折られていたようです
大変遅くなりました、申し訳ありません。
( へ;_ _)へ
オルボアから西へと進む平坦な道を 『ガタゴト』と音を立てながら四台の馬車が進んで行く。
前方二台、後方一台の大型二頭立て馬車と、その間に挟まる様に小型幌無し一頭立ての馬車が進んで行く。
御者の横に並んで座っているのは、真っ赤なローブを着た小柄な少女だった。
ローブの端から見え隠れする黒い髪の毛が、右側草原より吹いて来たそよ風で『ふわり』と舞う。
「はぁ……平和ですね……」
「……」
「そう……思いませんか?」
「……」
「ケーテ?」
御者席に座り正面を見ながら手綱を握っていたケーテだったが、隣に座る真っ赤なローブのリリーの言葉に対し、眉間にシワを寄せる。
『昨日と同じ』、その言葉に何とも言えない感情が沸いてくる。
それと言うのも、オルボアを出て四日目だと言うのに、道程に一日の遅れが発生しているのだ。
「……そうね、『昨日と同じ』状況で無ければね」
「ま……待って下さい……今日は……今日こそは大丈夫……ですって」
焦ってそう話すリリーに目線すら向けないケーテは、前方を向いたままだ。
「ほ、ほら……見て下さい……青い空」
そう言って頭上を指差すリリー。
「それに……白い雲」
北の空に広がりつつある雲も指差す。
「そして……森から聞こえる」
「ぎゃああああー」
「……鳥達ならぬ……男性の叫び声」
進行方向に対して右側、南に点在する小さな森を指差した途端、周囲に響き渡る野太い絶叫。
リリーの首と指先が下にガクッと落ちる。
それと同時に馬車が止まる。
前方を進んでいた他の馬車も急停止すると、武器を手に持った人達が出てくる。
聖王国首都へと向かうディトラス商会の馬車三台と、その護衛を勤める冒険者達。
さらに今回は、ゴブリン騒動後と言う事で、オルボアから追加の冒険者達も参加していた。
先頭の馬車から降りて来たのは、ハンターの二人。
絶叫の聞こえた森とは反対側、北の草原の方へ体を向けつつ、短弓を構える。
普通の弓が80センチから1メートルあるのに対して、短弓は50~60センチしかない。
その代わり、連射性に優れ、持ち運びもし易い。
射程が、通常の弓より短いが、牽制や援護には向いている武器と言える。
そんな短弓を構えているのは、オルボアの冒険者、エルフのナルルスと猫の獣人族のポーリーナだ。
彼女達は、先頭の馬車で、進行方向の索敵をするのが役目だった。
そして、いざ戦闘となれば、援護射撃をする為の位置取りをする。
それだけでは無く、伏兵の可能性も考えて、目標とは反対へと備える様に指示されていた。
そんな二人が足早に定位置に着くと、二台目の馬車から重装備の戦士が降りて来る。
黒騎士に比べ、装甲部分が少ないが、冒険者としては多過ぎな装備だ。
鉄の胸当てに籠手、すね当てに大盾と機動力を一切無視した装備だ。
そんな重戦士が二台目と三台目であるリリー達の馬車との間に、『ガッチャガッチャ』と音を立てながら陣取ると、その真後ろに隠れる様に魔法使いが立つ。
重戦士が敵の攻撃を受け止め、その隙に魔法を打ち込む構えだ。
さらに四台目の馬車から、細身の剣を腰に吊るした剣士が降りてくる。
剣士は、戦士と魔法使いの間に立つと、周囲の様子を探りだす。
この剣士の役目は『遊撃』だ。
前衛である戦士の防御を越えて、後方の魔法使いへと接近するのを塞ぐ、その為の位置取りだ。
その剣士の後ろから、身長二メートル、使い込まれた皮鎧を着込むスキンヘッドの大男と、短弓を備えた小柄な男が歩いてくる。
彼ら男性五人は、聖王国首都の冒険者ギルドに所属する冒険者で、ディトラス商会の専属護衛でもある。
全員が銀級のベテラン揃いだ。
「はぁ……またかヨ。勘弁して欲しイ」
