遺産と欲望XIII
そして、白水晶の嵌った左手を、台座の中で起動石である場所に乗せて黄金の眼差しを閉じた。
「世界は創造され
時は調律が保つ
創造との盟約の元
我、十二柱の一柱として
創造の意思を継ぐ
調律よ我に従え
我が意思の元
再調律を行わん」
朗々としたシルバーの声が波紋を描くかのように室内に広がり、壁に当たって乱反射していくかのような不思議な旋律となる。
魔導士ではないレディ・キャットとエーベルハルド殿下には、その意味は判らない物であったが、魔導士であるチェルソとハーラルトには、それは美しい魔導力の波動が見えていた。
水色に輝ける魔導力が室内にきらきらと乱反射し、シルバーの姿を祝福するかのように包み、遺跡の核である球体と、シルバーを一つにするかのように水の魔導力が包み込む大きさを広げそれは室内全体に広がると水の魔導力特有の流れによってシルバーの魔導力の一つである銀色に染め上げられて球体へと収束した。最後に、シルバーの手の中に青みがかった銀色の宝珠を残して。
「銀色…?」
一連の流れを、部屋の外で見守っていたハーラルトとチェルソが、耳朶に届いた呟きに声の主を振り返る。
遺跡の核との調停である魔導力の流れは、魔導士以外には見える事がないのに、自らたち以外に見えていた存在がいたのだ。ハーラルトたちの驚愕の視線を向けられたのは、不思議そうに室内を見ていたエーベルハルド殿下ではなく、この国でも五指に入る美貌を持つ鮮やかな紅の髪のレディ・キャットだった。
「レディ・キャット、今のが見えたのですか…?」
「今のって、室内に広がっていた水色が銀色に染まって中央に集まった光景の事かしら?」
ハーラルトが震えそうになる声を押さえて尋ねた事に、何が問題だったのかとばかりに首を傾げて、レディ・キャットは簡潔に答える。
その返答にさえ、ハーラルトとチェルソは驚愕を隠せないでいるのだが、益々不思議そうに首を傾げてレディ・キャットはエーベルハルド殿下に視線を向ける。
「エーベルハルド殿下も、見ていたでしょう?」
「え、いや特に何か起きていたようには見えなかったけど?シルバーの声が室内に反射していて、どんな内容なのか判らなかったし……何かあったのかい?」
きょとんっといった形容が出来そうなほど、不思議そうにエーベルハルド殿下が答える。
実際、エーベルハルド殿下には魔導力の流れは一切見えていなかったのだから当然である。
「多分、レディ・キャットには魔導の素養があるのだろう。それで、影という仕事を長年やってきた為に、使い魔との契約がなくとも感覚が自然と鋭くなって魔導力の流れが見えていたのだろうね」
宝珠を手にして、背後で交わされていた会話を聞いていたシルバーは、そう言いながら扉の方へと歩いてくる。
その声に全員がシルバーを眺め、レディ・キャットが魔導力を見えていた説明にそれぞれ考えさせられる。
「まあ、一種の特異例ではあるが…実際に魔導力を行使する事は出来ないだろうから、問題はないだろう」
シルバーが部屋を出て、扉が自然と閉まっていく。
その間、閉じていた眼差しをシルバーが漸く開いて、レディ・キャットの状態に結論を付けた。
「長が言うなら、問題ないっすね。レディ・キャットがはぐれではない事は確実ですし」
「うむ、逆に素質があったからというだけで、師もなく魔導力を見る事が出来るようになったレディ・キャットを魔導士に迎えたいくらいだな」
チェルソとハーラルトがシルバーの説明にそれぞれ感想を言い出すが、レディ・キャットもエーベルハルド殿下も理解しきれず蚊帳の外という状態であった。
しかし、光溢れるような小部屋から出て来たシルバーの煌めくような銀髪が、部屋を出た時から徐々に色を変えて、眼差しと同じような金粉が塗されたような黄金色に変わっていく事にレディ・キャットとエーベルハルド殿下はレディ・キャットに魔導士の素質があるという事を忘れる程に驚いて目を瞠る。
