呆然
今までにないくらい琉生を怒らせてしまったと、和人は呆然としながら雅から手を離す。
「残念。プロに興味ないらしいね。和人はそれ、知ってたの?」
「いや、知らなかった。母さんから時々ピアノ、教わってるみたいだし、本だって沢山……」
イスに崩れるように座り込む。頭を抱えて、ため息をつく。
──だから、動画投稿断られたのか。琉生はプロになる気がない。あんなに努力しているのに、弾いている時の姿は、とても魅力的だというのに。
「元ソリストに教わってるって……だからか。ま、プロに興味ないなら、どうでもいいや。カズ、約束通りその頭脳貸して」
琉生のことを考えながらカバンからノートを取り出す。
──琉生が断ってきていたのに、何度も提案してしまった。無神経過ぎた……謝らないと。だが、あの才能と努力が埋もれるのは、勿体ないな。
「これ貸すから、自力で頑張ってくれ」
上の空でノートを手渡し、スマホと三脚を急いでカバンにまとめ、雅の顔を見ることなく音楽室を後にした。
◆◆◆
寮室に戻っても琉生はいなかった。
家出かと青くなりながら、琉生が行きそうな場所を考える。
幼稚園の頃から今まで、喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。だが、怒らせてしまったことは何度かあったはず。
──謝れば、許してくれてたんだよな。不味い。どこに行ったんだ?
許可がないと夜は寮から出られない。寮内で琉生が行きそうな場所は、鈴原の部屋だろうか。
眼鏡をかけた、物静かな親衛隊長の姿を思い浮かべ、足が勝手に彼の部屋へと向かっていた。
「琉生様? 来てないですけど、何かあったんですか?」
寝入る直前だったのか、ぼさぼさ頭と傾き加減に付けられている眼鏡。目を擦っている彼に謝り事情をぼかして説明した。
「琉生様って、どんなことがあっても葉柳君の傍から離れないと思うんですけど。心当たりないんですか?」
ぐっと息を詰まらせ、絞り出すように礼を言った後、鈴原の部屋を後にした。
──俺は、琉生のこと、何も知らなかったんじゃないか? 鈴原からは見えていて、俺には見えていないことって一体……。
なぜだか、不意に今までのできごとを思い出した。
『浮気、しないでね』
『俺のことだけ』
『取られたく……ないッ』
どんなときに言われた言葉だったか。
──俺が他の人について考えてる時とか、雅と一緒にいた時に言われた言葉だよな。
壁に寄りかかり、目を見開く。
──琉生は俺に琉生のことだけ考えろと? 雅に取られたくない……自分のものだと思ってる……のか!?
頬が燃えるように熱くなり、ずるずるとしゃがみ込んだ。
自分でも自分の感情が分からず、両手で顔を覆って目を閉じる。
──え、いやいや、待て、ちょっと待て。飛躍し過ぎだ。一旦、落ち着け。
ぐるぐると考えながら、ふらりと立ち上がる。
そもそもなぜ、こんなに動揺しているのか。琉生に自分のものだと宣言されていて、嬉しいとでも。
これ以上考えたらよくない気がして唾を呑み込む。
顔から火が出そうになりながら、最初の目的も忘れて、いつの間にか自室に戻り、キャパオーバーで寝台に倒れ込んでいた。




