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10.約束


目を開くとそこには、見知らぬ天井があった。朧気な記憶を辿りながら、ここは何処だろうと考える。

すると、頭が割れるんじゃないかと思うくらいの大声が響き渡った。


「星奈!」


隣を見るとそこには、目が腫れすぎて、辛うじて、りことわかる人がいた。


「うるさいよ」

「何やってんだよ、このバカ! 考えなしは、どっちだよ……」


私は、彼女の剣幕に気圧される。りこが怒鳴るところを生まれて初めて見た。

私の肩を痛いほど強く掴む彼女の手から、どれだけ心配したのかという思いが伝わってくる。


「りこって、私の心配とかするんだ」


不意に口から零れた言葉にまた、りこは、激怒する。


「するに決まってるでしょ!? 私にバカバカ言っときながら、あんたの方がバカじゃん! 星奈まで居なくなったら、私、本当に独りぼっちになっちゃう……」


彼女がぽつりと言った言葉に胸がギュッとなる。そして、いつかした約束を思い出した。


――私が、りことずっとずっと一緒にいてあげる。だから、大丈夫だよ。

――本当? じゃあ、私もずっと星奈のそばにいる。約束だよ。


幼い頃に交わされた何の効力もない、ただの口約束。


私がかけたおまじないは、呪いとなって未だ彼女を縛っている。

あぁ、だから、りこは、ずっと私の隣に居てくれたのだ。私は、彼女の手を離せないのではない。決して、離してはいけないのだ。


いや、もう離してしまっても、きっと――


「りこ、ごめんね。心配かけちゃって、ごめんなさい」

「許さない! 絶対絶対許さないんだから!」


そう言いながらも彼女は、私のことをきつく抱きしめる。


「本当に死んじゃうんじゃないかって怖かったんだよ」

「やれやれ。その程度の怪我で人間は、死なないよ。りこは、焦りすぎだ」


そう言いながら、部屋に入ってきたのは、お兄ちゃんだった。


「いや、お兄、服裏返しだし、前後も間違ってない? 逆にここまで来るとわざと?って感じなんだけど」

りこの顔は、一気に緩み、声を上げて笑いだした。


「琉惺くんが一番焦ってたくせに何言ってんの」

「別に焦ってねぇし。ほら、色々買ってきてやったから」

「ありがとう……ってこれ、どんなチョイスなわけ……?」


手渡された袋の中を覗き込むと、ゼリーやらアイスやらに紛れて、惣菜や調味料など、お世辞にも病人への差し入れとは言い難い余計なものが沢山入っていた。


「完全に上の空だったみたいだね」

お兄は、こほんと一つ咳払いをすると、りこの隣に腰を下ろし、私を見据える。


「そんなことよりだ。何で、お前は、あんな時間にあんなところに居たんだ?」


優しい口調とは裏腹に、視線は鋭く、あ、これ完全に怒ってるやつだ。そう思った。


「いやいや、琉惺くん! さっきも言ったけど、元はというと、りこのせいで……」

「うん。りこには、また後で説教するから。今は、星奈に聞いてる」

りこは、げっ、という顔をし、そのまま口を閉ざした。


「えっと……ごめんなさい」

「それは、何に対して?」

「え」

「俺は、怒ってるわけじゃないよ。ただ、どうして、こんなことになったのかを聞いてるだけだ」


あぁ、何で怒ってないというときの大人ほど、こんなに怖いのか。絶対怒ってるくせに。


「それは、お星様を捕まえようとして……」


お兄は、その一言に怪訝な顔をしたけれど、続きを促し、そのまま静かに私の話を聞いてくれた。

適当に取り繕ったところで、どうせ誤魔化されてはくれないだろうと思い、りことの計画、喧嘩、そして意識を失うまでの出来事。全部を洗いざらい話した。


「はぁ……お前らってやつは……まぁ、いい。それなら、来月は、俺が一緒に行ってやる」

「えぇ!? いいの!?」

「いや、お兄はダメだよ」

「ここまで来たら、お前らだって諦めたくないだろ? それに、反対して、俺の知らないところで勝手に女の子だけで、夜中に出歩かれるよりは、マシだ」

「そうだとしても、次もまた、遭遇できるとは、限らないし……」

「大丈夫だよ。だって、うちの妹たちは天才だからな」

「理由になってない」

「これ以上ない理由だろ」


そう言って、お兄は、私とりこの頭をわしゃわしゃと撫でた。

