明日から硝子の息は誰にも教えません。夏の注文はご自分で
水差しを灯りへ掲げたまま、カタリーナは背後の笑い声を聞いた。泡は三つ。聞き違いは、一つもなかった。
「ええ、炉の温度は朝昼晩と測らせています。一本に何息、日に何本。それさえ守れば、出来は揃いますよ」
エメリヒ・ゾルンの声は、炉の火よりも仲買人のほうを向いていた。若い衆のロッコ・ケラーが、そうそう、と語尾を重ねる。二人の肩が近づき、また同じところで揺れた。
「息は、誰でも吹けます」
カタリーナは水差しを半回転させた。三つ目の泡は底の厚みに隠れかけていたが、灯りを斜めに受ければ、針の先ほどの影を落とす。
十一年使った吹き竿が、彼女の右手の届くところにあった。握り癖のついた柄は煤け、口を当てるところだけが毎朝磨かれている。今日も五本を吹き、四本を残し、その一本を脇へ避けたところだった。
「それで、奥さんには?」
仲買人が声を落とした。エメリヒは、聞こえないところまで下げる気はなかったらしい。
「吹き上がった器を見てもらえば十分でしょう。種のことまで奥さんに頼るから、いつまでも手間賃が減らせないんです。次の夏物からは、俺が差配します」
「甕の仕込みもか」
「月数は書いてあります。古い順に使えばいい」
ロッコが炉脇の柱を指で叩いた。そこには昨日までなかった白い紙が貼られ、温度と息の数と、一日に吹く本数が大きな字で並んでいる。
「これなら俺にも読める。目で見える仕事は間違いがねえ、なあ、若旦那」
「ああ。読めないものへ銭を払う必要もない」
カタリーナは水差しを不出来の棚へ置いた。炉のそばで笑い声がもう一度重なったが、泡は増えも減りもしない。
「奥さん、次は六本だ」
振り返ると、エメリヒは仲買人に見せていた笑みをしまっていた。顎だけで吹き竿を示し、炉の口を開けさせる。
「この種なら、五本になさってください」
「紙には六本と書いた」
「では、五本目までを注文へ。六本目は工房でお使いください」
カタリーナは吹き竿を取り上げた。エメリヒの口が動く前に、熔けた硝子へ竿先を沈める。橙の塊が竿へ巻きつくと、背後の声は炉の音へ呑まれた。
五本目を徐冷窯へ運び、六本目には手をつけなかった。夕方、エメリヒは控えの出来高欄へ大きく五と書き、その横へ細く、奥さんの都合、と添えた。
カタリーナはその字を灯りへ透かさなかった。
* * *
翌日、種硝子の覚え書きが棚から外された。甕ごとの癖、灰の年、砂に混じる細かな色、火から出したあと縮む早さまで、十一年かけて継いだ紙束だった。
「こんなものがあるから、奥さんにしか分からなくなる」
エメリヒは紙束を紐で括り、勘定場の下段へ押し込んだ。代わりに甕の肩へ、仕込んだ月だけを書いた札を掛けていく。
「その覚え書きは、甕のそばへ置いてください」
「月が分かれば足りる。俺の工房だ、やり方は俺が決める」
「承知しました」
ロッコが柱の貼り紙を平手で叩いた。紙の端が風を受け、ぱたぱたと鳴る。
「温度よし、本数よし、息の数もよし。これで誰が休んでも同じだ。奥さんも肩が軽くなるだろ、なあ」
「今日の種は、紙より一息短く」
「またそれか。若旦那が決めた数に、いちいち口を挟むなよ」
「では、六本目は工房でお使いください」
ロッコはエメリヒを見た。エメリヒも口の端を上げたので、二人は同時に柱から手を離した。
カタリーナは一日分を吹き終えると、作業着の灰を払い、外出着へ替えた。襟を留める針も、靴の泥も、持ってきた朝と同じ場所へ戻す。曇ったものを身につけて、よその店先へ立つつもりはなかった。