「まぁまぁリーダー、そう言わねぇでさ?」
リーダーと呼ばれたスキンヘッドの大男が、ツルリと禿げ上がった頭を撫でる横で、短弓を構えた小柄な男が、へらへらと笑いながらそう言う。
「ちょっとした小遣い稼ぎみたいなもんだし」
「商隊の足が遅れちまうだロ」
少し訛りのある話し方をする大男を宥める様に手を振る小柄男だったが、左手側から近づいくる人物に気づくと、大男の肩を叩いて知らせる。
近づいて来たのはディトラス商会の商人で、この商隊を率いるエドウィンだった。
「また盗賊ですか?」
何やらウンザリと言った顔を向けるエドウィンだったが、それも仕方がない。
何しろ、彼らディトラス商会の馬車がオルボアを立ってから毎日一回は盗賊が出現しているのだ、ウンザリ顔にもなると言うもの。
「……どうしますカ?」
「すまないが確認してくれないか?一応、街道を通る者の義務だ」
「了解しましタ。ウィル、行くゾ」
「へいへいリーダー、先行します」
ウィルと呼ばれた小男が、足早に森へと入り、その後ろを大男が続く。
他のメンバーが、それぞれ「また盗賊だろ?」「もう無視でいいんじゃないか?」等、他愛の無い話をしている後ろで、リリーは冷や汗を流していた。
『あれだけ……あれだけ言ったのに黒騎士さんは……』
そう心の中で怒りを表していたリリーの頬を『ふわり』と風が撫でる。
他の冒険者達が気づかない程のそよ風に、リリーがゆっくりと振り向くと、そこには『気配を消したまま』リリーの横に立つ黒い鎧姿があった。
先程まで誰も居なかった場所、そんな所に誰にも気づかれる事無く立つ黒騎士に、リリーはジトーッとした目線を向ける。
「……やるなって言いました……よね?」
「……」
リリーの小声の問いかけに、しれっと目線を外す黒騎士。
まぁ、魔法生物である黒騎士に目は無いのだが……少しずつ人間臭い動きをする黒騎士に、リリーは頭を抱える。
ーーー
馬車から百メートル程離れた森の中、二人の冒険者が地面をジッと見ている。
その視線の先には……『胸の辺りまで地面に埋まっている髭面の男達』が四人居た。
全員似た様な格好をしているが、完全に気絶している。
近くに落ちている武器には、どう見ても毒と思われるモノが塗ってある。
その他の品物、縄だけではなく奴隷に付ける様な足枷等、普通の一般職には見えない物が、ご丁重に並べてあった。
それらの持ち主と思われる三人は、等間隔で口から泡を吹きながら埋もれている。
そして一人、他の者達より少しだけ豪華な装備の男、恐らく彼らのリーダー格と思われる『髭面の男』が、地面から身体半分出した状態でピクピクと痙攣していた。
叫び声を上げたのはコイツだろう。
「あ~おい、大丈夫カ?返事出来るカ?」
痙攣している『髭面の男』の頬をペチペチと叩くスキンヘッドの大男だったが、しばらく様子を見た後、盛大にため息をつく。
『やはり駄目カ……ウィル、すまんが修道士の……ケーテだったカ?あの娘を呼んで来てくレ」
「もう来てますわ、リーダーさん」
「?!」
いつの間にか後方の草むらから出て来たケーテに驚く二人だったが、すぐに気を取り直すと、髭面の男の回復を頼む。
恐らく、今までコチラを襲撃しようとしていた連中の仲間だと思うが、一応聞き取り調査をしなければならない、その為に回復をお願いするのだった。
とは言え、ケーテは回復より攻撃に比重を置いた修道士の為、劇的な回復量は期待出来ない。
精々『複雑骨折』が『ただの骨折』になる程度だが、尋問出来る程度には回復はする。
「意識さえ回復してくれれば良イ。後は街道警備の兵士達の仕事ダ」
「朝立ち寄った砦に応援要請しやすかいリーダー?」
仲間のウィルの言葉に少し考えるリーダーと呼ばれた大男。
