アルベラン 十三
来たぞ、と誰かが口にする。
作業をし、あるいは待機していた戦士達は一斉に動きを止め、木々の拓けた場所から南の方へと目を向けた。
整然とこちらへ向かってくるのは二万を超える大軍勢。
遠く微かに響くは太鼓の音色。
この十日、毎日変わらず耳にしている。
戦士長ドットリアスと大戦士二人を含む、二百五十四騎が一瞬の内に討ち取られ、あるいは召し捕られた。
その後、アルベラン――バザリーシェは堂々とクレィシャラナへの決闘を求め、名乗り出て討ち取られたのは更に十騎。
討ち取られたのは誰もが知るような豪傑ばかりであった。
続く者が現れなくなると、ではまた明日と戦士達と共に戻り、毎朝同じ時間に姿を現わし決闘を求める。
聖霊を守りし勇者達に、互いの真名を賭けての決闘を、と。
もしこれに恐れをなして逃げ出すのであれば、もはやクレィシャラナは聖霊を守りし門番を名乗るに値せず、矜持もない戦士崩れの集団であるとの証明である。
まさかそう堂々と虚仮にされて、決闘から逃れるわけにはいかない。
クレィシャラナは獅子鷲ではなく、あくまでその強さによって権威を保った。
戦士として生まれ、戦士として育てられた集団であればこそ、あらゆる部族の上に立ち、横暴を振るうことを許される。
ただそれは、強さというただ一本の柱を守ればこそ。
三日目までは矜持を胸に決闘へ挑むものがあった。
山にいた戦士達は続く二日目の大敗で完全に戦意を喪失していたが、失態に怒り狂う大族長から戦士が送られてきたためだ。
勝利すれば戦士長の座――ぶら下げられたその餌に目を血走らせた戦士達。
バザリーシェは我こそはと名乗り出た全員を大地に下ろさせた。
我こそはと思う二十三名が大地に降り立ち、見事な勇者であると大いに讃える。
そしてすぐさま、一人一人と呆気なく殺していった。
大地に下ろさせたのは意図的であった。
名乗り出た者が怯えても逃げ出せないよう、後に退けないようにしただけだ。
決闘から逃げ帰れば名誉を失う。
名誉を失った戦士の末路は、死よりもなお悲惨であった。
『見事な決闘であった! 多くの勇壮なるクレィシャラナの戦士達を館に迎え、武勇の神コレイスもお喜びであろう! また明日、我こそは思う者は名乗りを上げよ!! アルベランは決して汝らの決闘を拒まない!!』
側にいた大男は去り際、吠えるように告げる。
後方の戦士達はアルベランを讃え、そうしてまた翌日。
戦士長を含む八人の大戦士が呆気なく討ち取られていた。
それだけではなく、獅子鷲に適正がなかっただけの誰もが知る戦士達も。
あれは少女の姿をした、正真正銘のアルベランである――戦士の中ではもはや、その認識が固まっていた。
まるで実体が存在しないかのように、槍や剣を通り抜ける。
彼女の髪一本、触れられる者はいなかった。
豪傑を相手に薄い笑みを浮かべ、あっさりと対面する相手の命を奪う。
触れられることなく、けれど振るうは必殺の魔剣。
獅子鷲と共に葬られた。
もはや自ら名乗り出る気概がある者はいなかったが、しかし、決闘を拒めばクレィシャラナは名誉を失う。
決闘を命じられることになったのは、戦士の中でも立場の弱い者であった。
『許されるなら挑みたいのは山々だが、俺は先代戦士長に竜の顎を任されている。その責任を放り出しての決闘は許されん』
ここにあって唯一残った大戦士ファナローはそう口にする。
ある程度の格がある戦士達には事前に根回しをしていたのだろう。
その言葉に同意を示し、では代わりに自分が、と口にした戦士達に対しては、
『万が一お前が命を落とせば、向こうが卑劣な手段を取った場合に戦士を率いる者がいなくなる。今は堪えろ』
などと、もっともらしく自制を求めるように口にした。
誰もが建て前であるとわかっていたが、その建て前に多くの者がしがみついた。
バザリーシェは口だけあり、見た目そぐわぬ見事な女傑。
これまでの戦士は油断もあって敗れたが、ただ、決して勝てない相手ではない。
お前はどうだ、と水を向けられれば、建て前を持たない者が拒むことを許されなかった。
拒んだ者は戦士ではないという空気が、彼らに自殺を強要させる。