灰屋のクルト・ハーゼは、荷車へ空袋を積んでいるところだった。カタリーナが今年の灰を一掴み示すと、老人は指先で揉み、鼻先へ寄せる。
「次の仕込みには、去年の残りを二つ、今年を一つでお願いします」
「工房へか」
「ええ。次の一度だけ」
クルトは彼女の顔を見ず、空袋の口を結び直した。結び目を二重にしてから、短く頷く。
砂の仕入れ先にも同じように、粒の細かい袋を先に使うよう伝えた。理由は置かず、量と順だけを頼む。店の者は聞き返さず、荷札の表へ書きつけた。
工房へ戻ると、エメリヒが二年寝かせた甕の数を控えへ写していた。甕は奥から順に十二、壁沿いに八、そのほかに小さなものが三つある。古い種は、次の夏まで持つだけ眠っていた。
「どこへ行っていた」
「灰屋と、砂の仕入れ先へ」
「勝手に注文を変えるなよ」
「次の配合を伝えただけです」
「次からは俺を通せ。奥さんは吹き場だけ見ていればいい」
「承知しました」
エメリヒは控えへ顔を戻した。月数の列は真っ直ぐで、どの甕も同じ幅の枠へ収まっている。
カタリーナは一番手前の甕を灯りへ透かした。厚い陶の向こうは見えなかったが、見る癖だけは、まだ手に残っていた。
* * *
翌朝、カタリーナは誰より先に炉の口を開けた。火を読み、種を巻き、昨日の注文の最後の一個を吹く。竿を回す速さは途中で一度だけ緩み、丸い胴へ細い首が立った。
鋏を入れ、口を整え、底を据える。出来上がった水差しを徐冷窯へ運ぶと、彼女は十一年使った吹き竿を布で拭いた。口元から柄まで二度拭き、いつもの掛け釘へ戻した。
鋏も火箸も磨き、刃を閉じて並べた。持って出るのは外出着と、家から持ってきた手箱だけだった。
「朝から片づけか」
エメリヒが柱の紙を確かめながら言った。ロッコは炉の温度を書き足し、昨日より太い丸で囲んでいる。
「今日の器は、すべて吹き終えました」
「なら次の甕を開けろ。夏物を前倒しする」
「開けません」
ロッコの炭筆が柱の途中で止まった。エメリヒは振り返り、カタリーナの空いた手を見た。
「何だと」
「明日からは、硝子の息をどなたにも教えません。夏の注文は、ご自分でお吹きください」
「昨日のことを根に持っているのか。覚え書きなら要らないと言っただけだ」
「はい」
「吹くのは続ければいい。見立ての手間賃を外すだけで、お前の寝床も食事も今までどおりだ。悪い話じゃないだろう」
カタリーナは答えず、甕の列を歩いた。手前から三つ目、一度も札を書き替えなかった大甕の前で足を止める。掌を置くと、冬の陶肌はひやりとしていた。
「十一年、わたしの種だと思うて寝かせておりました」
炉の火が、甕の肩へ細く映った。カタリーナは掌を離し、指についた白い粉を布で拭い、外出着へ替えた。
「何を言っている。ここはゾルンの工房だ」
「ええ」
「親方から教わった仕事だろう。勝手に弟子をやめられるものか」
「今朝までの注文は納めました。明日から、こちらの奉公人でも、お弟子でもありません」
「奥さん」
勘定場から出てきたゲルハルト・ゾルンが、戸口で名ではなく役目を呼んだ。普段と同じ穏やかな声だったが、片方の上履きしか履いていない。
「話なら、夕餉のあとにでも」
「外出着で参りましたので」
カタリーナは壁の吹き竿へ目を向けた。磨いた口元に朝の灯りが一筋乗り、炉の熱でほどける。
戸を開けると、外の風が外出着の袖をわずかに膨らませた。彼女は工房の敷居を踏まずに越え、戸を閉めた。
* * *
半年のあいだ、ゾルンの工房から届く器は変わらなかった。二年寝かせた種硝子は、カタリーナが残した順に熔け、紙に書かれた温度と本数で、見慣れた形になった。
