85 成人と老人
氷華と俺が力を合わせればリリアンにも勝てる――。
そんな淡い期待は、乾いた断裂音とともに消え去った。成人の姿に変わったリリアンは氷華の武器である剣をたたき折ったのだ。
涼しい顔をしながら氷華のを見つめる瞳は、悪意に満ちていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「嘘……でしょ?」
氷華の顔は失意と驚きに満ちていた。折れた剣を自身に近づけて今にも泣きそうな目で見つめている。
その悲しそうな姿に王としての威厳は存在しない。
しかし、彼女には醜態を晒す時間すら与えられないのである。
「氷華しっかりしろ! まだあいつの攻撃は終わってない」
「え?」
氷華が視線を折れた剣に向けている時も、俺はリリアンから目を逸らさなかった。
あいつは……あの化け物は、何をしでかすか分からない。
そう。今も折れた剣先が地面に突き刺さる程の時間しか与えられなかったのだ。
リリアンは左手を氷華の顔目掛けて伸ばしてきた。
「そんなに怖がらなくていいのよ。王様」
氷華を見つめるリリアンは不敵に微笑んでいる。頭を鷲掴みにするつもりなのだろうか、手をめいいっぱい開けて襲ってくるのだ。
恐ろしい表情は氷華のすぐ後ろにいた俺も気づいている。
(ヤバい……)
リリアンの攻撃から氷華を救う方法は一つしかない。【王】の剣ですら止められなかったのだ。
避ける以外に方法はない。
「氷華!!」
俺は叫ぶと氷華を後ろから抱きしめて、後ろに下がった。
お陰でなんとか間に合ったようだ。リリアンの左手は氷華の頭を掴むことが出来ずに空を切る。
残念そうな顔をしながらリリアンは欠伸をした。
「また避ける気? さっきまで戦えるって言ってたじゃない」
「お前が前の姿のままだったらな」
「自分達は2人して戦うのに、私も奥の手を使ってもいいでしょう?」
「奥の手って……なんで最初からそうしなかったんだ」
俺の質問に対してリリアンは少し黙ると、つまらなそうな顔をしてこう答えた。
「暇だから」
その表情に笑顔はなかった。
もう俺達に興味はない、という事だろうか。確かに先程の攻撃も確実に氷華を殺しにきていた。
少しでも遅れていれば殺されていただろう。
そんな本人の氷華は震えた声でリリアンに質問する。
「あなたは、なんでこんな事するの? 一般人を襲って……自衛官まで」
氷華は俺の腕から離れると、胸に手を当ててリリアンを問いただした。
しかし、真摯な姿勢とは裏腹にリリアンの返答はあっけないものだった。
「特に意味なんてないわよ」
冷たい表情のリリアン。
氷華はギリッと歯を噛み締めると折れた剣を両手で持って、前に構えた。
「あら〜。諦めないんだ」
「当たり前でしょ。あなたは許さない」
「お好きにどうぞ」
氷華は真剣な眼差しでリリアンを見つめる。
しかし、リリアンの標的はもう彼女では無かったのだ。少し微笑むと俺の視界から消えたのだ。
やはり、パワーだけではなくスピードも強化されている。さっき俺がリリアンのスピードについていけたのは、わざとだ。
氷華の剣では防げない、と絶望を与えるためにそうしたのだろう。
(あいつ今どこに?……)
俺が顔をしかめたその時であった。
すぐ目の前に現れたのだ、何も俺に感じさせる事もなく。
「え」
「バイバイ。お兄ちゃん」
リリアンは俺の左胸に右手を近づけてくる。この至近距離だ。
もう間に合わない――。
俺が諦めかけた時、意識が途切れた。
彼が強制的に変わったのだ。地下鉄に入ってから一言も声を発しなかった彼が。
「呪怨……発動……」
俺は無意識に声を出していた。
そして、黒い炎のようなものを纏った手でリリアンの手首を握っていたのだ。
それを見てリリアンは驚いている。
「え、なんで?……」
リリアンは顔を歪ませて、こちらを見つめた。
すると彼は俺の体を借りてこう言った。
「少年を虐めないでくれるかのう?」
そう。ダンフォールさんが俺の体に乗り移ったのだ。




