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第29話:永遠の祝詞、新しき理の産声


 精霊王アルヴィスと魂の核を分かち合い、万物の女王として覚醒したリリアナが放つ魔力は、もはや一国の城や森を潤す程度のものではなかった。

 城の頂、天を突くようにそびえ立つ「祈りの尖塔」に立つ彼女の背後には、かつてないほど巨大で、透き通った銀色の光を放つ翼が広がっていた。その羽ばたきひとつで、世界の淀んだ空気は一瞬にして浄化され、リリアナの吐息が風に乗れば、凍てついていた大地からは数千年の眠りを経た名もなき花々が一斉に萌え出す。


 傍らには、彼女を片時も離すまいと、その細い腰を力強く、かつ慈しむように抱き寄せるアルヴィスの姿があった。

 彼の黄金の瞳には、かつて外界から最愛を隠そうとしていた「狭い独占欲」を超え、自分と同じ永劫の時を歩むことになった伴侶への、底知れぬ敬愛と狂おしいほどの情熱が宿っている。


「……リリアナ。時は満ちた。お前がこれまでに流した涙は、すべてこの世界を癒やすための雫となり、お前が屋根裏で一人紡いできた歌声は、今日、万物を支配する法となる。……さあ、私の愛しき女王よ。お前の望むままに、この灰色の残滓を色彩で塗り替えてしまうがいい」


 アルヴィスは、リリアナの白い指先に自分の手を重ね、彼女に全権を委ねるように一歩身を引いた。

 リリアナは、静かに頷き、空を仰いだ。

 彼女の鋭敏になった感覚は、結界の向こう側で、かつて彼女を虐げ、磨り潰し、泥に沈めた者たちの存在が、音もなく砂へと還り、歴史の記憶からも完全に消去されたことを感じ取っていた。彼らの絶望も、彼らの罪も、もはやこの世界の構成要素として認められないほどに、リリアナの光は強大になっていた。


 リリアナは深く、深く息を吸い込み、魂の最深部から、最後にして最大の祝詞を紡ぎ出した。


「――♪ ……悠久を渡る風よ、名もなき星々のささやきよ。……すべての嘆きを光へと変え、この地に永遠の春を約束しましょう……」


 それは、もはや人間が発し得る声の領域を遥かに超越していた。

 精霊王の真名と共鳴し、世界の根源たる大気そのものを震わせる、最高純度の「神聖な賛美歌」。

 歌声がリリアナの唇から解き放たれた瞬間、城から放たれた銀色の光の波動が、目に見えるほどの巨大な津波となって、世界全土へと駆け巡った。


 光が触れた場所からは、一瞬にして毒の沼が消え去り、水晶のように透き通った泉が天に向かって湧き上がる。

 ひび割れ、死んでいた大地は瑞々しい緑に覆われ、そこからはリリアナの微笑みのように柔らかな色彩を放つ精霊花が、一斉にその蕾を解き始めた。かつて人間たちが「己の利」のために精霊を縛り付けていた歪な理は完全に崩壊し、精霊たちが自らの意志で女王に跪き、喜びを持って万物を育む、新たな「共生の理」が産声を上げたのである。


 リリアナの歌声は、空を染め、海を清め、ついにはこの世界の果てにある「闇」の概念さえも慈愛の光で包み込んだ。

 城の周囲で跪いていた数千万の精霊たちは、女王の福音を全身に浴びて一斉に進化の輝きを放ち、天空を埋め尽くすほどの極彩色の帯となって、二人の周りを舞い踊る。


(……ああ、温かい。……これが、私がずっと夢見ていた、みんなが笑える世界……)


 歌い続けるリリアナの頬を、熱い涙が伝い落ちる。

 その涙は地面に落ちる前に光の粒へと変わり、新たな命の種となって大地へと吸い込まれていく。

 もはやリリアナを縛るものは何もない。

 過去の泥濘も、屋根裏の孤独も、凍てつく祭壇での苦痛も。

 それらすべては、今この瞬間に奏でられる極上の旋律の一部として、より輝かしい「幸福」を際立たせるためのスパイスへと昇華されていた。


 歌い終えたリリアナを、アルヴィスは狂おしいほどの情熱を込めて抱き寄せた。

 彼はリリアナをバルコニーから寝所へと軽々と抱き上げると、新生した世界を一瞥もせず、ただ彼女の唇に、魂の芯まで飲み干すかのような深い、深い口づけを落とした。


「……お前の歌声で満たされたこの世界で、私は一生、お前を甘やかし、お前を独占し続けよう。……お前が望むなら、毎日違う色彩の夜明けを、私とお前のためだけに作ってやろう。……お前の一分一秒は、もう私の熱量なしでは刻ませはしない」


「……ええ。私のすべては、あなたのものです、アルヴィス様。……あなたが、泥の中にいた私を見つけてくれたあの瞬間に、私の永遠は決まっていたのですから」


 リリアナは、アルヴィスの首に細い腕を回し、自らも彼のすべてを求めるように身体を密着させた。

 王の大きな掌が、彼女の背中を、腰を、そして真名の刻まれた胸元を、消えない刻印を刻むかのように熱く撫で上げる。その愛撫は、リリアナという存在をこの世界で唯一の、そして絶対的な「王妃」として上書きし、彼女の魂を悦楽の深淵へと誘っていく。


 外界という名の灰色の地獄は、もうどこにも存在しない。

 あるのは、精霊女王が完成させた「不変の理想郷」と、そこに君臨する王と女王の、人知を超えた甘やかな愛の軌跡だけ。


 二人の魂が完全に融和し、城から溢れ出した虹色の光が、今や完成された唯一の「世界」を、優しく、重く、包み込んでいく。

 虐げられた令嬢の救済劇は、ここに世界の新生という名の奇跡を完遂した。

 城の窓から見える景色は、昨日までのそれとは一変し、宝石を散りばめたような眩い色彩で満ち溢れている。精霊たちは女王の傍らで安らぎ、王はその女王を生涯をかけて愛でることを、この世界の新たな「法」として刻み込んだ。


 リリアナは、アルヴィスの温かな胸に寄り添いながら、精霊たちの凱歌の中に、自分たちがこれから共に紡いでいく果てしない永遠の色彩を見ていた。

 苦難の歴史は終わり、ここからは、神の如き二人が織りなす、甘美なる神話が始まるのである。


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