エメリヒは仲買人の前で柱の記録を示した。月ごとの出来高は揃い、手間賃を一人分減らした控えも黒い。
息なんぞ、誰でも吹ける——。
ロッコは新しい貼り紙を古いものの上へ重ね、丸を増やした。若い衆は紙を見て竿を回し、月数の若い甕にはまだ手をつけなかった。
カタリーナは講の女衆が借りた家の一室で、冷えたパンを食べていた。初めのひと月は朝に一切れ、夜にも一切れ。火を使う時刻を工房の鐘で測る癖が抜けず、鐘が鳴るたび、手が膝の上で止まった。
「そんな石みたいなもの、汁へ浸しておしまい」
向かいの女が、豆のスープの椀を押し出した。湯気がカタリーナの指へ当たり、磨いた爪の縁に小さな雫を作る。
「わたしの分では」
「鍋の底が見えたら、あんたに洗ってもらう。これで貸し借りなし」
「それは、ずいぶん軽い貸しですね」
「なら、明日は薪を一本多く割っとくれ」
カタリーナは椀を両手で持った。冬の夜に熱いものを急がず口へ運んだのがいつだったか、舌のほうが覚えていなかった。二口目で、冷えたパンを汁へ浸した。
講の女衆は、はじめに薬瓶を六つ頼んだ。次に糸巻きを入れる広口瓶を四つ、その次には祭りで果実水を注ぐ小さな水差しを十二。カタリーナは町外れの古い炉へ小さな坩堝を置かせてもらい、注文の数だけ吹いた。
炉の前へ立つ日は、クルトの灰と、以前訪ねた仕入れ先の砂が届いた。袋には工房名ではなく、受け取る者の欄だけが空けてある。
「カタリーナさん、ここへお名前を」
荷を運んだ男に言われ、彼女は炭筆を取った。カタリーナ・ヴェークナー、と袋ごとに同じ字で書く。自分の姓は、工房の控えより少し長く見えた。
出来上がった薬瓶を灯りへ透かすと、泡のあるものが一つだけ混じっていた。カタリーナはそれを食卓の花瓶にし、残りを包んだ。
「これ、売り物にならないのかい」
「薬屋へは納めません」
「じゃあ、うちでは上等だ」
女は道端の草を二本挿し、豆のスープの鍋の横へ置いた。その晩から、食卓には泡を一つ抱えた瓶が残った。
ゾルンの工房では、甕の札が一枚ずつ外された。冬が過ぎ、春の終わりに、二年寝かせた最後の札が控えへ貼られた。
古い種で吹いた最後の水差しも、前と同じ形をしていた。
* * *
夏最初の朝、新しい種を巻いた竿から、硬い音がした。膨らみかけた器の縁に白い筋が走り、炉の口で二つに割れた。
落ちた半分は石床でさらに砕けた。ロッコは柱の温度を見上げ、丸で囲んだ数字を指でなぞる。
「温度は合ってる。息も数えた。なあ、若旦那、これは竿のせいだろ。竿が悪い、そうだ」
「次を吹け」
エメリヒは割れた破片を火箸で端へ寄せた。二本目は形になり、三本目も徐冷窯へ入ったが、口の厚みが揃わない。翌日、箱詰めされた器の底には、細い筋のあるものが混じった。
硝子問屋のバジル・フェイバーは、戻ってきた木箱の前で一個を持ち上げた。灯りへ向けることもなく、親指で口を撫で、首を横へ振る。
「夏物には使えません」
「温度は同じです。割れたのは最初の一本だけで、これは割れていない」
「水を入れる前から筋があります」
「見えないほどの筋でしょう」
バジルは器を木箱へ戻した。詰め草をかぶせ、蓋を閉める。受領の札には印を押さず、木箱を荷車へ載せ直させた。
ゲルハルトは返った木箱を自分で勘定場へ運んだ。蓋を開け、ひとつ見て、また閉じる。エメリヒが次の便で埋め合わせると言っても、縄を解かなかった。
翌月の注文書は届かなかった。次の月も、問屋から来たのは空箱を引き取る荷車だけだった。
