エレクトラ・キシドム
武器商人に見限られ、急な動きを見せる神聖銀河帝国に驚いたマーカム・キシドムは、全軍を率いて天の川銀河を脱出する事にした。
(神聖銀河帝国は和平交渉を拒むだろう。ならば、あと頼れるのはアンドロメダ銀河連邦のみ)
マーカムはアンドロメダ銀河連邦の幹部の一人と接触を続けており、武器の直接供与を約束されていた。だが、タミル・エレスのエレス商会が妨害工作をして、それを阻んだのだ。マーカムは仕方なく、タミルを介して武器供与をしてもらう事にしたのだが、そのタミルが手のひらを返した。
(もう一度、アンドロメダ銀河連邦に直接交渉をするしかない)
マーカムは最後の賭けに出ようとしていた。
「司令官、神聖銀河帝国のクラーク・ガイル様より入電です」
通信兵が告げた。
「何?」
遂に最後通告かと思ったマーカムは、
「私の端末につなげ」
手元にある携帯端末を持った。
「はい」
通信兵がクラークからの通信を携帯端末に転送した。
「神聖銀河帝国の軍司令長官のクラーク・ガイルである。貴軍の和平の申し入れを受ける。その条件は、最高司令官であるマーカム・キシドムの追放とエレクトラ・キシドムを人質として差し出す事。それを承諾すれば、和平交渉に応じる」
クラークの通信は一方的なもので、そのまま切れてしまった。
「そ、そんな……」
マーカムは自分の追放はともかく、母親のエレクトラを人質として差し出す事には愕然とした。
(だが、条件に応じなければ、有無を言わせず攻め込まれ、我が軍は壊滅させられる。呑むしかないのか?)
マーカムにとって、屈辱的な条件であったが、軍が滅ぶよりはマシだと考え、エレクトラを説得する事にした。
(もし、母が拒んだら、その時は滅びの道を進むしかない)
マーカムは決断して、エレクトラがいる部屋へ急いだ。
(さて、どうする、マーカム・キシドム?)
クラークは、マーカムには条件を呑むしか道がない事を知っている。
(同盟軍と母親の命。どちらが大事か、考えているところだろうな)
マザコンと噂されているマーカムが、エレクトラを人質に差し出せるかが分かれ目であった。神聖銀河帝国軍はすでに反共和国同盟軍の艦隊目がけて進軍している。クラークの命令一つで、その艦隊は宇宙の藻屑となるのだ。
(慌てる事はない。それよりも、カサンドラの方だ。早くジャンヌを始末するのだ。時間がかかれば、ジョー・ウルフが現れるかも知れないのだぞ)
クラークは何よりもジョーの登場を恐れていた。ストラード・マウエル、ナブラスロハ・ブランデンブルグ、ニコラス・グレイ。名だたるビリオンスヒューマンを倒して来たジョーが現れれば、神聖銀河帝国の天の川銀河統一の夢は消えてしまう。それだけは避けたかった。
(奴は自分の妻と娘の危機を知っている。事によれば、すでに動いているかも知れん。奴がいるのは、恐らくアンドロメダ銀河。急いで向かったとしても、一週間はかかる。奴の幻影が現れてから、すでにそれくらいの時は経っている。猶予はないのだ)
クラークは苛立って、執務室を出て、
(ならば、私が直接ジャンヌを始末するか? そして、カサンドラはリセットして、新たなカサンドラをエレクトラに生ませる。今度はもっと強力なカサンドラを誕生させる)
廊下を走り、ジャンヌを追いかけた。
(どこまで行ったのよ、あのおっぱい女!?)
ジャンヌはカサンドラを追いかけていたが、いくら進んでも、長い廊下は終わらず、カサンドラとバレルの姿も見えて来ない。
『バレル、目を覚まして! そんな女に操られないで!』
ジャンヌはバレルに向かって頭の中で想いを伝えた。
「あ!」
ジャンヌはバレルの気配を感じた。
(バレルが反応した。よし!)
