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09.衝突と邂逅


あの日から、どうにもりこの様子がおかしい。


おかしいというより、なんだか雰囲気が変わった気がするのだ。それに、授業中に居眠りをしなくなったし、聴いている音楽の趣味が変わったし、他にもいくつか変わったところがあるのだ。

きっと、他の人からしたら取るに足らない、ほんの些細な変化なのだろう。だが、私から見たそれは、大きな変化だった。


そして、私には、一つだけその心当たりがあった。



「如月が俺に用なんて珍しいね。どうしたの?」


少し気怠げで、それでいて、穏やかな声色で彼は言った。私は、意を決して口を開く。


「りこと付き合ってるの?」

「ううん。付き合ってない。ただの友達だよ」


彼は、特に動揺することも考え込むこともなく、あらかじめ用意されていた答えを読み上げるかのように淡々と答えた。

そんなのお前に関係ないだろと一蹴してもいいのに律儀に答えてくれるあたり、やはり彼は優しい人なのだろう。けれど、今は、その優しさが痛かった。


「りこは……りこは、彼氏とかつくらないよ」

「そうなんだ」

「好きになられたら、面倒だって、距離置くタイプだし、諦めた方がいいよ」

「そうだな」


あぁ、こんなことを言いたいわけじゃないのに。私がいくら言葉を紡いだって、彼とりこの関係性が変わる訳ではないのに。頭では、そう分かっているのに、口が勝手に動いてしまう。

私の言葉を軽く受け流していた彼が優しく微笑んだ。


「如月は、和泉のことよく知ってるんだね」


それがとどめだった。


私だって、私が一番りこのことをよく知っていると思っていた。非の打ち所のない彼に私が一番なりたかったポジションを奪われた。私に為す術は、もうどこにも残っていなかった。

りこの幸せを願っておきながら、私以外の人の隣で幸せそうにしているのが許せない。


今一番、邪魔なのは、私だ。


その事実に辿り着いた瞬間、私は、くずおれるようにして、膝を着いた。


奪われたわけじゃない。私は、幼馴染みという関係にあぐらをかいていたのだ。こんなんだから、りこだって本音を明かしてくれないのだ。肝心なところで、遠ざけられるのだ。


他人の前だというのにも関わらず、私は、うずくまり嗚咽を漏らす。彼は、突然のことに驚きながらも私の隣に同じようにしゃがみこみ、何も言わずに背中をさすってくれた。


悔しかった。せめて最低なやつなら、りこを守るという大義名分を掲げ、大手を振って彼を追放することができたのに。


私には、二人の仲を引き裂く悪役になる勇気はなかった。


***


次の満月の日、放課後、二人で並んで帰り道を歩いていると、りこが突然こんなことを言い出した。


「ねぇ、星奈、今日やめとかない?」

「はぁ? 何で?」

「いやー、今日に限って、お腹痛くてさ」

「見え透いた嘘つかないでくれる?」

「嘘じゃないって! こんなに平気そうに振舞ってるけど、実は、これでも、めちゃくちゃ痛いの我慢してるんだから!」


りこは、きっと私に気を遣ってくれているのだと思う。そして、それが彼女なりの優しさなのだということも分かっている。


けれど、どうしても過ぎってしまうのだ、彼のことが。


一見して、りこと戸田くんの様子は、以前と変わらない。学校でも、ほとんど喋っているところを見ない。それでも、ごくたまに交わされる会話やふとした仕草でわかってしまうのだ。

私の知らないところで会っているんだろうなと。


「わかった。じゃあ、今日は、私一人でやるから」


ここ数日の、りこの変化で気が立っていた私は、吐き捨てるようにそう言い残し、彼女に背を向け歩き出す。すると、後ろから強く腕を引かれた。


「いやいやいや、一人は、流石に危なすぎるって! てか、急にどうしたの? 最初は、全然乗り気じゃなかったじゃん。まぁ、りこちゃんとしては、嬉しい限りですけどもね。ほら、また、来月にすればいいじゃん」