エメリヒは灰屋へ出向き、今年の灰を前年と同じ量で寄越すよう言った。クルトは秤の分銅を一つずつ箱へ戻し、蓋をした。
「あいにく、今年の灰は向きませんので」
「去年まで売っただろう。代金なら同じに払う」
「うちはあの工房に売ってたんじゃない。カタリーナさんの目に売ってたんだ」
「奥さんの?」
クルトは答えず、店の奥にある荷札を裏返した。表には、カタリーナ・ヴェークナーと書かれていた。
工房へ戻ったエメリヒは、柱の貼り紙を指した。温度も本数も、半年分の数字が乱れず並んでいる。ロッコは割れた器を前にしたまま、貼り紙から手を離した。
「おい。紙には間違いがないと言ったな」
ロッコは名を呼ばなかった。炭筆を柱の桟へ置き、炉へ背を向けた。
その日、ゲルハルトは工房の戸を早く閉めた。炉の火だけが、注文の載っていない控えを照らし続けた。
* * *
ゲルハルトが取引先を回り終えたとき、靴の片方は泥で白くなり、上着の釦が一つ外れていた。返された木箱の縄を腕へ掛け、朝の炉へ入ってくる。
ロッコは柱の前から退いた。エメリヒだけが控えを開き、来ない注文の欄へ日付を書いていた。
「叔父さん、バジルにもう一度話せばいい。形は直せる。灰屋が意地を張っているだけだ」
ゲルハルトは木箱を床へ置いた。柱の貼り紙を上から下まで見て、一番新しい一枚を剥がす。
「明日から炉の前に立つな」
「俺に任せたのは叔父さんだ」
「任せた。見なかったのも、わしだ。だから後始末はわしがする」
「奥さんを戻せば済む」
「口を閉じろ」
穏やかだった声が、炉の口を閉める鉄板より短く落ちた。ゲルハルトは残りの貼り紙には触れず、木箱を抱えて勘定場へ入った。
同じ日の午後、バジルは講の女衆の食卓を訪ねた。手には、泡のある花瓶とよく似た形の薬瓶を一本持っている。
「こちらを吹いた方に、夏の水差しを頼みたい」
「カタリーナなら向かいの炉だよ」
女衆の一人が、スープ用の豆を選り分けていた手を上げた。指先で戸口を示し、それ以上は品物の話へ加わらない。
バジルは古い炉まで歩き、カタリーナが吹き終えるのを待った。彼女が竿を置くと、薬瓶を炉前の台へ載せる。
「カタリーナさん。次から、あなたの名で納めてください」
「ここは借りた炉です」
「炉が要るなら、注文と一緒に用意します。灰も砂も、届け先はもう決まっているそうです」
カタリーナは薬瓶を灯りへ透かした。泡はなく、底の厚みも揃っている。返すと、バジルは同じ向きのまま布へ包んだ。
講の女衆が用意したのは、使われなくなった染め場の石床だった。一人が煤を掻き、一人が壁際の桶を外し、もう一人が炉の煉瓦を運ぶ荷車の代金を控えへ記した。カタリーナは石床の中央へ立ち、煙道までの歩数を測った。
クルトの灰は、炉が組み上がる前に届いた。砂の袋も同じ荷車へ積まれ、受取人の欄には初めから彼女の名がある。
夕刻、ゲルハルトが一本の吹き竿を抱えてきた。十一年分の煤は拭われ、口元だけが白布に包まれている。
「置いていったものだ」
「工房の道具です」
「工房が十一年借りた。控えはわしが直した」
カタリーナは白布をほどいた。握り癖のついた柄へ指を添え、すぐには持ち上げない。
「任せきりにした。すまなかった」
ゲルハルトは返事を待たず、炉の外へ出た。背中の上着には、木箱の縄が擦れた筋が二本残っていた。
新しい炉へ火が入る朝、カタリーナは吹き竿を両手で握った。右手の指が煤けた柄の窪みへ収まり、左手が前より半手ぶん先を支える。
「カタリーナさん、火はどうだい」
豆を選っていた女が、薪を一本だけ炉脇へ置いた。カタリーナは火口を覗き、竿をゆっくり回す。
