わがままだらけ
「…続けて。」おちゃらけた調子だった男の目の色が変わりだす。
「だって、『人』の楽園の中なら、傷つく事があるなんて誰だって分かっているんですよ。ロボットは何故なにも言わずに罵倒を受け入れたのか?何故心の支えを科学者の言葉だけにしてしまったのか?それに、自分が生んだ悪意が返ってきただけで、何故勝手に怒り出したんですか?」情が篭ってくる。湧き出る流れに身を任せ、机を思い切り引っ叩くと、コーヒーカップはカチャリと揺れる。
「子供の癇癪です、こんなもの。馬鹿馬鹿しい。全部、ロボットが喚き散らしただけのわがままじゃないですか。」
「成る程!」男は唐突に叫ぶ。妙に納得した様子だった。「楽園を殺したのは、ロボット君のわがままだと?」「ええ。」
「生まれたばっかりの赤ん坊に同じ事言える?」友人の返事から間髪入れずに男はそう言う。
「…前提がおかしいですよ。ロボットは、心がわかるんでしょう?ならもっと大人になって良いはずです。」「心って何だろう?全部汲み取れっていう事にすれば、全部それでいいのかい?ならみんなはロボットの心の傷に気づいてあげて良いよね。そっちこそ“大人”を建前にしたわがままじゃないか。」
「心のわがままの所為でぶつかりあうくらいなら、心なんてなくて良いです。」
「ねぇ、それは本当に“人間の楽園”なのかな?」楽園が何なのか、改めて問う。男の笑顔には、道化と狂乱が混ざっていた。ケタケタ、ケタケタ。とにかくまともな笑い方じゃなかった。
「…人間は社会なんです。最後に結論づけたでしょう。“結局楽園は存在しない”って。社会の中でわがままを殺し尽くして幸せになれる楽園なんてあるわけが無いのです。」「ならば友よ、お前の楽園はどこだい?」少し息を整えてから、友人は返す。「楽園なんて求めない方が幸せですよ。そんな不安定な物にすがるくらいなら、私が死んだ後は永遠に煉獄でいいです。」
「変わってるね。」「あなたほどではないですよ。誰も得しません、こんな話。」二人は一通り話し終えるとお互いにカップの中のコーヒーを思いっきり飲み干した。ちょっとだけ冷めてしまっていた。
窓辺に少し闇がかかり始めた頃か。コーヒーが足りないので、男は二人分のおかわりを淹れにいった。
「ところで我が友よ。コーヒーに砂糖はいくつだい?」「私、ミルク派なんですけど。」
楽園を殺したのは誰でしょう。ロボットでしょうか。みんなでしょうか。はたまた科学者か。または全く別の人でしょうか。ここまでお読みいただきありがとうございます。
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