まだまだ勇者は多くいるが、疲弊した相手に決闘で勝っても勝利とは言えない、と翌日ファナローはもっともらしくバザリーシェに告げる。
バザリーシェは見透かしたような目で、小馬鹿にしたように笑いながら応じ、翌日からは五人ずつ生け贄を差し出すこととなった。
誰もそれを止めるものはいない。
この場合の正解は決闘という名の公開処刑を拒み、速やかに集団戦へと移行することであったが、相手の女族長が堂々と決闘を挑んでいるのだ。
相手が正真正銘のアルベランであるという事を除けば、本来拒む要素がない垂涎の状況である。
それを避けての集団戦――誰もがその責任を取ることを嫌がった。
クレィシャラナの名誉を傷付けたと大族長に罰される可能性を考えれば、言い出す者はファナローも含めて誰もいない。
まして緒戦で半数の獅子鷲騎兵を落とされた相手である。
集団戦で挑んだからと、これまでのように勝利出来るという確信がなかった。
さりとて大族長に許しを乞うのも同様。
口にした者は間違いなく怯懦をなじられ、戦士の座を失い、惨めな死に様を迎えるだろう。
彼らがバザリーシェの処刑に協力するを良しとしたのはそういう理由。
そして当然、それを見ていた従属部族の戦士達も次第に状況を理解する。
呆気なく斬り殺されるクレィシャラナの戦士達。
そして四日目以降に送られていくのは単なる生け贄。
彼らに支配されながら、深い憎悪を抱いていた彼らに取って、公開処刑は何よりの娯楽であった。
アルベランを名乗る少女にクレィシャラナの精強な戦士が斬り伏せられる姿には当初、困惑が強くあったが、しかしそれも最初の二、三日。
あれは本物の神の子であるという見方が強まり、そしてそんな彼女に怯えて生け贄を差し出すクレィシャラナを嘲笑う。
表向きは罰を恐れて従い表には出さなかったが、戦士達の目がないとき、彼らの口元に浮かぶのは暗い愉悦の笑み。
今日の戦士がどれだけ保つかで賭けを興じる者達もいた。
あんな腰抜けなら俺の方がましだ、と笑いながら、時折目を見合わせる。
それだけでお互いに何を考えているのかを理解しながらも、今はまだ早い、と行動には移さない。
ただ命を失うだけならばまだしも、反乱は連帯責任であった。
故郷へと残してきた家族達が人質となっている以上、不用意な真似は出来ない。
――とはいえこの先の状況によっては。
それは、そういう意思を確認するための目配せであった。
日ごと五人の生け贄が捧げられては笑い、しかし今日は様子が違う。
大戦士は皆、グリフィンに選ばれた空戦士。
多くの戦士に取って手も足も出ない強靱な戦士には他ならないが、昨日この地に合流してきたのはその他多くの戦士達。
その数は三千を超え、中には大戦士に匹敵するような実力者も少なくない。
今日現れた五人はクレィシャラナでは誰もが知る豪傑であった。
戦士長ドットリアスが討ち取られたのは決闘ではない。
あのバザリーシェであっても、万が一はあり得るのではないか。
彼女がアルベランであるか否か、それを問う一戦目。
姿を現わしたのは体躯七尺に及ぶ豪傑、エルグガルド。
八尺の大槍を振り回し、穂先を突きつけ口上を述べ、けれどその結果はこれまでの戦士達と何一つ変わることはなかった。
百人いれば百人を貫く槍を通り抜けるよう。
遠目に見ている彼らには、事実そうとしか見えなかった。
慌てた様子もなくひらひらと、薄紙一重の正確さで槍を躱す姿。
槍が体を通り抜けているようにしか思えない。
ある程度槍を振らせ、不意に体を沈めて首を払う。
あるいは剣を突き立て、胴を割る。
これまで通り、一人と変わらず同じ流れであった。
そうして命を奪う度、落とした槍を相手に持たせ、彼女は祈りの所作を取る。
聖霊を神と崇めるクレィシャラナでは薄れていた信仰であったが、従属部族の多くは今なお、無数の神々と戦士が招かれる天上の館を信じていた。
そうした彼女の所作を見る度、バザリーシェは武神コレイスの子であり、戦士を見定めるために降り立ったのではないか。
そのように彼らは考え、もっともらしく語られる憶測は広まるにつれ確からしさを帯びていた。