「もう少し待ってください。今朝は、わたしが決めます」
女は薪から手を離した。食卓のほうでは、鍋の蓋が小さく鳴っていた。
* * *
夏の注文が止まって三月目、エメリヒが新しい炉を訪れた。上着は以前と同じ仕立てだったが、襟が片方だけ内へ折れ、靴には乾いた灰がついている。
カタリーナは朝一番の種を竿へ巻いていた。炉の前から動かず、橙の塊を鉄板の上で整える。
「奥さん」
エメリヒの声に、薪を運んでいた女が足を止めた。バジルは納品用の木箱から顔を上げたが、誰も返事をしない。
「奥さん、話をしに来た」
「その呼び方の者は、こちらにはおりません」
カタリーナは竿へ一度息を入れた。小さな膨らみが生まれ、回すたび丸みを増していく。
「カタリーナ。工房へ戻ってくれ」
「戻りません」
「全部でなくていい。種を見て、どの灰を使うか、それだけ教えればいい。吹くのは俺たちがやる」
「教えません」
「叔父さんも、今度は手間賃を払うと言っている。前より出す。食事も寝床も別に用意する」
カタリーナは竿を回したまま、エメリヒを見た。仲買人へ向けていた口元の笑みは消え、唇の端には乾いた白い筋がついている。
「見立てだけでいいんだ。夏物の注文を戻せれば、あとは俺が立て直す」
竿の先で、硝子の胴が細長く伸びた。カタリーナは息を止め、底を整え、もう一度だけ短く吹く。
「頼む。教えてくれ」
「息は、誰でも吹けます」
エメリヒの口が開いたまま止まった。カタリーナは彼の脇を通ってきた熱ではなく、炉の正面へ足を揃える。
「それは、俺が——」
「カタリーナさん、持ち手はこの長さでよろしいですか」
バジルが見本の紐を掲げた。カタリーナはそちらへ顔を向け、目盛りを一つ指で押さえる。
「もう半指、長くしてください。水を入れたとき、手が口へ触れません」
「承知しました」
「待て。まだ話は終わっていない」
「若旦那」
薪を運んでいた女が、炉の外を顎で示した。足元には注文分の木箱が積まれ、通り道は一人分しか空いていない。
「そこに立たれると、カタリーナさんの箱が運べないよ」
エメリヒは木箱を見下ろした。一つ目には硝子問屋の札、二つ目には薬屋の札、三つ目には講の祭りで使う数が書かれている。どの札にも、ゾルン工房の名はなかった。
「見立てだけでいい」
声は、炉の音を越えなかった。エメリヒは道を空け、戸口まで下がる。
カタリーナは彼を追わず、吹き竿へ向き直った。胴を伸ばし、肩を丸め、口を切る。鋏を入れる指は一度も止まらなかった。
戸が閉まると、外の足音は石畳の向こうへ薄くなった。バジルが木箱の向きを直し、女衆の一人が炉脇へ朝食の籠を置く。
「カタリーナさん、豆のスープが冷めるよ」
「この一個を入れてから参ります」
「パンは浸す分も残してある」
「では、急ぎます」
出来上がった水差しは徐冷窯へ入れられた。カタリーナは吹き竿を拭き、今度は壁へ戻さず、自分の作業台へ横たえる。
翌朝、水差しは窯の中でゆっくり冷えていた。カタリーナが取り出して灯りへ掲げると、夏の朝が薄い硝子を抜け、木箱の底まで届く。
泡は一つもなかった。
「カタリーナさん、こちらへ」
食卓から椀の触れ合う音がした。カタリーナは水差しへ井戸水を満たし、名前を呼んだ者たちの間へ置く。
透き通った影が、湯気の立つ豆のスープと切り分けたパンの上で揺れた。炉には次の種が寝かされ、一本の吹き竿が彼女の席から手の届くところで、朝の光を受けていた。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
またどこかでお目にかかれましたら。




