第50話 いけるんじゃないか?
早速クランスペースを訪れた。設立したてだからスぺースはがらんとしている。
サグミさんも新設スペースの地面を踏みしめた。
「何もありませんね」
「ああ。ここから始めるんだ」
起業したらこんな気持ちになるんだろうか。新鮮な心持ちで口角が浮き上がる。
クランスペースにはレベルがあるらしい。人を増やすなどの条件を達成するとレベルが上がって、クランコインなる通貨を入手できる。クランコインは色んなアイテムの交換に使えるようだ。
二人しか属していない俺たちに達成できる条件は少ない。クランコインのことはひとまず置いておこう。
「私は落ちますけどフトシさんはどうします?」
「俺はもう少しやっていくよ」
「分かりました。お先に失礼します」
「ああ、お疲れさま」
サグミさんのログアウトを見届けて、俺は再度マイルームに戻った。
アトリエに踏み入るときら丸が触手でボタンを押していた。その後ろでラムネがミニゲームを眺めている。
ゲームは佳境。きら丸は俺に気づくことなく集中している。
俺はそっときら丸の後ろについてミニゲーム模様を見守る。
パーフェクトの文字が表示されてきら丸がぴょんぴょん跳ねる。ラムネが祝うように羽をぱたぱたさせて鳴いた。
「やったなきら丸」
「キュ?」
きらきらした丸みが振り向く。
やっと俺に気づいたようだ。ぷにぷにした体がくの字を描く。
満足げなきら丸とラムネを連れて密林の前に転移した。人面岩とあいさつを交わして妖精界に足を踏み入れる。
少し歩くと前方に大きな建物が映った。
「鍛冶場完成したのか」
俺が来てから多少は時間経ったもんなぁ。そりゃそうか。
回り込んで門前まで行くと、黒いツインテールと大きな人型が見えた。
「シンディ、トロ」
大きな目が見張られた。
「フトシ!」
シンディが黒い羽をぱたぱたさせて迫る。
「どうしたのよずいぶん久しぶりじゃない」
ずいぶんってほど留守にはしていない。妖精界の内と外じゃ時間の流れが違うんだろうか。そりゃ建物も完成する訳だ。
「外の世界で用事があってな。どうしたんだこんなところで」
「見れば分かるでしょ。荷物を運んでるのよ」
俺はシンディの後方に視線を向ける。
トロールことトロが荷車を引っ張ってくる。その上には木材がのっかっている。
「それはスプリガンとの交易品か?」
「ええ。シルフたちって非力でしょ? だから私たちが交易を請け負ったってわけ」
「私たちと言うか、トロがだろ? お前飛んでるだけだし」
「私とトロは一緒なの!」
シンディが声を張り上げるとトロが口を開いた。
「フトシ、あまりシンディをいじめないで、クレ」
「いじめてるわけじゃないさ。客観的に見るとそう見えてるだけだ」
「おで、地形を覚えるのニガテ。シンディがいてくれて、タスカル」
「ほらぁ」
小さな顔が得意げに笑む。
俺はシンディを褒めちぎってから村に入った。
鍛冶場だけじゃない。他にも木造の建物が立っている。がらんとした雰囲気がある辺り村の面積が広がっていそうだ。
「まずはカジさんにあいさつしとくか」
アメリアにあいさつしようにもどこにいるか分からないしな。もしかしたら鍛冶場にいる可能性だってある。
そう期待して建物の前におもむいた。ドアを開けて内装をおがむ。
カジさんの背中があった。
「久しぶりカジさん」
「ん? おお、フトシか」
俺は足を前に出して、カジさんの近くにメカメカしい物があることに気づく。
それは以前洞窟で見た代物にそっくりだった。
「装置の修理終わったのか」
「ああ。どうだ、きれいになったじゃろ」
「そうだな、さすがカジさんだ。それで何の機械だったんだ?」
「分からん」
「どういうこっちゃ」
「直っとるはずなのにまったく反応せんのだ。ボタンを押してもうんともすんとも言わん」
俺は装置の前で足を止める。
そっと触れてみると装置の表面に青白い光が走る。
カジさんがバッと身を乗り出した。
「フトシ! 今何をした!?」
「いや、俺はただ触っただけだぞ」
「触っただけでこうなるわけなかろう」
なっとるやろがい。
なんて突っ込んでも仕方ない。装置の行く末を黙して見守る。
モニターがパッと光を放った。鉄の壁を背景に五つの円が一列に並ぶ。青緑の輝線が走っておしゃれな様相だ。
真ん中に円が表示された。真ん中にはSTART! の文字。
これはもしや。
「カジさん、チェア借りてもいいか?」
「ああ、ちょっと待っとれ」
カジさんが部屋の隅から木製のチェアを持ってきた。
俺は礼を告げてそれに腰かけた。息をのんでスタートボタンに腕を伸ばす。
START! の文字に触れると歯車が落ちてきた。円と重なるタイミングでボタンを押すとExcellent!の文字が浮かび上がる。
「やっぱり」
これは音ゲーだ。装置の電源がつくなりゲームが始まった理由は分からないが、いい結果を残せば報酬があるに違いない。
そうと決まれば真剣に取り組むのみ。せわしなくボタンを押してノーツの処理にいそしむ。
ゲームの難易度はあまり難しくなかった。perfect!の文字を見て一息つく。
画面に映る画面が顔文字に切り替わった。
