放射P3
「ちぇ〜、消えたや。っていうかなんで消えたんだろ。マジック?」
昼間、サボった高校生は突如消えた美女と金のネコのことを考えた。
しっかり言葉として呟くものだから、商店街を道行く人は通り過ぎた瞬間、顔をしかめる。まれに哀れむような目を向けるものもいるが、絢喬はまるで気付かないのだった。
「イリュ――ジョンッ!」
とうとう、くるっと回って両手を広げるという、はた迷惑な行動にまで出る。見た目、高校を中退したばかりの大道芸人か。
「やっぱりきえないよなあ。どうにか、あのネコに会いたいなあ」
いきなり消えたものの跡は追えない。
「いつものトコに行きますか!」
早足で商店街への入り口の小さな駐輪場へ行った。
緑と自然の公園、その一歩手前の横断歩道で絢喬は信号待ちをしていた。
「ヨーレヨーレヤッヒーホー! ヤッヒーホーレー、ヤッヒーホー! ヨーレヨーレヤッヒホーレ、ヤッヒーホーレー、ヤー!」
小さな声で、これから訪ねていく相手が好きな曲を口ずさむ。
隣に立っていた小学生が、
「ハ○ジだあ。今ごろダッセぇ」
と言った。その友達の読○ジャイアンツの帽子をかぶった子が、「だよなあ」と生意気を抜かす。
絢喬は驚き、文部省唱歌の「海」を歌いだす。対抗策だと思ったのだがそうでもない。
「なんか、幼稚園児向けの曲、歌ってやんの。キーモー」
青信号になり、2人の小学生は勢いよく公園へ向かっていった。絢喬は少しの間呆然とし、信号が点滅する前にペダルを漕ぎ出した。
そして渡り終えたとき、1人の着物の女性がそばを通り過ぎる。
「あっ」
絢喬は小さく声を漏らした。女は、あのコンクリートのオアシスなる広場にいた者に酷似している。
「あれ、でもネコは……?」
どうやら、女の足元にくっついて歩いているネコには気付かない。ネコの行方を探るために女に近づいていこうとする。
女は公衆トイレへ向かっているらしい。このままだとついていけないのだが。
絢喬は仕方ない、と木の陰で自転車から降りて動向を見守る。
瞬間、女の足元の金のネコが男子トイレへ駆け込んでいく。
「き、金のネコ!」
少し大きめに叫んでしまったが、幸いにも周りに人はいなかった。
女は何食わぬ顔で巾着から文庫本を取り出すと、読み始めた。少しして、何か思いついたように頷く。そしてトイレから出てきた男が女に近づいていく。ボーイッシュな背の高い男だ。かなりの美形のようだが、女を見ては情けない顔をする。
「なんだよ、あの女。金のネコは何処に行かせたんだ? もしや、先に家に帰らせたんだな!」
絢喬は勝手に考えをめぐらせ、女を家までつけることにする。
「――ケーンくん!」
いきなり背後から声をかけられた。振り向くと満面の笑みで巻き髪の少女が立っている。ちょうど絢喬と同じくらいの歳に見える。
「キキちゃん、どうしてわかったんだよ?」
変人仲間の再会だ。樹記はフフッと笑う。
「アタシの縄張りに入ってんだから、アタシが気付かないわけないやない。アタシのエシュロンは最強なんじゃ」
そう、樹記は公共公園にセンサーをめぐらせてしまった、機械オタク、らしい。それにしては極普通の女子高生だ。とてもブレザーが似合い、優等生にも見える。胸の校章からは絢喬が通う学校の生徒であることは間違いない。
「そっか! さっすがキキちゃんだ」
樹記は胸を張って「えっへん」「おっほん」を連発している。絢喬が何かを思いついたようで口を開いた。
「ね、キキちゃん。さっき金色のネコがいたと思うんだけど、まだいる?」
エシュロンだ。なんでもわかるはずだ。それにこれまで一度も樹記の機械が誤作動を起こしたことはない。樹記こそ、天才なのだ。
「いた、というのが正しいかもしんないにょ。最初はちっさいのが見えないくらいに光ってたらしいのだがね。でね、ソイツが普通の成人男性くらいの大きさになってどっかのおんなとあるいていっちゃったわけよ。ちなみに現場はすぐそこなんよお。君が見てたとこじゃ!」
樹記が、指差すその先は、公衆トイレだ。
「うっそ! じゃああれがネコちゃん?!」
絢喬が頭にまで響くのではないかと思われるほど大きな声を出す。至近距離にいる樹記が耳を塞ぎながら、「そういうことになるんやで」と言った。
「じゃ、じゃあ追いかけなきゃ!」
絢喬が自転車に飛び乗ると、荷物置きに樹記がブレザーのスカートを丁寧に叩いて横乗りする。
「そうだなあ、デパートに向かったと思うから、そっちに飛ばしてみィ」
樹記は常時入ってくるエシュロンの情報から着物女と金のネコだった男の状況を拾い上げてゆく。
「おっけー! つかまってて、樹記」
「あ、非常勤がベンチにすわってるぅ!」
樹記の無駄な発言に目もくれず、ただママチャリを飛ばす。
「そろそろ無職なんでしょ、アノ人」
「あっはは、かもなのぉ」
変人2人は世の残酷さを嘲笑する。風が言葉を飲み込んだ。
「ねー、ケンくん。あの二人って付き合ってんのかね、なの?」
「そーかな? 奴隷に見えるよ、ネコだった方が」
着物女とネコ男を追跡している二人は、勝手に違憲を言い始めた。奴隷と言うのはさすがに関係としてはないだろうが、男の方はどうも不機嫌そうな中にも情けないというような表情を浮かべている。
「なんなのさー、あいつらくんめ!」
絢喬が人波を自転車を押して歩いているというのに、樹記は荷物置きにすわって叫んでいる。
「まあ、俺の目的は金のネコの居場所だから、特にはどうでもイイんだけどね」
変人としては、一部合っていて、一部そぐわない発言をしている絢喬に樹記が教師のように諭し始める。
「あのですね、平等院絢喬くん? 人と言うものは関係が連鎖してこそ出来上がる存在なのですよ。例えばですよ、絢喬くんが独りぼっちでこれまでの一人の人ともあったことがないとします。言葉は使えますか? 使えませんね。では次に、アタクシ、キキとあなたの関係はいつのまにかの恋人ですね。そして関係が出来る。樹記の友達の子ってね。繋がるの。いつか遠いどこかであなたとあのネコは繋がっているのかもしれませぬのよ。ってことは、ロマンスよ! ロマンスなのじゃ!」
叫ぶ樹記を傍らに絢喬は少し考えた。コレはどうも非現実だ、と。ネコが人間に変わるなんてどうも非現実、フィクションだ。
「うん、うん、ロマンスか……つーかいつの間にかカップルなんだ。それも別にいいんだけど。でもキキちゃん、言っとく。俺は変モノラブ同盟を組んでるつもりだから」 絢喬の「同盟の仲」発言に、
「え?」
と樹記が目を丸くした。
「そ、そうだったの」
「まあ、そういうこと。イイ男の子はたくさんいるから!」
絢喬が樹記の背中を軽く叩いた。
「うむ……ありがとさ」
樹記はツーンとすまして、「アタシの恋人はコイルだもんっ」と吐き捨てた。半ば危険な発言に絢喬はデパートのビルの谷間の喧騒で聞くことが出来なかった。
「キキ、なんか言った?」
「なーんにも」