服に付いた土を払って立ち上がる。
「右腕蹴られなくてよかったぜ」
「まあ、たまにはこういうのもあるよ」
A太は言った。
「次は普通に振られるやつだと思うぜ」
「まゆり姉ちゃんから離れろ!」
「タカくん!」
甲高い子供の声が響くと、おっとりした口調で俺たちのナンパをのらりくらりとかわしていたおねえさんが、驚いたように声を上げた。
「ああ?」
振り向いた俺の顔に、何かがべちゃりとぶつかった。
「わぷっ。何だ、これ」
鼻を衝く強烈な異臭。これは。
「く、くせえ! これ、犬のうんこじゃねえか!」
「マジか。ぎゃあっ!」
A太の悲鳴。あいつもやられたのか。
「まゆり姉ちゃん、こっちだ!」
「あ、待って、タカ君! こんなことしちゃだめよ!」
二人が走り去っていく足音がするが、俺は目も開けられない。
「待て、こらあ!」
とんでもねえガキだ。なんてことしやがる。
「目が、目があああ!」
A太の叫び声も聞こえる。
ちょっと待て、作者さん。ナンパ野郎になら何してもいいとか思ってねえか!?
「いやー、ひでえ目に遭ったな」
公園の水場で顔を洗い、ようやく人心地付いたA太が言った。
「まさか犬のうんこ投げられるとはな。ガキってのは、何するか分からねえから怖えな」
「予想外だったな。ヒロインのおねえさんがおっとりしてるから、完全に油断してたわ」
やっぱりナンパモブも楽じゃない。
だけど。
「お」
A太が俺の顔を見てにやりと笑う。
「なんだよ、B介。お前、生き生きしてんな」
「まあな」
俺もつられてにやりと笑う。
「やっぱりナンパモブっていいよな。振られるたびに、なんつーかこう、物語が動いてんなーって思うもんな。ああ、仕事してるなって感じがするぜ。読者が引きつけられるのが分かるっつーか、ちゃんと物語に貢献してるっつーかさ」
「久しぶりだから、そういう感覚が強いんだろうな」
A太は頷く。
「初心忘れるべからず、だな。大事だぜ、そういうの」
確かに骨折してからというもの、ゾンビ化する患者とかケンカに負けた後のヤンキーとかそんなのばっかりで、ナンパモブから離れていた。
だから、こうしてA太と二人でナンパしていると、すごく新鮮だった。
もちろん他のモブだって、物語に欠かせないパーツであることに変わりはない。
だけど他のモブの役割が、起承転結でいえば「起」や「承」であることが多い中、俺たちナンパモブってのは「転」のモブなのだ。
そりゃライバルキャラやボスキャラに比べれば、小さな小さな「転」ではあるけれど、ストリーにある種の緊張感をもたらす役割であることに違いはない。
物語が今までと少し流れを変えて、広がっていくために置かれる、小さな石。それが俺たちだ。
その役割を果たせたときには、やっぱり達成感がある。顎を蹴り飛ばされたり、うんこを投げられたりはするけれど、それもまた仕事。
俺はやっぱり、この仕事が好きなんだろうな。
その時、洗った顔をタオルで拭いていたA太に俺は違和感を抱いた。
……あれ?
「A太。お前、その頭」
「ん? ああ」
ちょっとズレたか、と言って、A太が下品なパーマの髪の毛に手を差し込んで、位置を調節した。
……は?
「お前、それ」
「まだ言ってなかったっけ」
A太が髪の毛を掴み、そのままするりと取り外す。
「ええっ!」
カツラだ。A太がスキンヘッドになってやがる。
「どうしたんだ、それ」
「ほら。前に言ったじゃんか」
A太はカツラを指でくるくると回す。
「冒険者ギルドの受付前の乱闘モブ、やってみようかなって」
「万年C級冒険者モブのチャーリーさんがやってるあれか」
「それそれ」
そういえば、前に居酒屋でそんなことも言ってた気がする。
冒険者ギルドの受付前の乱闘モブって言うのはあれだ。
異世界転生でチート能力をもらった主人公が初めて冒険者ギルドに登録に来たときに、その場に居合わせる中堅クラスの冒険者モブ。
酔っ払って受付嬢のお姉さんに絡んでたり、もしくは主人公を「おいおい、こんなお子様がギルドに登録なんて嘘だろぉ? ガキは帰ってママのミルクでも飲んでな」とか言ってバカにして、そして主人公に一瞬でのされるのが主な役割だ。
確かA太は、そっち専門でやってるチャーリーさんって人にその仕事に興味があると相談したら、もし本気でやりたいなら頭をスキンヘッドにして来いって言われたんだよな。
そのときは、スキンヘッドはちょっとキツいって言ってたはずだけど。
「思い切ったな」
俺はA太のつるっとした頭を見た。
「……ナンパモブ、辞めんの?」
「別にそういうわけじゃねえよ」
A太は言った。
「ただ、仕事の幅を広げたいって思ったんだよ。ほら、お前だって怪我してる間に結構いろんなモブやってたじゃん」
「あれは、まあ仕方なく」
「いや、冗談抜きで俺、お前のことすげえなって思ったんだよ。何でも器用にこなすからさ」
「そうか?」
「俺もナンパモブだけじゃだめだなと考えてさ。それに、ジュンさんにも言われただろ。やってみれば案外なんとかなるもんだって」
「……ああ」
万年巡査モブのジュンさんにも、確かにそんなことを言われた。
あのときA太は、ジュンさんの腰の拳銃にばかり興味を示してたように見えたけど、ちゃんと聞くことは聞いてたんだな。
「だから、髪の毛くらいならまあいいかと思ってさ」
A太はニカリと笑う。
「だめだったら、また伸ばしゃいいんだし」
「そうだな」
「うお、もうこんな時間じゃねえか」
A太が腕時計に目をやって大声を上げる。
「さ、次行くぞ!」
「おう」
そうか。A太も少しずつ前に進んでるんだな。
それが嬉しいような、寂しいような。
そりゃそうだ。じじいになるまでナンパモブを続けるわけにはいかない。
ただ、取り残されてるような心細さはあった。




