カサンドラの逆襲
カサンドラの妖艶な服装にバレルは心を動かされていた。
「バレル!」
ジャンヌはバレルを怒鳴りつけた。
「あ、ご、ごめん」
バレルはジャンヌの形相を見て冷や汗まみれになった。
「いいのですよ、殿下。私のこの身体にご興味があるのでしょう? お好きなだけご覧ください」
カサンドラはジャンヌを嘲るような笑みで告げた。
「カサンドラ、バレルは私が好きなの! 何をしても無駄だから!」
ジャンヌは挑発し返した。
「まさか。そんな貧相な身体のどこに魅力があるのかしら?」
カサンドラの挑発はジャンヌのそれを遥かに上回っていた。
「ううう!」
身体が不貧相と言われ、返す言葉が思いつかないジャンヌは歯軋りした。
「ジャンヌはチャーミングだよ。あんたよりずっと」
バレルは悔しがるジャンヌを宥めながら、カサンドラを見た。
「え?」
バレルが自分を批判したので、カサンドラは絶句してしまった。
「バレル、嬉しい!」
ジャンヌはカサンドラに舌を出してバレルに抱きついた。
「わわ、ジャンヌ!」
バレルはジャンヌの胸の膨らみを感じて、顔を赤らめた。
「殿下から離れろ、クソ女!」
カサンドラが激昂した。
「嫌よ。バレルと私は相思相愛なんだから」
ジャンヌは更にバレルに身体を密着させた。バレルはますます顔を赤らめた。
「離れろ!」
カサンドラがジャンヌに襲いかかった。
「はああ!」
ジャンヌはグローヴを輝かせて、カサンドラを待ち構えた。
「殿下は私のものだ!」
カサンドラはジャンヌに殴りかかるふりをして、バレルを抱えると、飛び退いた。
「ああ!」
ジャンヌはカサンドラの策略にしてやられたのに気づき、地団駄を踏んだ。
「殿下、私と御子を作りましょう」
カサンドラは無理やりバレルの唇にキスをすると、何かを含ませ、バレルを眠らせた。
「カサンドラ!」
バレルへの強引なキスに激怒したジャンヌは、カサンドラに飛びかかった。
「無駄だ!」
カサンドラは廊下の一部の壁を回転させると、その向こうへ消えた。
「待て!」
ジャンヌはその壁をグローヴで殴った。壁はひしゃげたが、穴は開かなかった。
「これは……」
ジャンヌはその壁の素材が伸縮自在のものなのを知った。
「ならば!」
ジャンヌは全身を輝かせると、壁に体当たりをした。壁は長く伸び、ジャンヌの行く手を阻んだ。
「うおおお!」
ジャンヌはそれでも前へ進もうとした。壁の素材はその伸縮の限界を迎え、遂にジャンヌは壁を打ち破って、その向こうにある隠し通路に出た。しかし、すでにカサンドラとバレルの姿はなく、遥か彼方まで通路が続いているのみだった。
「バレル!」
ジャンヌはそれでも挫けず、カサンドラを追いかけた。
(ジャンヌとバレルの事は、カサンドラに任せておくか)
クラークは、攻め込む相手を反共和国同盟軍と決めていた。
(アテナ・ルビルから、マーカム・キシドムを見限ったと知らせがあった。タミル・エレスも同じ結論だ。ならば、マーカムは詰んだも同然)
クラークは全軍を動員して、マーカム・キシドムに引導を渡そうと考えた。
(アテナは一つ気になる事を伝えて来た。マーカムの母親のエレクトラ。年齢の割に若々しく、野心家であると)
クラークはアテナが転送して来たエレクトラの画像を見た。
(確かにいい女だ。マーカムと共に死なすには惜しいな)
クラークは、アテナの謀略とは思わず、エレクトラを手に入れようと考えた。
「全軍へ指令。これより、反共和国同盟軍を名乗る不穏分子共を掃討する。但し、敵頭領のマーカム・キシドムの母親であるエレクトラは、我が計画の一助となる可能性がある。生きて捕らえた者には、相応の褒賞を与えるものである」
クラークの顔が狡猾さを増した。
「そうか」
アテナは自分の艦のブリッジで、神聖銀河帝国に出入りしている業者からの報告を受けていた。
