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19 最弱の英雄《ヒーロー》

 

 ――松尾さん……目を覚まして…



 深淵から聞こえる優しい声。



 私は、この声の主を知っている……この声は……



 ――蓮の声だ。



 なんで彼の声が聞こえるの?……私は死んだはず……私は死を覚悟した。


 でも、まだ聞けるなら……もう少し……もう少しだけでもいい……彼の声を聞かせて……




 私は声の方へと意識を集中させていった。

 自らの運命に抗うように、一筋の光を手繰(たぐ)り寄せるように。



 すると身体の感覚が戻ってきた。

 一気に疲労感が体を襲い、地面の冷たさが背中を伝わる。



「冷たい……」



 私は恐る恐る目を開けて、ここがどこなのかを確認した。

 無機質な岩や、松明(たいまつ)に薄暗く照らされる洞穴の天井(てんじょう)

 どうやらここはダンジョンの中のようだ。



 彼女は、地面に寝そべった状態でしばらく天井を見つめていた。



 私まだ死んでいないのかな?……

 あっ……()()、まだ終わっていないのね。




〈コマンドを選択してください〉 ――――――――――――――――――――――――――

    選択時間:1分

→ ●戦う

  ●逃げる

――――――――――――――――――――――――――




 不気味な機械音と共に、彼女の目の前に表示されたのは見覚えのある『コマンド』画面だった。



 まだ戦わなくちゃいけないのかしら……



 ……って、あれ……なんか涼しくなった?

 胸の部分が冷たいんだけど。



 彼女は胸の部分に手を乗せ、自分に何が起こっているのか確かめようとした。

 そして、触ったのだ。



 化け物に()がされ、裸になった上半身を。




「え!!?」



 服がはだけてる……なんで?……

 あと、粘液みたいなものも胸にベッタリとついてるし、気持ち悪い。



 絶望とは異なる、困惑の表情を浮かべながら松尾は上半身を起こした。

 そしてすぐさま、近くに落ちていた制服のシャツを羽織(はお)る。



 いや、その様子は困惑……というよりも恥じらいであった。

 頰を火照(ほて)らせ顔を下に向けている。



 この時、松尾の頭からは戦闘の事など頭から消えていた。

 それよりも裸同然の状態で意識を失っていた、という事実が恥ずかしくて耐えられないのだ。



 もしかして、鮫島や蓮に裸見られたのかしら……



 松尾が恐る恐る横を向くと鮫島の姿はなかった。


 

 鮫島がいない……その事実は、彼女の表情を強張(こわば)らせる。



 無理もない。

 彼女は鮫島に裏切られたと思っていないからだ。

 鮫島が逃げたと知らず、化け物に殺されたと勘違いしているのだろう。



 その状況の中、彼女の中で最大の謎が生まれた。




「誰が私を(かば)ってくれたの?……」



 そうなのだ。()()()に松尾は『化け物』に攻撃される筈であった。

 そして、もし攻撃されたのなら一撃でHPが0になるだろう。



 だが、彼女はまだ生きている。

 誰かが彼女の身代わりになったという事なのだ。



 しばらく腕を組んでいると彼女はある事を思い出した。



 そういえば、気を失っている時に蓮の声が聞こえたような気がした。



 彼女が勢いよく振り向くと、そこには地面にグッタリと倒れた蓮の姿があった。

 外傷は全くなさそうだが、地面を顔につけているためにどのような表情をしているのかが全く分からない。



 なぜ蓮の声が聞こえたのか?……松尾は謎を解くために優しい口調で語りかけた。




「蓮が、私を(かば)ってくれたの?…」

「………」



 返答がない。

 それどころか体がピクリとも動いていないようだ。



 なら、今度はダンジョン中に響き渡るような大声で怒鳴るしかない。

 松尾は深呼吸をすると、ありったけの声量を蓮にぶつけた。



「蓮!起きろぉぉぉおお」

「………あ、松尾さん…やっと、起きましたか」



 地面につけた顔をゆっくりと向ける蓮を見て、松尾は安心したようだ。

 彼女は少し微笑むと会話を続けた。



「私を庇ったの?…」

「はは、庇ったって言葉は大げさかな」



 意識を完全に取り戻した蓮は、地面からゆっくりと立ち上がり化け物の方を向いたまま松尾に語りかける。




「松尾さん、細かい話は後でしましょう。もう時間がありません……MPを俺に分けてください」

「え、MP?……わ……わかったわ……」



 戸惑う松尾とは対照的に、蓮は目の前のコマンド画面を見つめた後に目を閉じた。



 もう、意識が飛びそうだ。

 このターンで『呪怨(じゅおん)』を発動できなければ、俺が意識を失ってお(しま)いかな。




「頼む……(かす)かな希望だけでも残してくれ…」



 蓮から漏れ出る言葉。

 彼がゆっくり目を開けるとコマンドの表示画面が変わっていた。


――――――――――――――――――――――――――

   選択時間:5秒

→ ●物理攻撃

  ●呪怨(じゅおん) ※MP移譲が行われる予定の為、可能

  ●身を守る

  ●アイテム ――――――――――――――――――――――――――



「よし……」



 ――蓮の目に希望の光が(とも)った。


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