94 ケルベロスの笑い声
「大丈夫と言っただろう?」
涼しげな顔をしてこちらを見つめる西園寺。
彼の顔には、人を見下しているような気配は感じられない。
以前、蓮に完敗した事を記憶しているのだろう。
ただ、真っ白な冷気を漂わせて刀を腰につけていた。
「「ガルルル!!」」
氷の刃に貫かれ、宙に浮いたケルベロス達は足をジタバタさせて抵抗している。
やはりこの攻撃だけではダメなようだ。
致命的なダメージが与えられず、ケルベロスを倒せていない。
よく見ると氷にも少しヒビが入っている。
「これじゃ……ダメだ……」
蓮が、力なき手を西園寺に伸ばした。
しかし、当の西園寺は気楽そうにケルベロスを見て微笑んでいる。危機感を感じていないのだろう。
実際に攻撃は通っているのだから無理はないが、迂闊すぎる。
唸り声をあげながら睨みつけるケルベロス達。
彼らの様子はどこかおかしかった。
「ユルサナイ……ユルサナイ」
「ん? こいつら喋るのか?」
人の言葉を発したケルベロスに西園寺がニヤケ顔で近づいていく。
流石の彼も、念のために刀を握りしめている。しかしお気楽な様子で緊張感はない。
ザッザッ、と西園寺がすり足で近づいていくとケルベロスの唸り声が止んだ。
それを蓮は心配そうに見つめている。頭をよぎるのは殺された自衛官達だ。
「これ以上、それに近づくな……」
「ふっ。わかってるよ。一般人達の避難が完了するまで監視するだけだ」
西園寺はそう言って出口の階段を見つめる。
その視線の先には、我先にと階段に詰め寄る一般人がいた。
どうやら避難はうまく行きそうだ。
蓮、氷華、西園寺の3人は互いに顔を合わせて頷くと肩の荷が降りたような、ホッとした表情を見せる。
まだ終わっていないのに。
「西園寺くん、本当に大丈夫なの?」
「ひょ、氷華様!」
心配そうな顔をして氷華が蓮や西園寺の方に近づいてきた。
重そうな足を何とか動かし、砂埃で少しくぐもった表情で前進する。
見るからに疲れ切ったその姿はまさに戦闘後の兵士である。
傷だらけの鎧がそれを物語っていた。
「化け物を倒したわけじゃないのね」
「そ、そうだな。氷で貫いているはずなのに消えない」
「二人とも……気をつけろよ。そいつらの目は死んでない、俺たちを……殺そうとしてる」
蓮はケルベロスを睨みつけながら、ゆっくりとその場に立った。
「ちょっと蓮。大丈夫なの?」
「大丈夫……だ」
氷華に体を支えられながら蓮は何とか保っている。
疲れきった蓮とそれを健気に支える氷華、それを見ている西園寺は何とも言えない表情だ。
そして腕を組み、一旦間を開けるとわざとらしく大きな声を出して二人の密着を防ごうとした。
「そういえば! 二人ともこの化け物の弱点は知っているのか?」
「そうだな……」
西園寺の思惑通り、蓮は氷華から離れてケルベロスに近づいていった。
足を引きずりながら移動すると襲われないギリギリの距離で停止する。
すぐ目の前でケルベロスが鋭い牙をガチガチと威嚇して、噛み嚙み殺そうとしているのがすぐに分かる。
蓮はそれを物ともせずに西園寺の方向を向いてこう言った。
「首だ……」
「え?」
「俺は前にこいつと戦った。だから分かる……首への攻撃を嫌がっていた」
「ほぅ。かたじけない。ならば」
西園寺は目を瞑り、刀身をスッと鞘から抜いた。
上質な鉄を材料にしているのだろう。刀身には構内の景色がハッキリと映されていた。
そして、さらにその美しさを際立たせるかのように、白い冷気が刀身の周りを囲む。
西園寺の魔法だ。
「俺は以前のように、魔力を全身に纏わせる事はしない。一点集中だ」
刀を中断に構えると精神を集中させ始めた。
外から見ても違いは一目瞭然。吐く息は白く、刀身も冷気を吐き出している。
氷でコーティングされた刀身はいっそう美しさを増した。
「では、いくぞ!」
西園寺がそう言って、1匹のケルベロスに刀を突きつけようとした時だ。
奥で氷に貫かれたケルベロスが高い声で笑い出した。
「ハハハハハ!!!」
その奇妙な笑い声は西園寺の手を止めさせた。
「何がおかしい?」
「オマエタチ、コッケイダナ……」
「は。戯言を」
軽く笑った西園寺は再び刀でケルベロスを切ろうとした。
しかし、蓮は違った。
ケルベロスを向いてしかめた顔をした。
そして、笑ったケルベロスまで近づき頭を鷲掴みにしたのだ。
「おい。まさか……」
「キヅイタカ。ダガ、モウオソイ」
オレタチハ、オトリダ――。
「「え?」」
ケルベロスと蓮の会話に戸惑う、氷華と西園寺。
どうやら、自らの過ちに気付いたのは蓮だけのようである。
リリアンと戦った時に気づくべきであった。
人型の化け物もいるのだと。
蓮は神妙な顔つきのまま、氷華と西園寺の方向を向いた。
「逃した一般人は、恐らく……」
化け物だ――。