「シルバー……貴方、髪の色が…」
「色が変わっていってる?」
レディ・キャットが驚きに途切れさせた言葉を、エーベルハルド殿下が続けた。
神々の残した遺跡との調停により、シルバーが多く内包する魔導力のうち光の魔導力が一時的に調停に吸い取られ、同じようにシルバーの内に多く内包されている闇の魔導力を示す金色に染まったのだ。
「長、遺跡の調停に光の魔導力を使ったんっすね」
レディ・キャット達の驚きに答えたのは、チェルソの軽い口調だった。
魔導士たち全てが、シルバーのように内包している魔導力にその身の色が現れているわけではないが、特に大きな魔導力の場合にのみ身体へと十二種の魔導力を示す色のうち、内包する大きい魔導力が表に色彩を現す事があるのだ。
それから言うと、シルバーは髪に光の魔導力を示す銀色、瞳に闇の魔導力を示す金色を他の魔導力よりも、通常の魔導士よりも多く内包しているという事になる。
「光が、一番調停に関しては適しているだろう。おかげで、闇の魔導力が混ざらないように眼を閉じたままでいなければいけなかったが…まあ、そのうち戻るし問題はない」
「確かに光なら、余計なものが入っていた場合の浄化にもなりますし、最適な判断でしょう」
ハーラルトが納得したように返すが、その脇でチェルソ等は身震いしてみせた。
「長の魔導力を根こそぎ吸い取るような遺跡との調停って、怖すぎるっすよ。相変わらず遺跡の調停は魔導士泣かせっすけど、今回は長が居てくれて本当によかったー。下位の魔導士だったら魔導力根こそぎ持ってかれてコロッと亡くなってるとこっすよ。」
そんなチェルソの言葉を否定しないシルバー達に、レディ・キャットやエーベルハルド殿下も遺跡の危険性を本能的に理解した。
「そんなわけで、私の髪が銀色から金色に変わった事は、大したことじゃないからレディ・キャットもルド殿下も気にしないでくれ。放っておけば、そのうち魔導力が戻って色も戻るからね」
「チェルソの言う事を聞けば、大したことのような気もするのだけれど……貴方がそう言うなら気にしない事にするわ」
「光の魔導力が髪の色に現れていて、闇の魔導力が混ざらないように眼を閉じていたってことは、シルバー貴方の瞳の色は闇の魔導力が大きすぎて顕れているという事なのかい?」
さっぱりと、専門外の事だと思考する事をやめたレディ・キャットと違い、エーベルハルド殿下は静かに聞いていた会話から推測していた。そんな所が特殊な性癖と言われるのだろう。
「んーまあ、そういう事だね。私程はっきりと魔導力の色が身体に顕れるというのも珍しいのだけど、魔導教会に行けば上位魔導士は大概、髪か瞳の色が魔導力に引きずられた色をしているよ」
「そうですね、チェルソと私も一色は魔導力に引きずられた色を持っていますし…」
瞳を煌めかせ、まだまだ話を聞きたそうなエーベルハルド殿下に、引き攣った笑みを浮かべながらハーラルトが同意しながらも、シルバーの場合は使い魔までもがシルバーの持つ魔導力に染まっている事は口にすることなかった。
銀と金の蝶。まさにシルバーの髪と瞳の色彩と同じなのだが、魔導士以外にそこまで説明する事でもないという判断だった。
まず、話が長くなるだろうというのが一番の判断材料でもあった。
「さあ、そういう話はまたにして、今夜はもう天幕に戻って休もう。流石の私も、闇の魔導力を持っていかれて疲れた」
シルバーがそう言って伸びをすると、釣られたようにレディ・キャットが小さく欠伸を零す。
全員が同意して、最後の階段を上り遺跡から出ると、それぞれの天幕へと散って慌ただしい夜が終わりを告げた。