(クラーク・ガイルはやはりエレクトラ・キシドムに食いついたか。面白くなって来たな)
アテナは携帯端末に映る業者の男に、
「そのまま監視を続けてくれ。報償は思いのままだ」
「ありがとうございます、アテナ様」
業者の男はニヤリとして消えた。
「しかし、エレス商会が手を引くでしょうか? あの死神の娘は、双方から利益を得るので有名ですよ」
側近の男がアテナに言うと、
「引くさ。マーカム・キシドムは援助する程の器じゃない。滅んでもらった方がいいよ。もし、手を引かないようなら、タミル・エレスはそこまでの商人て事だろう?」
耳に口を近づけて告げた。
「そ、そうですね」
アテナに気があるその男は、顔を赤らめて応じた。
(男は利用するもの。クラーク・ガイルも、ラグルーノ・バッハもね)
アテナはフッと笑った。
アテナの読み通り、タミル・エレスもマーカム・キシドムを見限っていた。
「アテナ・ルビルが神聖銀河帝国と専属契約を結ぶ前に、クラーク・ガイルをこちらに抱き込まないとね」
タミルは、アテナが自分の身体を武器に商談を進めていると聞いた事があった。
(悔しいけど、私には真似できない。あの女、強かだよ)
タミルはアテナに詰め寄られた時の屈辱を思い出していた。
(だが、アテナの嬢ちゃんすら思いつかない事を私はできる)
タミルはマーカムに神聖銀河帝国が侵攻して来ると伝えていたのだ。武器の取引は停止したが、恩を売っておく事はした。
(多分、マーカムは負ける事がわかっているから、何としても逃げ延びようとする。その時、手を差し伸べてもいいし、神聖銀河帝国に突き出してもいい。どう転んでも、我が商会は儲かる算段ができている)
タミルは紛れもなく、あの死神と呼ばれたヤコイム・エレスの娘であった。
(神聖銀河帝国の動きが早過ぎる)
マーカムはタミルからの密告を受け、焦っていた。本拠である惑星ミンドナはほとんど焼失し、復興には時間がかかる。クラークは、反共和国同盟軍と共和国軍を疲弊させて、その上で攻め込んで来ると思っていたが、気が変わったのか、事情が変わったのか、展開が急なのだ。しかも、アテナは取引をやめてしまった。タミルはアンドロメダ銀河の方で遅れが出ていると言い、一向に武器を供与してくれない。
(まずい。このままでは、我が軍は滅ぼされてしまう)
マーカムは頭を抱えていた。
(無理を承知で、神聖銀河帝国に和平交渉を提案してみるか?)
マーカムは最後の手段として、「土下座外交」をする覚悟を決めた。部下からの信用は失墜するだろうが、軍を壊滅させるよりはマシだ。自分は最高司令官の地位を降りてもいい。マーカムはそこまで考えた。
「神聖銀河帝国へ通信を」
マーカムはブリッジの通信兵に告げた。
「え? 神聖銀河帝国に、ですか?」
通信兵は驚いてマーカムを見た。マーカムはキャプテンシートに身を沈めて、
「そうだ。早くしろ」
投げやりに命じた。
「はい!」
通信兵はすぐさま機器を操作して、神聖銀河帝国への通信を開始した。
「何?」
司令部に着いたクラークは、マーカムからの和平交渉の提案を聞き、眉をひそめた。
(情報が漏洩しているのか?)
クラークはまずはアテナとタミルを疑った。
(出どころはそんなところか。しかし、今はそれよりも、マーカムの処遇だ)
クラークは思案した。
「わかった。私の執務室に回線を回せ」
クラークはそれだけ告げると、司令部を出て行った。
(同盟軍はすでに本拠を失っている。それでも、戦えば、こちらも無傷という訳にはいくまい。ならば、和平交渉をして、こちらに有利な条件で進めればいい)
クラークは、エレクトラを人質として差し出させ、マーカムの追放で収めるつもりだった。
「まだカサンドラはジャンヌを始末していないのか!?」
クラークはカサンドラの動きが気になり始めていた。