既にもはや、彼女がただの人間であると考える者はいない。
悪しきクレィシャラナからの解放という、願望と共に彼らは強くそう信じた。
だが、彼女を神の子たらしめるそうした所作が、彼らを迷わせる。
クレィシャラナの戦士は皆、獣にも劣る外道であった。
まともな戦士も皆無ではない、と多少の擁護をする者はいるが、そんな者であっても、クレィシャラナは滅ぶべき邪悪であるという見解は一致する。
そんな彼らにさえ彼女が祈りを捧げる理由を考えれば、彼女を手放しに救世主であると考えることが出来なかった。
善悪を問わず、ただ戦士を見定めるために来たのであれば、彼らを救うことは彼女の使命ではないだろう。
今はクレィシャラナに剣を向けてはいるが、それに従う自分達が例外かと考えれば疑問であった。
彼女に与えられる救いとは、死であるのかも知れない。
この状況が長く続かないことは誰もが理解していた。
生け贄を捧げ続けるクレィシャラナは、遠くない内に矜持を捨てて動くだろう。
それは誰もが肌で感じていた。
そうなれば自分達はどうなるかは考えるまでもない。
まず彼女らにぶつかることになるのは間違いなく彼らであった。
反逆の機会が訪れる前にそうなれば戦うほかに道はない。
それに怯える者もあれば、決意を固める者もある。
相手が武神の御子であるならば、これ以上の死に場所は存在しなかった。
クレィシャラナに頭を垂れるしかなかった自分達に与えられた機会、戦いが避けられぬものであるならば、せめて戦場では雄々しく死にたい。
この戦を武神コレイスもご覧になることを思えば、戦士として情けない姿を見せるわけにはいかぬと気炎を上げる者もある。
驕りに溺れたクレィシャラナの戦士達とは対照的に、矜持を踏みにじられ続けた戦士達は、矜持に満ちた在り方こそを追い求めていた。
竜の顎南部――ノスキール城砦と名付けられた大城砦は二万五千の兵士達によって一辺半里に及ぶ外壁が形になり、内部では主要な施設のほとんどが出来上がりつつあった。
神懸かり的な速度はこれまでがそうであったような職人任せの建築ではなく、組織としての計画的な建築によるもの。
半年以上前から錬成岩のブロックを現地で作らせ、寸法を合わせた大量の木材を事前に加工させていた。
戦士達が皆、大工仕事が出来る訳ではない。
万を超える人員を効率よく働かせるための準備を欠かさず、多くの者が従事するのは資材の運搬作業とブロックの積み上げ作業。
用意していた人力クレーンや、班ごとの進捗による報奨制度の甲斐もあり、当初の予定を上回るスピードで城砦建設は進んでいた。
クレィシャラナの獅子鷲騎兵に対して城砦は有効ではなく、迂回も容易どころか完全に無視してしまえる。
だが、あくまでこれを無視出来るのは獅子鷲騎兵のみ。
地上兵力を南部に送り込もうとすればこの城砦の攻略は必要不可欠であり、そして相互連携が取れるよう配置された無数の防御塔が空からの降下攻撃に対応する。
攻城兵器の存在なしに、ここの攻略は不可能であった。
そして錬成岩によって築かれた城砦は様々な物資の安全な集積所。
機動力に長け、山から瞬時に攻撃が可能な彼らがこちら側へ攻撃を行う場合、致命的になるのは兵糧を焼かれることであった。
だが、錬成岩で覆われた保管庫は耐火性十分。
油の樽を落とされ燃やされようが、ほとんどの物資は無傷で済み、食料庫内部などは魔水晶によって冷凍状態。
兵糧を焼くのは不可能だった。
そうした手段をあちらが思いつくかはともかく、相手の取れる選択肢を物理的に削っていくのがバザリーシェのやり方。
選択肢と選択肢が無数に重なり未来が決まるのであれば、その選択肢を一つ削るだけで未来は狭まり、遙か先までを予測が出来る。
最も警戒したのは軍を率いて築城に取りかかった段階での襲撃であったが、その機会を逃した以上、あちらに兵糧を焼く術はない。
既に一切の供給がなくとも三ヶ月は十分に保つ大量の備蓄。
あちらが輜重の馬車を焼こうと焼け石に水――そして生け贄を『申し出てきた段階』でその可能性も薄いと見ていた。
獅子鷲騎兵の多くは戦意を喪失し、士気は決して高くない。