「おめでとうございます。試練を突破したことで、あなたはマスターとして登録されました」
電子的な音声が鳴り響いて目をぱちくりさせる。
「マスターって、俺がお前の持ち主になったってことか?」
「はい、その通りです」
「何だ何だ、わしを放って話を進めんといてくれ。結局どうなったんじゃ」
「この装置は基本俺にしか使えないみたいだ」
「何だそりゃ、せっかく作ったのにそりゃないぞい」
カジさんががっくりと肩を落とした。
「大丈夫だって。カジさんにも使えるようにするから」
「本当か? よし、頼んだぞいフトシ」
俺がマスターなら、俺の言うことは大体聞いてくれるはず。
そう思ったが顔文字は頑固だった。あれこれ言葉を尽くしたが、俺が近くにいないと起動しない点は頑として譲らなかった。
妥協点としてカジさんにミニゲームをやらせたが評価は失格。カジさんには我慢してもらうことで話が落ち着いた。
「わしちょっと留守にするぞい」
「ああ、いってらっしゃい」
カジさんの背中を見送ってから装置の顔文字に向き直る。
「それで、お前は何ができる装置なんだ?」
「私は何もしません。マスターがするのです」
「まるで意味が分からんぞ」
「分かりました。私がとても便利であることを証明しましょう」
妙な言い回しだな。
そう思った瞬間画面が切り替わった。
これはドット絵だったか。村を俯瞰するような視点で映している。
「例えばここシルネ村には果樹園があります。画面にある果樹園をタップしてみてください」
「こうか?」
人差し指の先端でドット絵の果樹園を突く。
電子的な文字列が表示された。これは植生している果物の名前だろうか。
「マクワの実は魔力に富んだ果物です。ジュースにすればより効果が高まるでしょう。欲しいですね」
「え、まあ」
「そこで私の出番です。次はこの鍛冶場を選択してください」
言われた通りにタップするとクラフトの文字が浮き上がった。
「もしかしてここでもクラフトできるのか?」
「はい、可能です。試しにクラフトしますか?」
「する!」
「ではご案内します」
装置の指示に従ってクラフトの文字に触れた。『果樹園』の欄にあるマクワの実を選択する。
右方でウィィィンと起動音が鳴り響く。
視線を向けた先には大きな筒形の装置。ここではその装置がアトリエにおける壺の役割を担っているようだ。
ミニゲームが始まった。背景の樹木から降り落ちる果物を判定サークルで収穫する。
シュワッと噴き上がる泡の妨害こそあったものの、ミニゲームはパーフェクトで終えた。
「どれどれ、何ができたかな」
リザルト画面をタップする。
『マクワジュース』
マクワの実のおいしい部分で作ったジュース。飲むとMPを20回復する。
素晴らしい出来。このレベルの物は中々お目に掛かれない。
「MP回復量上がってるな」
おいしい部分だけで作ったからだろうか。
何にしてもありがたい。MPを回するアイテムはHP回復アイテムよりも種類が少ない。
アイテムには所持数上限がある。持ち運べる種類が増えるだけでダンジョン攻略がグッと楽になる。
あれ。
これ、商品にすればいけるんじゃないか?
こうしちゃいられない。アメリアに相談してマクワの実を分けてもらわないと。
「なあ、アメリアの居場所は分かるか?」
「もちろんです。アメリアなるシルフは――」
アメリアの居場所を聞いて鍛冶場を後にした。
足を運んだ先は訓練場だ。休憩中なのか妖精たちが広場の隅で談笑している。
「アメリア」
呼びかけると妖精が金髪をたなびかせた。
小さな顔に微笑が浮かぶ。
「フトシさん! 来ていたんですね」
村長を務める妖精が羽をひらひらさせて迫る。
「さっき村に来たんだ。少し髪伸びたか?」
「はい。最近は髪を切ってませんから。変でしょうか?」
「いや、変じゃない。どうせなら伸ばしてみるのもいいんじゃないか?」
「フトシさんは長い方が好きなんですか?」
「ん、まあ」
村のシルフたちはどの個体も髪が短いか結んでいる。さらっとロングヘアが流れていれば一目で分かって便利だ。
そんな理由を言葉にして伝える度胸はない。髪を伸ばしたアメリアを見てみたいのも本当だし。
「そうですか。分かりました、これを機に伸ばしてみます」
「ああ、きっと似合うよ。ところでアメリアに相談があるんだ。マクワの実を外界で売りたいんだけど、何個か持ち帰っていいか?」
「構いませんよ。元々私たちの物ではありませんし、フトシさんのおかげで採集効率が上がりましたから」
「ってことは土壌移植が成功したんだな」
「はい。植生に成功した場所の土を使うのは盲点でした。よく思いつきましたね」
マクワの実栽培に活用したのは、俗に土壌移植法と呼ばれている手法だ。土壌中には様々な微生物、有機物、土壌動物などが含まれている。そのまま移植先に持ち込むことで自生地の土壌を再現する。
俺の実家が農家だからその考えに至れた。上京する前は思うところもあったが、人生何が役に立つか分からないなぁ。
持ち変える果実の数を決めたその時だった。きゃああああああ! という悲鳴を耳にしてバッと振り向く。