実は昨夜、この髭面の男達の様な盗賊に襲われそうになっていたのだ。
もちろんその連中も、この目の前の連中の様に『地面に埋められていた』のだが……そんな盗賊達を今朝、街道途中に駐屯していた兵士に預けたばかりだった。
彼ら兵士達は、ゴブリン騒動に対する聖王国首都方面から派遣されて来た街道警備用の者達だ。
簡易の砦も作っており、盗賊ぐらいなら閉じ込めておける場所も備えている。
ほんの二刻(4時間)程の距離だけに、馬でひとっ走りすれば何とかなる……のだが
「またこれをやった張本人は居ない……カ?」
スキンヘッドの大男が周囲を見渡す。
盗賊を行動不能にしてくれるのは良いのだが、それらの後始末を自分達に押し付けている現状にイラ付いてしまう。
「まぁまぁリーダー、いいじゃないっすか。その分楽が出来やすし、小銭にもなる」
気絶している盗賊達を地面から引きずり出しながら、お気楽に答える弓使いのウィル。
街道に出没する盗賊を兵士に引き渡せば、一人辺り銅貨十枚程度は貰える、そういう事を知っての発言だ。
そんなウィルの横で、無言で回復魔法を掛けるケーテ。
二人を見ながら天を仰ぎ見るスキンヘッドの大男。
端から見れば、何とも言い難い光景だ。
しばらく悩んでいたスキンヘッドの大男だったが弓使いのウィルに、商隊と砦の兵士への連絡を頼み、ケーテと先に帰らせると、未だに気を失っている髭面の男達を縛った紐を持ち、街道の方へとズリズリと引き摺って行く。
途中で意識を取り戻した髭面の男達だったが、簡単な尋問の後、ウィルの連れて来た兵士達によって、砦へと運ばれて行く事になる。
ーーー
頑丈な檻の中で、髭面の男達は折れた手足の激痛に苛まされていた。
彼らは暗殺ギルド所属で、人拐いをしている者達だ。
とはいえ、全員下っぱで、街道を行き来する者達の隙をついて、女子供を中心に拐う事をしていた。
その日も朝から、街道横の森で獲物が通り掛かるのを待っていた。
最近ウワサの『黒髪黒目の女の子』が、この街道を通ると聞いていたからだ。
彼らは何日も前からそこに居た。
拐いやすい場所と言うのは、彼ら裏世界の者達にとっては重要なポイントだ。
そして当然、裏独特のルールがある。
場所に関しては、単純に『早い者勝ち』だ。
だからこそ、リリーがオルボアを出る前からそこに居た。
だから彼らは知らなかった。
オルボアの東門で、リリーが『貴族の娘である』と言った事を、その事で、オルボアの裏社会の面々が、手出しを暫く控えると決めた事を。
揺れる馬車の中で、人拐いの面々は後悔していた。
安易にリリーを拐おうと考えた事を、その護衛にして無慈悲、凄腕の黒騎士の存在を。
彼ら全員、背後から忍び寄って来た黒騎士に、何も出来ずに気絶させられていた。
特に下っぱの三人は、この運搬用の檻の中で気が付くまで、何があったのか分からない程だった。
唯一、全貌を見ていた、いや、無理やり起こされて結末を見させられた彼らのリーダー、悲鳴を上げる事の出来た男だけは、何があったのかを知っていた。
彼が見たモノ、それは、気絶する人の身体を雑巾の如く絞り、まるで一本の杭の様にしてから地面に埋め込む黒騎士の姿だった。
気絶していた三人は幸運だっただろう。
黒騎士による人間離れした行動を見る事無かったのだから。
だが、リーダー格の男は違う。
自分の部下達が、一人、また一人と地面に植えられて行く様を見ていたのだ、気絶する事も許されず、命乞いも許されず。
そして今、兵士によって捕まっている。
恐らく、これから色々調べられ、牢獄か鉱山送りのどちらかになるだろう。
それでも良い、あの黒い鎧の大男から遠くに行けるのなら……と。
彼ら、裏社会の者達は、その手足だけでは無く心の中まで、しっかりと折られていたのだった。