護衛を付けた馬車を少数で襲い火を点けるだけの胆力があるとは思えなかった。
まして現地調達が基本のクレィシャラナでは、そもそもその発想に思い当たるまでには時間も掛かるだろう。
そして思いつきで襲うには勇気のいる行動。
多勢に対して備蓄を狙うというのは古来存在した手段であったが、少数で多数を相手する可能性が高い以上、その襲撃に選ばれるのは常に勇者であった。
士気の落ちた獅子鷲騎兵に容易く出来る行動ではない。
あちらの取れる行動は竜の顎の防衛戦をするか、野戦をするか。
後は小さな集落を焼くのが精々。
輜重の馬車を通じて現状は各地に広まっている。
仮に行われても卑劣な行為と戦意を増すだけ――いくつか集落を焼きに来てくれればありがたいとさえバザリーシェは考えていた。
ここまでバザリーシェは人々の好意を得るためだけに注力している。
各地の集落を巡って指導や支援まで行いながら、善きアルベラン、理想的な支配者としての姿を見せ、悪しきを誅した。
暴力に怯えていた集落は皆バザリーシェを歓迎し、その剣となることを望み、暴力を振るっていた側には更なる暴力を見せつけ、従わせる。
そして従った者に栄誉ある未来を語り聞かせた。
誰もが恐れる巨悪、クレィシャラナを打ち破り、未来永劫刻まれる国家をこの地に築く。
この戦いで活躍すれば、その名は必ず偉大なる戦士として、未来永劫謳われることになる、と。
半信半疑であった者も、ここに到っては完全にそれを信じ切っていた。
クレィシャラナの戦士は手も足も出ず、バザリーシェに斬り伏せられている。
その様を見れば語られた言葉の全てが真実味を帯びた。
人々を率いて纏め、君臨する神の子の国。
偉大なるバザリーシェに対する敵が卑劣であれば卑劣であるほど、対する光は輝かしいものとなる。
人を束ね、国を築くために必要なものは、象徴となる物語で。
そしてそれは半ば出来上がっていた。
銀の髪の少女が城砦へ戻る度、繰り返されるアルベランの呼び声。
天地を揺るがす音色と共に、槍や剣が天へと向かって突き上げられる。
誰がそう命じたのではなく、自然と彼らはバザリーシェを讃えて刃を掲げた。
日に日に強まる声と共に、微笑を浮かべて城砦に。
二人の供を引き連れて向かうのは執務室であった。
「ふふん、アルベラン特性の蜂蜜茶はおいしいでしょう、ベルナイク」
ソファに座り、憮然と茶を啜るベルナイクの顔を横から覗き込むはバザリーシェ。
少女と言うには成熟し、女と呼ぶには未だ幼く。
五尺と二寸の体はすらりとしながらも曲線を描き、剣を振るうには細い手足。
微笑を讃えたその顔は、まさに神の子と疑う余地がないほどに、美の女神の寵愛を受けていた。
「今日は来るかと思ったが、予想が外れたな」
「無視しないでくださいまし」
宝石のような紫の瞳を長い睫毛で包み、睨むように唇を尖らせる。
対面にいた偉丈夫――口髭を蓄えたミツクロニアは苦笑した。
「あの手練れ……増援は到着したようですが、今日来ないとなると、もう数日は生け贄を差し出してくれそうです」
「大戦士ファナローと言ったか、今いる指揮者は想像以上の腑抜けらしい。決断するだけの気概がない。このまま大族長が出張ってくるなら好都合だが」
竜の顎からクレィシャラナの大集落まで、グリフィンならば日暮れには着く。
場合によっては明日大族長が飛んで来て、明後日に指揮を執る可能性があった。
「聞いた限りでは随分と気が短いみたいですもの。野戦でも仕掛けてくれないかしら」
「流石にそこまで愚鈍ではあるまい。腐っても多くの集落を束ねる大族長、腕が良いだけの阿呆では務まらん」
「阿呆でわたくしを見るのをやめてくださいまし。ベルナイクの千倍はわたくしの方が賢いですわ」
不満そうにバザリーシェは告げ、まぁまぁとミツクロニアは宥める。
三千を後方に残し、二万二千の兵力で向かっている。
捕らえた戦士から聞き出したところ、当初竜の顎に詰めていた戦力は概ね、獅子鷲騎兵が六百、従属部族が二千ほど。
そこから大慌てで戦士を掻き集めているはずだが、二万には届かない。
そしてそれだけの人数を一気に揃えて兵糧を満足に行き渡らせられるほど、あちらは兵站が確立していない。