そんなこんなで、次の満月は、三人で、公園へと行くことになった。


***


数日後の昼休み、いつものように一人で本を読んでいると、携帯に通知が入る。りこかと思ったが、どうやら違うようだ。

そこには、一樹と表示されていて、メッセージ画面を開くと

『ねぇねぇ、屋上でお喋りでもしない?』

と書かれていた。


『しない』

『じゃあ、そっちいってもいい?』

『よくない』

『そっちいくね』

『待って、わかった。行くから』


私は、しぶしぶ席を立つ。無視しても良かったが、彼が来ると周りが騒がしくなることが目に見えていた。


屋上につくと、いつもは鍵がかかっている扉が普通に開いた。そして、開いた先を見やれば、そこには、ひらひらとこちらに手を振る彼の姿があった。


私は、ずかずかと彼の方へと歩いていく。


「何の用ですか?」

「あれっ、なんか怒ってる?」


あれで、どうしてイラつかせないと思うのだろう。その思考回路がよく分からない。


「早く要件を言ってくれません?」

「デートの時から思ってたけど、星奈ちゃんって俺の事嫌いだよね」

「別に何とも思ってなかったけど、今ので、少し嫌いになりましたね」

「ははは、手厳しいね。あのさ、単刀直入に言うけどさ、翔真のこと好きなの?」

「……は?」

「だって、この間、呼び出してたでしょ? で、その後、泣いてたみたいだったから」

「見てたんですか?」

「たまたま見かけただけ」


本当に偶然見かけただけなのかは、怪しいが、まぁ、内容までは、知らないところを見ると、戸田くんが黙っていてくれたのだろう。


「別に、あなたには、関係ないことだと思いますけど」

「まぁそうだね……ねぇ、まだ好きなの?」


だから、好きだとは、一言も言ってないのに……けれど、否定するのも面倒だ。


「もし、そうだったとしても、もう終わったことなので」


そう言って、その場を去ろうとすると腕を掴まれた。


「俺と! 付き合わない?」


あまりにも突拍子もない発言に私は、言葉を失う。


「いや、違くて……ごめん、何でもない」


彼の手は、するりと力なく私の腕から離れていった。そして、そのまましゃがみ込む彼を見て、何だかいつもと様子が違うことに気付いた。

何と言うか、いつも飄々としてる彼らしくない気がしたのだ。だから、私も隣にしゃがみ込み、彼の顔を覗き込んだ。


「もしかして、体調とか悪いですか?」

「へっ!? いや、全然大丈夫です……」

「顔、赤いけど?」

「いや、マジで、大丈夫だから!」

「……そうやって、我慢すると長引くよ。保健室行こう」


そう言って、少し強引に彼の腕を引いて立ち上がらせると、保健室へと足を向けた。


「ちょっと、あの、いいの? 俺と一緒にいるの見られても」

「しょうがないでしょ」

「俺の事嫌いなんでしょ?」

「うん、少し苦手」

「じゃあ、何で……」

「嫌いだからって体調悪い人ほってかないでしょ」

「いや、そうかな?」

「……他の人は、知らないけど、私はしない」

「優しいんだね」

「はい、ついた」


保健室に入るも先生は、見当たらなかった。彼に、椅子へと座るように促し、自分も椅子を持ってきて、隣に座る。


「一樹くん、こっち向いて」

「え……?」


戸惑いながらもこちらを向いてくれる彼の両手をとってギュッと握った。


「あの……星奈、さん?」

「熱があったから、人恋しかったのかなって思って。なんで私だったのかは、わかんないけど、君も、りこと同じタイプな気がしたから……ギュッてしてもいいよ?」


彼にそう言ってみるも一向に握り返して来ないし、さっきよりも熱が上がっている気がした。


「大丈夫……? 私より、戸田くん方がいいかな? 呼んでくるね」


そう言い残し、戸田くんを探しに教室へと向かう。無事に見つけて、彼を連れていくと、一樹くんは、何だかばつの悪そうな顔をしているし、戸田くんは、そんな彼を見て笑っていた。


「和泉もだけど、如月も大概だな」

「おい、翔真」

「悪い悪い。如月、ありがとな」

「どういたしまして……」


二人の様子が何だか腑に落ちなかったが、私は、そのまま、保健室を後にした。

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