ジャンヌは更にバレルに呼びかけた。
『バレル! 起きて! 私の思いに応えて!』
またバレルの気配があった。
「こっち?」
ジャンヌは左側の壁を見た。
「はあああ!」
全身を白く輝かせて、壁に体当たりした。壁は伸縮自在の素材で、伸びていく。
「うおお!」
ジャンヌは両手で素材を掴むと、左右に引き千切った。その向こうは大広間になっており、カサンドラとバレルがいた。
「カサンドラァッ!」
カサンドラはまだ目を覚ましていないバレルの上に馬乗りになり、バレルの服を脱がせようとしていた。
「クソ女、邪魔するな!」
カサンドラは手を止めて、ジャンヌに向かって来た。
「はああ!」
ジャンヌはカウンターの形でカサンドラの顔面を正拳突きで殴りつけた。
「がはっ!」
カサンドラはそれを避けられず、後方に吹っ飛ばされて、床を何度もバウンドして止まった。
「これ以上、バレルに関わるつもりなら、許さない!」
ジャンヌは更にカサンドラに攻撃を仕かけた。
マーカムはエレクトラに事情を説明した。ソファに腰を下ろしていたエレクトラはしばらく俯いて黙っていたが、
「わかりました。同盟を守るためです。人質となりましょう」
顔を上げて立ち上がった。
「申し訳ありません」
マーカムは涙ぐんで頭を下げた。
「これも貴方のためです。謝る事はありませんよ、マーカム」
エレクトラも目を潤ませて息子を見た。
「はい」
マーカムは顔を上げると、携帯端末を操作して、
「神聖銀河帝国に返信。条件を呑む、と」
「了解しました!」
通信兵が応じた。
「どうした?」
クラークは携帯端末に連絡が入ったので、立ち止まった。
「マーカム・キシドムから返信です。条件を呑むそうです」
通信兵が告げた。クラークはフッと笑って、
「そうか。ならば、母子二人きりでゲルマン星に来るように伝えろ」
「はっ!」
クラークはニヤリとすると、また廊下を進んだ。
(これで同盟軍は滅んだのと同じ。そして、新たなるカサンドラを産む者も確保できた。あとはジャンヌを始末して、新生カサンドラを誕生させれば、ジョー・ウルフも恐れるに足らぬ)
クラークの野望は完成しつつあった。
(神聖銀河帝国。どんなところなのかしら?)
エレクトラはマーカムが退室した後、物思いに耽っていた。彼女はマーカムの不甲斐なさを嘆いていた。
(未だにあの女狐が忘れられないマーカムは、もう先がない。ならば、神聖銀河帝国に阿っても、我が願いを達成する)
エレクトラは、同盟軍滅亡の危機を招いたエレン・ラトキアを思っているマーカムをとうとう見限る決意をした。
(同盟軍と共和国軍を同時に攻撃して制圧してしまった神聖銀河帝国の軍事力は、圧倒的。天の川銀河を統一できれば、憎きアンドロメダ銀河連邦を滅ぼせる。我が願いが叶う)
エレクトラの夫は、ミハロフ・カークの侵攻で命を落としている。そのせいで、アンドロメダ銀河連邦を憎んでいるのだ。アンドロメダ銀河連邦にしてみれば、とんだとばっちりである。ミハロフは連邦の許可なく、天の川銀河に侵攻したのだから。
(悪く思わないでね、マーカム。エレンを忘れられない貴方が悪いのよ)
エレクトラはフッと笑った。その時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
エレクトラの声に応じて、マーカムが入って来た。
「神聖銀河帝国は、私と母上の二人きりでゲルマン星へ来るように要請して来ました」
マーカムは悔しそうな顔で告げた。
「わかりました。支度をします」
エレクトラはソファから立ち上がり、クローゼットから衣服を取り出した。
「では私も準備をします」
マーカムは部屋を出て行った。
(楽しみになって来たわ。神聖銀河帝国の皇帝陛下に謁見できるのかしら? もしできれば、マーカムを帝国で使ってくれるようにお願いしてみようかしら?)
エレクトラは観光にでもいくような気分でいた。




