第1話 燃えないゴミからの呼び出し
「みんな、今日もおそうじをはじめましょう!」
メイドたちの声が揃う。雲一つない、気持ちのいい朝だった。
私はクレア・ヴィクトリア。表向きは男爵家の令嬢だが、裏の顔は王家直属の始末屋だ。国王の特命で長年「婚約者」という名目を使いながら、第一王子の監視を続けてきた。そして何より——おそうじが好きだ。
愛用の日傘を手にして満足していると、護衛メイドのリタが無言で裁ちバサミを抜いた。
シャンデリアの陰から何かが落ちてくる。他国の仕込んだ羽虫型の偵察魔導具だった。リタはそれを空中で両断し、欠片一つ私のドレスに触れさせなかった。
「ありがとう、リタ。散らかったゴミは私が片付けるわ」
日傘の石突きを床に鳴らすと、風魔法が広間に渦を巻いた。床のゴミも、壁の汚れも、廊下に潜んでいた三流の暗殺者も、まとめてピンポン玉サイズに圧縮して外へ放り投げる。
清々しい。美しい環境には、美しい空気が必要不可欠だ。
「お見事です、お嬢様」
執事のシリルが銀盆を持って現れた。完璧な笑顔のまま、こう続ける。
「残念なお知らせがございます。本日の予定に、粗大ゴミの処理が入りました。王城より、第一王子殿下からのお呼びです」
私は深くため息をついた。せっかく屋敷の空気が綺麗になったというのに。
「……リタ、一番汚れが目立たないドレスを出して。シリル、ちりとりの準備を」
「次のゴミ箱の手配も進めておきましょうか」
「ええ、お願い。さっさと片付けて、美味しいケーキをいただきますわよ」
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王城の大広間で待っていたのは、金髪を無駄に輝かせた第一王子と、その腕にしがみつく侯爵家の令嬢——モモ・ダストだった。
「よく来たな、クレア・ヴィクトリア! お前との婚約は、今この場で破棄する! 私は真実の愛を見つけた!」
周囲の貴族たちがざわめく。私の内心は至って冷静だった。
ずっと目障りだったゴミが、今日はひとまとめに落ちている。なんてお掃除日和かしら。
「理由はそれだけではない! 昨日のお茶会で、愛しのモモのドレスに泥を引っかけただろう! この可憐な彼女を汚すとは、許しがたい!」
「ひぐっ……怖かったですぅ……。クレア様、いくら嫉妬しているからって、あんな汚い泥を……」
モモが王子の胸に顔を埋めながら泣く。その直前、彼女の目が一瞬だけ冷たく光って、周囲の貴族の顔ぶれを素早く確認したのを、私は見逃さなかった。
ただの泣き虫ではない。この手の塵は、気づいたときにはもう積もりすぎている。
背後でシリルが笑顔のまま青筋を立てているのがわかった。リタは私を汚す泥の存在自体が許せないらしく、ハサミを静かに鳴らしている。
「殿下」と私は口を開いた。「私が汚れを生み出すとでも? 危害を加えるつもりなら、泥など使いません。塵一つ、灰一つ残さず焼却処分いたしますわ」
「黙れ! 分をわきまえぬ女め! お前こそこの国から消えろ! 国外追放だ!」
プツン、と何かが切れた。
日傘をリタに預ける。本気の魔法を使う合図だ。
足元から青白い炎が広がり、大広間の熱気が一気に跳ね上がった。
「面白いわ。殿下、私が本気でおそうじを始めたら——この国がどうなるか、灰になってから教えて差し上げましょうか」
「待て待て待て!!」
奥の玉座から国王が転げるように飛んできた。顔が青い。
「頼む、クレア殿! 王都が消し飛んでしまう!!」
王子とモモが腰を抜かして床に座り込んでいる。ようやく、触れてはいけないものを怒らせたと理解した顔だった。
シリルが静かに進み出た。
「お嬢様。このような粗大ゴミのために特級の炎を使うなど、エコではありません。お手が汚れますよ」
リタが無言で日傘を差し出す。
私はため息をついて炎を収め、指をパチンと鳴らした。王子の前髪の半分と、モモのドレスのフリルだけが、音もなく灰になる。
「少し埃が目立ちましたので、軽くおそうじいたしました。……ごきげんよう、殿下。リサイクル不可能なその方と、お幸せに」
踵を返す。さあ、帰ってケーキをいただきましょう。
この時の私はまだ知らなかった。あの「燃えないゴミ」たちが、想像以上に厄介な有害物質へと変わっていくことを。




