86 黒炎
強敵リリアンを前にして、俺の意識の中にあるダンフォールさんが出てきた。
俺の体を借りてリリアンと戦うつもりだ。
◆◇◆◇◆◇◆
ギシ……と俺の右手は彼女の手首を掴んでいた。
ダンフォールさんが呪怨を発動させて、黒いオーラを右手に纏わせたのだ。
正直、この黒いオーラの効果はまだ理解していない。
しかし、俺が魔法が使えない代償として存在する事は間違いないだろう。
「なんで、あなたは私に触れる事ができるの?」
俺がそう考えていると、リリアンが細い目をしながら聞いてきた。
これまで一切触れられなかったのに急に触れられたのだ。理解できなくとも仕方ない。
そんな彼女に向けてダンフォールさんはこう言った。
「この黒いオーラは全てを拒絶するんじゃ。お主の能力もな!!!」
【ガッ!……】
ダンフォールさんは左手で拳を作り、リリアンの腹部目掛けて拳を突いた。
今回はやはり当たる。
鈍い音とともに、リリアンは少し後方へと下がった。
それを見たダンフォールさんは大きく深呼吸をすると、俺の意識に語りかけてきた。
(少年よ。今回はちと厄介じゃ)
(え?……)
(先程までリリアンを見ておったが、少年の現在のレベルでは到底かなわない。今は呪怨を右手に纏わせているが、少年の体がもたぬぞ)
ダンフォールさんが重い口調で述べると、俺は急いで自身のステータスを確認した。
鮫島との戦闘のようにひどい筋肉痛で済むなら、ここまで心配そうな口調にはならないだろう。
俺は不安を抑えながらステータスを見た。
(どうなってんだよ)
ステータスを見て驚いたよ。
こんな数字初めてだ。
HPがどんどん減っている、ズラッと並んでいる数字の末尾らへんが9ではなくなっていく。
恐らく、今回発動している呪怨は強力なものなのだろう。それにレベル1の俺の体が耐えられないのだ。
よく見てみると俺の右手は燃えているようにも見える。
(長い間は戦えないか)
俺がそう思った時、彼女の声が聞こえた。
「蓮! 大丈夫?」
「あぁ、問題ないぞ」
氷華の声だ。
リリアンの速度に目が追いつけずに、見失ったようだが俺がリリアンを殴る音で気づいたようだ。
半分程に折れた剣を握りしめたまま、俺の方へ駆け寄ってきた。
「その黒い炎は何?」
「これは、呪怨と呼ばれるシロモノでな。ワシにしか扱えん」
「……あれ? そんな話方だったっけ?」
氷華は口に指を当てて俺を覗き込んでいる。
どうやら俺が俺じゃなくなっている事に気付いているようだ。
対するダンフォールは苦笑いをしながらなんとか誤魔化そうとしているが……。
「ははは、何を言っとるんじゃ。ワシは昔からこうじゃ……よ?」
「えぇ〜。絶対違うと思うんだけどな」
氷華は、少し口を歪ませてまだこちらを見つめている。やはりダンフォールさんは誤魔化せていない。
俺は、そんなほのぼのとした状況を意識の奥から見ていた。久しぶりの心が安らぐ時だったのだ。
しかし。
アイツの声がすぐ聞こえた――。
「全く……私はまだいるのよ」
冷たく重い声。
自分の攻撃が王以外の職業に止められた事に憤りを感じているのだろうか。
その瞳は赤く、憎悪に満ちている。
「やはり、あなたから死んでもらおうかしら」
コツコツコツ……とリリアンは歩き出した。
先程の瞬間移動のような速さではなく、ノロノロとした歩き……これは俺ではなく氷華を確実に殺す為なのだろう。
氷華相手に本気を出す必要はないという事だ。
「じゃあね」
リリアンは右手を空に振り上げるとそのまま氷華に向かって振り下ろした。
だが、今回は俺は氷華を連れて逃げない。
「呪怨発動」
黒い炎が広がり両腕の肘あたりまで広がる。
そして、その両腕をリリアンの攻撃を防ぐために使い受けとめた。
【ガンッ……】
鈍い音が響く。
しかし、先程の氷華の剣が折れた時と異なり、俺も氷華も暗い顔をしていなかった。
むしろダンフォールさんは笑いながら、リリアンに語りかけた。
「そんなものか?」
と――。




