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21 希望の闇

 

 ――最後のターンが始まる。



 遂に俺達はここまで来たんだ。

 あの化け猫を倒せるかもしれない……そんな局面へと。



 まぁ……残された希望は、俺が有していた謎のコマンド『呪怨(じゅおん)』しかないけどさ。あるだけマシだ。



 そう、これはあくまでも可能性にすぎない。

 化け物(あいつ)に有効なダメージを与えられないかもしれないんだ。



 こんな博打みたいな事に命を託すなんてな。

 (かす)かな希望を胸に、俺は火憐の方を見つめた。



 もうこれで最後かもしれない……そう思うと、一目だけでも見たかったんだ。



 ――俺を信用してくれた彼女を。




 そんな彼女は、心配そうに俺を見つめていたんだ。



 逃げないって言ってくれたけどさ。

 火憐も怖いんだろう、これから先の不安定な未来が。



 でも、心配しなくていいよ。――もしダメなら火憐に逃げてもらうつもりだから。

 こんな場所で死ぬのは俺だけでいい。



 俺は、火憐を見つめ返して微笑(ほほえ)んだ。

 これで最期だったとしても悔いはない……火憐が優しさを教えてくれたから。



 逃げ出さず俺に協力してくれた。

 それだけで十分だ。




「…………どうしたのよ?……蓮……」

「………………」



 火憐が微笑み返したその時。

 機械音が、俺達の最期の攻撃を告げた。





〈ジジッ……〉

〈『呪怨(じゅおん)』を……実……行致……しま………す〉




 ノイズが強くかかった不吉な音声。

 その音声の後に、周りが一斉に暗くなった。




 ――何も見えない……深淵へと………



 スゥゥゥゥゥゥ………




 松明の光も……何も感じる事のできない漆黒の闇。

 状況が分からない。

 でも……音だけは聞こえる。



 すぐに、火憐(かれん)が震える声を出しているのが分かった。




「ちょっと蓮……あなた何したのよ………」

「……ごめん。自分でもよく分からないんだ………」



「そうなの……でも、まだ私達は生きているわ」

「そう………問題は、これから何が起きるか……だね」



「…………」

「…………」




 極限の緊張で、俺達は2人とも言葉が出なくなっていた。

 視界が真っ暗になって何も分からないし、前方から化け物(あいつ)(うめ)き声が聞こえる。




『アゥゥゥヴヴア!』



「……………」

「……………」




 そんな状況で、気軽に会話なんか出来るわけない。

 出来ることと言えば、せいぜい生唾(なまつば)を飲むくらいだよ。



 でもさ、すぐに会話が出来るようになったんだ。

 ん?……なぜかって?それは沈黙が少し経った後、機械音が教えてくれたからだよ。



 ――もう終わりだ、ってさ。



〈ジジッ……〉

〈……戦闘を……終了……致しま……す……〉



「「え?……」」



 突然の機械音。

 突然の戦闘終了の知らせ。


 それは、暗闇の中の俺達を混乱させた。



「………火憐(かれん)……聞こえた?……今の機械音」

「えぇ……聞こえたけど。本当に終わったの?……まだ何も見えないわ」



「俺もだ。まだ何も見えない……」

「………………」



 彼女の言う通りだ。

 機械音は戦闘終了を告げたが、まだ視界は奪われたまま。



 本当に安心できるのか分からない――ましてや、化け物(あいつ)(うめ)き声が聞こえるんだから。




『アヴヴアアア!!!』



「ちょっと蓮……化け物(あいつ)まだ近くにいるみたいよ……」

「……いや、大丈夫だ火憐………(うめ)き声の方向を見てくれ」



「何よ!何も見えないじゃない!!」

「……そう…………だから大丈夫なんだ……」



「……え?……どう言う事?………」

「前までは見えてたじゃないか……化け物(あいつ)のステータスが……」



「……あっ……ほんとだ……消えてる…」



 その声は恐怖ではなく、安堵(あんど)の感情を表していた。



 声を聞いて分かったよ。

 火憐も、戦闘が終了したって気がついたみたいだ。



 そう思った理由は簡単さ……見えなくなっていたんだ。

 化け物(あいつ)のステータスが。



 でもこれだけじゃ足りない。

 俺は『戦闘が終了した』、という確証がどうしても欲しかったんだ。

 だから彼女に叫んだ。



火憐(かれん)!何でもいいから音を出し続けて!!」

「音?……分かったわ、ちょっと待って」



【カッカッカッ……】


 石と石とがぶつかり合う音が響く。



「これでいいかしら!何故か分からないけど、足元にいっぱい石が転がっていたの!!」

「うん。これでいいよ!!ありがとう!」



「教えてよ。何するつもり?」

「内緒。静かにしてて」



「うん……分かった」

「………………」



【カッカッカッ……】




 石がぶつかり合う音……俺はその方向に向かっていたんだ。

 本当に戦闘が終了したならさ、自由に動けるはずなんだから。



 少し歩くと、音の鳴るすぐ(そば)まで来れた。

 あとはゆっくりと手を伸ばすだけだ。



 ゆっくり……ゆっくりと音の鳴る方へ。



 ガッ!



