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カモメが飛ぶ日  作者: Tohna
苦闘の始まり
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第47話 岐路に立つカモメ

 十月。


 JSLリーグは終盤戦へと突入し、ガビアータ幕張は暫定二位にまで登り詰めていた。首位アンギーラ浜松との勝ち点差はわずかに「三」。誰もが奇跡の初優勝を夢見始めていた。


 しかし、その熱狂の裏側で、親会社である川島製鉄の経営不振は限界に達していた。


「……チームの売却、ですか?約束が違う!」


 海浜幕張の本社ビル。山際社長は、人事担当常務となった前社長の水原と対峙していた。


「そうだ、山際。好成績を上げている今こそが、一番『高く』売れる。既に外資系の投資ファンドや、ライナーズのスポンサー企業も興味を示している」


 水原の冷徹な言葉に、山際は拳を握りしめた。


「このチームは、ようやく地域と、サポーターと結びつき始めたんです。効率だけで切り捨てないでいただきたい」


「理想だけでは飯は食えんよ。……まあ、せいぜいまぐれのフィーバーを楽しんでおくことだ。十月末の役員会で、正式に売却先を決定する」


 その頃、ミュンヘン。BVミュンヘンのオフィスで、日向は深夜までディスプレイに向き合っていた。


 彼の前には、ドイツ語で記された複雑な投資スキームの図が広がっている。


 日向の手元には、かつて自分が解雇した中野朝道や、強引に引き抜いた奈良崎蒼汰の最新のスタッツが表示されていた。


「……あと、一億ユーロか。もう少し『実績』を積まないと、彼らは首を縦に振らないな」


 日向は独り言ち、冷めたコーヒーを口にした。


 彼がガビアータを捨てて手に入れたのは、莫大な年俸だけではない。


 世界トップクラスのクラブが持つ「信用」と、それを利用した資金調達のルートだった。だが、その真意を知る者は、この空の下には一人もいない。


 幕張では、山際から売却の情報を共有された町島が苦渋の決断を迫られていた。


「日向さんがいない今、僕たちがこの『売却話』をどう扱うか……」


 町島は、比良と共にツイキャスの機材を片付けながら呟いた。


「カモメボーイズたちに知れたら、また暴動が起きかねません。でも、隠し通せる相手じゃない」


 第25節、ホームでのアンギーラ浜松戦。


 事実上の「天王山」となるこの試合。スタジアムには、不穏な噂を聞きつけたサポーターたちの、熱狂と不安が混ざり合った異様な熱気が充満していた。


 やはり川島製鉄側からリークがあったようだ。


 木下祐誠率いるカモメボーイズは、かつてないほど巨大なカモメの旗を振り回し、地鳴りのようなチャントを響かせる。


「俺たちのチームを、誰にも渡さねえぞ!」


 木下の叫びに呼応するように、ピッチでは奈良崎が、日向から授けられた「異常値」を爆発させていた。


 試合は一進一退の攻防が続く。後半40分、尹龍玄が相手の厳しいマークに遭いながらも、執念でボールをキープし、後方から走り込んだ中野へ繋ぐ。


「トモ、行け!」


 中野は、かつてのサイドバックとしての走力と、センターバックとしての高さを融合させた、規格外のオーバーラップを見せる。


 そのクロスに合わせたのは、坂上の移籍により覚悟を決めた奈良崎だった。


 スタジアムを揺らすゴール。


 だが、その歓喜の渦中で、山際社長だけは、VIP席で冷徹な顔をした水原の視線を感じていた。


 勝利の宴の後。日向から町島のスマートフォンに、一通の通知が届いた。


『マッチー。次の配信、一分だけ僕に時間をくれないか。ミュンヘンからリモートで繋ぐ』


 日向の意図は測りかねる。


 裏切り者の登場は、火に油を注ぐだけかもしれない。


 だが、町島はその通知を見つめ、無意識に「承諾」の返信を打っていた。


 カモメたちが、本当の嵐に立ち向かう時は、すぐそこまで迫っていた。

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