この戦いを前に多くの荷車を作り、馬車と牛車を動かせるような準備をした。
兵糧として事前の備蓄も十分行ってからの行動開始。
対するあちらは獅子鷲騎兵を飛ばせば十分と甘く見て、大規模線の備えなどしていない。
各集落から絞り上げるにしろ、何もかもが不足するだろう。
精々現状は万を少し超えるかどうか。
倍の人数に野戦を挑むのはあまりに愚かであった。
「とはいえ、一切しないとも限りません」
「……?」
「これまでの経緯を目にしていない大族長が出て来るのであれば、話を聞いた上でも侮りがあるでしょう。完全な山の中の戦いでは獅子鷲騎兵を活かしづらい。山裾まで兵力を下ろし、森の際で戦うというのはあり得る範囲。獅子鷲騎兵を十全に活かせる形で運用したがるのではないかと」
ベルナイクは腕を組み、バザリーシェはこて、と首を傾け考え込む。
「我々が彼らであれば、部族毎に相互連携を取れるよう誘い込み、獅子鷲騎兵を木々の隙間から差し込ませるでしょう。視界不良で彼らに取っては知った山……地の利はあちらだ。十全にそれを活かし、各個撃破を狙う配置を考える」
戦列は付け焼き刃。平野であれば十分に運用は出来ると確信できたが、険しい山中で歩調を合わせ、統制しきることは難しい。
細かく指示を出して調整はするが、十全とは行かないだろう。
必ず乱れが出る。
徒党を組むがやっとのクレィシャラナが戦士を使うのであれば、それを見越して配置を工夫するのが良い。
一集団が敵とかち合えば、他の集団が側背を狙えるような配置。
獅子鷲騎兵をしっかりと運用し、空から都度指示を出すなら、上空と左右、背後を容易に取れるのだから圧倒的に優位を取れる。
集中的に運用するのであれば、数百の獅子鷲騎兵を突入させれば瓦解も狙えた。
待ち構えるあちらと進むこちら。
坂道で勢いも利用出来ない。
人数差はあれど、別段こちらに有利はないどころか不利である。
どこにでも降下出来る精鋭、獅子鷲騎兵という存在は非常に大きい。
「ただ、兵を使った戦の素人がそれを思いつくかと言えば疑問です。獅子鷲騎兵の威信を取り戻す意味でも、多くに見える形で獅子鷲騎兵の戦果を示したい、と族長ならば考えるのが普通でしょう。……獅子鷲騎兵は間違いなく、竜の顎を防衛している従属部族の戦士達に侮られている」
「……なるほど、心理だな」
「ええ。思うに、お二人はご自分がそうであるからと、物事を合理的に考え過ぎる。だが、人は愚か、正しいと分かっている道を易々とは進めないものです」
相手の行動予測は当然大切であった。
全ての可能性を網羅し、その全てを考慮し対策を練るは理想だろう。
とはいえ、場合によっては無駄な備え。
「素人相手に偽攻は不要、斬って捨てればそれで良い。賢くやろうとするよりも、時に素直な手段が正答であったりするでしょう。……これまでの動きを見る限り、相手が裏をかけるほど賢い相手とは思えません」
「まぁ、相当馬鹿なのは承知してますけれど……増援含め獅子鷲は確認出来た範囲で八百十二騎。三百三十二騎が処理済み。そういう方向で来てくれるなら、もう二百は最低でも削りたいですわね」
「そうだな。獅子鷲騎兵を削れば、クレィシャラナはもはや戦士崩れの集団。聞く限りでも見た限りでも、補充は易々と利くものではない」
グリフィンは中々に気性が荒かった。
そして飼い主との絆を強く重んじる。
相乗り程度はともかく、他の戦士に自分の手綱を握らせることを嫌うようで、実際中々大暴れであった。
生きて捕らえた十二頭を餌付けしてはいるが、今のところ手懐けた者はいない。
ベルナイクは茶を飲み干すと立ち上がる。
「特に話すこともないだろう。グリフィンの様子を見てくる」
「わたしも行きますわ。早く手懐けてくださいまし。わたしも早く空を飛んでみたいですもの」
「自分で手懐けろ」
呆れた調子で言いながら、ベルナイクの後ろをとてとてと。
ミツクロニアは苦笑しながら、楽しげな後ろ姿を眺め、目を閉じる。
「……君の子は今日も、楽しそうに笑っている」
剣を置く日も遠くない、と静かに続け、蜂蜜香る茶に口付けた。