 そして俺は手を掴んだんだ。

 音を鳴らしている主……火憐の手をね。




「キャッ!……」

「驚いた?…」



「その声は……蓮?」 

「そうだよ。早く逃げよう……俺がここまで来れたって事はさ……本当に戦いは終わったんだ」



「終わった……のね……うっ…」

「泣いてるの?」



「…うっ……違うわよ……私が泣くわけないでしょ」

「…そっか……あ!1箇所だけ明るくなってる箇所があるよ!」



「ど……どこ?」

「こっちだよ。ほら、ついてきて」



「うん……」

「…………」




 俺は、火憐の手を握ったまま歩き出した。

 (かす)かな(あか)りが見える方へと……まるでそれは希望の光のようだった。




「蓮……」

「……うん」



 歩いている最中(さなか)、彼女は震える体を俺に押し付けてきた。

 それに応えるように……俺は手を強く握ったんだ。





 ■□■□■□




 コツコツコツ……



 そのまま歩いていくと、松明(たいまつ)が辺りを照らす空間にたどり着いた。

 そう。この場所は……俺達がいるこの場所は、何も変わっちゃいない。ダンジョンの中だった。



 そして、暗闇から抜け出すと一気に力が抜けたんだ。




「……本当に……終わったのね」

「そうですね……何かもう……すごい疲れた………」



「私も……」

「…………」



 ズズズ……



 俺達は2人して肩を寄せ合いながら、地面に倒れていった。

 疲れているんだ……精神的にも肉体的にも。



 松尾なんか……俺の肩に頭を乗せて眠り出したほどなんだぞ。




「眠い……」

「寝ないでよ?まだ後ろの暗闇から、()()()が来るかもしれないんだから」



「分かってるわよ……だけど、もう少しこうさせて」

「はいはい……」




 松尾が休憩している間、俺は後方の暗闇を見ていた。



 実を言うと、まだ暗闇が晴れていないんだ。

 ダンジョンをこれ以上進むには、暗闇を通る必要がある。



 (さいわ)いな事に、出口へと通じるルートには暗闇はかかっていないけどね。



 でも、余計に分からなくなった。

 『呪怨(じゅおん)』の効果とは一体何なのだろうか?



 疑問が深まる中、暗闇の中から聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。




『アアアアヴヴァ』




 化け物の声……まだ暗闇の中にいるみたいだ。



 俺が渋い顔をすると、ちょうど松尾の顔が俺の胸へと移動してきた。

 彼女も化け物の鳴き声が聞こえたんだろう。体を震わせていたんだ。




「蓮……さっきのやつまだいるの?……」

「そうみたいだね……でも、様子がおかしい」



 そう。化け物の様子がおかしい。

 化け物(あいつ)はまだ、暗闇の中で()()と戦っているみたいなんだ……(うめ)き声を上げて()()に向かって吠えている。




 ――俺の直感は正しかった。


 後で分かった事だが、『呪怨(じゅおん)』の効果とは相手に幻を見せる事。

 そして、それを囮として戦闘を強制終了させる事だからだ。


 なので、化け物はまだ暗闇の中で戦っている。



 ――実態のない幻と、終わりのない争いを




 しかし、『呪怨(じゅおん)』の効果を知らない俺達は、万が一に備えてその場から離れようとしていた。




火憐(かれん)、もう大丈夫か?」

「うん。なんとか立てる」



「少し暗闇から離れよう」

「……分かったわ」



 松尾の肩を支えながら、ゆっくりと出口の方へ進んだ。



 唇を噛みながら……ダンジョンから出る事を決意したんだ。


 なぜ唇を噛むのかって?……氷華の捜索を断念せざるを得ないからだよ!

 俺だって本当は、このまま氷華を探し続けたい。



 でも奥に進む体力はないんだ!

 いや、出口に辿り着ける体力すら、ないかもしれない。



 はっ……今、化け物に出くわしたら終わりだな。



 俺がそう思った瞬間だった。

 洞穴の大きな一本道からではなく、無数にある小さな横道の1つ。

 その中から、ガシャンガシャンという音が聞こえたのだ。




「火憐……今の音聞こえたか?………俺が足止めするから早く逃げ………むぐっ!?……」



 俺の言葉の途中で、火憐が口を両手で塞いだんだ。

 怒った様子で口を膨らませながらね。



「さっきも言ったでしょ……逃げろなんて言わないでって!」

「……はは…そうだったな……」



 俺は馬鹿だった。

 彼女の目は真剣そのものだったんだ。



「次それ言ったら、殴るからね!」

「もう二度と言わないから、大丈夫だよ………それより……」



「うん。分かってるわ。音が近づいてくる」

「…………」



 ――コツ………



 俺達は、音の方向に注意して足を止めた。

 するとすぐに、横穴から()()が出てきたんだ。




「「え?」」



【ガシャン!ガシャン!ガシャン!】




 鉄と鉄が(こす)れる音……その金属音を響かせながら近づいてくる……その正体は、全身武装した騎士だったんだ。



 体全てが鎧に(おお)われ、まるで中世の騎士のような姿。

 いや、それだけではない……大剣が背中に装備されている。



 理解が追いつかない俺達……そんな状況で、先に言葉を発したのは火憐であった。




「あれ?敵なのかしら?……」

「……さぁ?………俺には何とも……」



 敵なのかは分からない。ただ、こちらに近づいてくる事は確かだ。

 俺達は、騎士相手に身構えて戦闘に備えた。



 しかし、()()は敵じゃなかったんだ。

 いや、むしろ仲間だったんだ。



 騎士は身構える俺達を見ると、立ち止まり声をかけてきた。




「蓮じゃん!もうこんな奥まで来たんだ」ってさ。



 この声の主を俺は知っている。



 ――あの騎士は、氷華だ。


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