20 ともだち
――俺は、希望を瞳に宿していた。
よし……これで『呪怨』が使用できる。
そのまま高鳴る鼓動を抑えて『コマンド』を選択したんだ。
俺達の最後の希望を。
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選択時間:5秒
●物理攻撃
→ ●呪怨 ※MP移譲が行われる予定の為、可能
●身を守る
●アイテム ――――――――――――――――――――――――――
「頼む……」
口から自然と漏れ出る願望。
頼む。これでダメなら他に方法が無いんだ。
MPを分けてくれた松尾のためにも……俺は、成功させなきゃならない。
俺は、目を瞑った。
〈プレイヤー側の選択が終わりましたので、プレイヤーのターンを開始いたします〉
機械音の言葉が、実質的な最後のターンを開始した。
もうこれ以上、化け物の攻撃を受けきれない。
次の攻撃を受ければ……俺の意識が飛ぶだろう。
〈プレイヤー『松尾』は、『魔法』を選択されましたので実行致します〉
〈『移転魔法』を発動します。効果により『松尾』の『MP値500』を全て『蓮』に移転させます〉
「え?……」
俺は驚き、彼女の方向を向いてしまった。
『魔道士』である松尾にとって、MPは最重要でだと思う。
それほど重要なMPを全て分け与えてくれるとは思っていなかったんだ。
俺の慌てた顔を見ると、彼女は少し笑っていた。
「あはは。いいのよ、私の全部あげるわ……ずっと化け物の攻撃から庇ってくれたんでしょ?」
「いいんですか……松尾さん……」
「いいわよ!あと!!その松尾さんって呼び方やめてよね、これからは火憐って呼びなさいよ」
「え……は…はい………火憐……さん」
「もう!!さん付けはやめてよね!」
「分かったよ………火憐……」
「ふふっ、それでいいのよ」
「………………」
満面の笑みを浮かべる松尾……学校生活で見る事の無かった表情だ。
急にどうしたんだろ……俺を虐めていた時とは全然違う。
ピリピリとした雰囲気じゃない……優しい表情だ。
そんな彼女を見ていると俺の調子が狂う。
なんて反応すればいいか分からないからだ。
そのまま何も言えずに黙っていると、彼女の方から会話を続けてきた。
「……私の裸見たでしょ?」
「え……」
「ふふっ。分かりやすいリアクションね」
「ごめん……」
「まぁ……いいわよ」
「!!?……」
「気を失いかけるまで、私の事を庇ってくれたんでしょう?そんなあなたを……責める気にはなれないわ」
「…………」
気を失いかけるまで……か………確かに俺は、何回も何回も化け物から彼女を守ってきた。
おかげで俺の周りにはもう石が無い。
終盤は、靴や腕時計を投げて化け物の注意を引いたんだ。
俺は、先程までの記憶を辿っていた。
良くも悪くもこのターンで全てが終わる……いや、違う!
俺には火憐に伝えなきゃならない事がある。
それは………もし『呪怨』で化け物を倒せなかった時の事だ。
俺は声のトーンを変えて、松尾を見つめた。
「……ねぇ………火憐」
「何?……」
「………逃げてくれ……」
「……え……私だけ逃げろって事?…」
「うん……この状況を変えられないかもしれないんだ。せめて火憐だけでも……確実に……」
「変な事言わないでよ!!それに、『逃げる』を選んでも、実際に逃げられるとは限らないんじゃない?……」
「………多分……大丈夫だと思う。鮫島くんがそれで逃げてたから……」
「…そっか……だから鮫島、居ないのか……」
松尾の表情が険しいものへと変わっていく。
仲間に裏切られたのだから無理もない。
――たとえ、鮫島の全てを信用していなくとも
落ち込む彼女を見て、俺は申し訳なくなった。
鮫島に裏切られた事は今言うべきじゃなかったかな……って。
俺はこの嫌な雰囲気を変えるために、わざと明るいトーンで彼女に話しかけたんだ。
「ごめん。鮫島も、何か考えがあって……」
「……いいのよれ!もともと鮫島の事はあまり信用はしてなかったの!――彼とつるんでいたのは、皆から孤立しちゃったのが理由なんだから!!」
松尾は顔を上げると、俺の顔を見つめた。
そして彼女は再び笑顔をみせたんだ。
俺が見とれてしまうほどにね。
「とりあえず鮫島の事なんてどうでもいいわ……でも、これで私の友達は、蓮だけになっちゃったってわけ!」
「へ?……」
「だ・か・ら、あなたが居なくなると困るのよ!『逃げろ』なんて言わないでよね」
「……ありがとう」
あなたが居なくなると困る。――そんな言葉言われたことなかった。
俺はゆっくりと化け物の方へ体を向ける。
化け物を捉えた瞳は、覚悟を決めた獅子のようだった。
〈プレイヤー『蓮』が『戦う』を選択致しましたので、『呪猫』に対する攻撃を始めます〉
〈『蓮』の攻撃、MPを『250』消費して『呪怨』が実行されます〉
――最後のターンが、始まる。