私は、彼女の手を強く振り払った。


「あぁ、そうだね。で、来月は、何処が調子悪くなる予定? それとも身内に不幸があって〜とか言うつもり? あ、それは無理か。りこには、もう既に居なかったね!」


「……うん、そうだね」


投げやりに吐き捨てた言葉は、跳ね返って私の胸をえぐった。あぁ、勢いに任せて、言ってはいけないこと言ってしまった。殴られたって、罵倒されたって、仕方の無いことを言った。それなのに、りこは、やっぱり、笑う。それが余計に効いた。


本当は、声を荒らげて、怒りたいはずなのに、言葉を飲み込んで笑う。

りこを傷付けてしまった苦しさと、どうして怒ってくれないのかという怒りで、どうしようもなくなる。


りこは、私と喧嘩さえしてくれないのだ。


いたたまれなくなった私は、その場から逃げるように離れた。


***


時刻は、午前十二時過ぎ。私は、夜道を一人歩いていた。

あんな風に啖呵を切ってしまった手前、いかないわけにいかない。最初から行くつもりではあったが、流石に一人は怖すぎる。けれど、だからといってお兄に頼るわけにもいかない。


りこのいない夜道は、この間よりも一層深い暗闇に感じられた。本当は、もっと早く家を出たかったのだが、両親や兄がちゃんと寝入ったことを確認してから家を出たかったのだ。

予定よりも遅くなってしまったが先月もこの時間には、まだ、箱は現れていなかった。だから、大丈夫だろうという希望的観測を胸に家を出た。

まぁ、実を言うと既に箱が置いてあったら、すぐ帰れるしという気持ちも少しだけあったのだけれど。


暗い夜道をスマホの明かりだけを頼りに歩く。一人で、歩いていると幽霊よりも断然人の方が怖いなと思った。防犯ブザーも買っておくべきだったかもしれない。まぁ、一応過保護な兄のおかげで、護身術の心得は、多少ならあるし、大丈夫。そうやって、なんとか自分を落ち着かせる。


そんなふうに、一人でぐるぐると考えながら歩き続けているうちに公園に着いた。ざっと辺りを見渡したが箱はなく、気持ちが沈む。


さぁ、箱が現れるのと私が逃げ帰るのは、どっちが先か勝負といこうじゃないか。


沈んだ気持ちを奮い立たせ、私は、やけくそになりながら、折りたたみ椅子を広げたのだった。


***


私が意気込んで座ってから三十分が経過した。既に私は、ギブアップ寸前の状態だった。居眠りの心配などないほどに、それはもうぱっちりと目は冴えていた。一人だと怖すぎて、眠気を感じる余裕さえないのだ。


やっぱり、もう帰ろうかと椅子を片付けようとしていたその時、視界の端に何かが横切る。一瞬、黒い影が見えた気がしたのだ。人?それとも幽霊?どちらでも嫌だが、せめて人間であってくれ。そう思い、影の方へと目を向けると、箱。真っ黒な箱があった。


『お星様』


そう思った瞬間、そちらの方へと駆け出す。何としても捕まえてやる。これでも、足には自信があるのだ。


勢いよく、スタートダッシュをきり、私とお星様のおいかけっこが始まった。黒い影は、雑木林の方に走っていく。姿を見失わないようにと懸命に足を動かした。

そして、徐々に距離は縮まっていき、あと少しで届くというところで、消えた。


正確には、大きな木を曲がって、視界から一瞬外れた隙にいなくなっていた。隠れる場所など、どこにもないはずだ。


ここまで来て逃がしてしまった。悔しいと思ったと同時に、自分が随分と遠くまで来ていることに気付く。


あれ、ここどこだっけ?


周りは、背の高い木に囲まれており、街の灯りは、もうほとんど届いていなかった。よくここまで見失わなかったなと自分でも驚く。だが、無我夢中で走ってきたせいで、ろくに帰り道も分からない。


何か目印は、ないだろうかと月明かりを頼りに辺りを見渡すと先ほど、影が消えた先の方に小さな祠が見えた。


まさか、いやまさかね。


偶然ここにあっただけだ。そう思っているのに、好奇心は止まってくれない。


祠へと近づき、私は、手を伸ばした。


瞬間、私の手は、空を切り、身体も落ちる。


さっきまであった祠も地面も実体を消したのだ。落ちると思ったときには、もう遅く、どこかに強く打ち付けられる感覚と共に、私の意識は遠のいたのだった。

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