正体は……でした
大変遅くなりました。
( へ;_ _)へ
オルボア領主バルトルトは、長い廊下を歩いていた。
今日、誰かが訪ねて来る予定は無かったハズなのだが、老執事が慌てて知らせに来たのだ。
本来であれば、そんな無礼な者は無視してご退場願うのだが……相手が相手だけに無下に出来ない。
「それで、アイツはどうしている?」
「はぁ、それが……空腹だと言われてましたので、軽い食事を運び入れております」
「そうか……ご苦労」
突然の来訪者に、それなりの対応をしていてと言う事で、老執事を労っておく。
それと同時に
「アイツにはしっかりと言い聞かせておく」
と、一声掛けて長い廊下を進んで行く。
老執事を伴い屋敷の一番奥、客人を持て成す為では無い、密談をする為の部屋の扉を勢いよく開け、中へと入る。
「おいおいご領主様、部屋に入る際はノックを」
「ふざけているのかベネット!!」
突然開かれた扉に対して、大きな横長のソファーに腰掛けサンドイッチを手にするベンノが抗議す?。
そんなベンノに一喝するバルトルトだったが
「いやいやご領主様、俺の名前はベンノですよ、間違えてもらっては困る」
「あのなぁベネット……」
「ベンノです、ご領主様」
「……はぁ」
のらりくらりと返答するベンノの姿に、深いため息をつくバルトルト。
「それで『金級冒険者ベンノ』、今日は何の用だ?緊急だと聞いたが」
「報告事項が三つ、緊急性のある物が一つ発生しましたので、ご報告に伺いました」
しれっと言いながら珈琲を一口飲むベンノ。
「それぐらいなら連絡してからてでも……」
「緊急性の方は急ぎだったので」
「……はぁ」
額を右手で押さえながら、再度ため息をつくバルトルトだったが、気持ちを切り替える様に目線をベンノに向ける。
「それで何だ?」
「まず、普通の報告事項から」
「おい?!」
「まぁまぁ、こっちの報告も緊急性の事に関わってくるんですよ」
右手で珈琲カップを持ちながら左手をヒラヒラと振る。
そんなベンノに、殺意の籠った目を向けるバルトルト。
「まず一つ目ですが、ダルビッポ山でのゴブリンの動きは終息した様です。まぁ、十匹程度の群れは、チラホラと生息している様ですが」
「……そうか」
バルトルトの殺意をサラッとスルーしたベンノに、苦虫を潰した様な顔を向けていたが、報告内容を頭の中で吟味すると、いつもの冷静な顔へと変化する。
「……群れの数は?」
「山の周辺で確認できたのは五つ。まぁ、もっと範囲を広げればそれ以上ありそうですがね」
「そうか」
ゴブリンを根絶やしにする事の難しさは重々承知しているバルトルトは、今後二年間のゴブリンの間引きに掛かる費用と期間が、さらに延びる可能性を考える。
少しでも手を抜けば、今回の様な大発生に繋がる恐れが出てくる。
「二つ目ですが、教会側が領主への取り次ぎをして欲しいと言いだし此方に接触してきました。まぁ、こっちの件は予想通りでしたが……問題は魔法ギルド。あちらは首都の方へと頻繁に人をやってる様です」
「魔法都市では無く……か?」
「ですね。まぁ、何処に泣き付いてるかは分かってますが」
「……王族か」
魔法ギルドは、現国王の跡取り候補の一人と、裏で繋がっていると噂されていた。
今回の失態に対して、その辺りに仲裁を依頼しているといった所だろうと、バルトルトは予想を付ける。
魔法ギルドに関しては、向こうの出方を見守るしかないのが現状だった。
「それで三つ目ですが、お探しの『東方から来た女性神官』は見つかりませんでした。それどころか、この都市に入った記録も見当たりませんでした」
「まぁ、そうだろうな」
そう言うと、口角を上げて笑うバルトルト。
顔が整っているせいか悪人顔に見えず、むしろ、妙な色気が漂ってくる笑みを浮かべる。
女性が見れば、一目惚れするレベルと言うやつだろうとベンノは心の中で呟く。
「ゴブリン討伐に参加していたお前が知らないくらいだ。最初から居る訳が無いな」
「それが分かっていながら探させるのはどうかと思いますが?」
「貴族ってのは体裁ってのを重んじるからな」
ウンザリした顔のベンノに対し、してやったりの顔を向けるバルトルト。
「はぁ……まぁいいんですが。これが今の件に対する報告書です」
そう言うと、テーブルの上に十枚程の書類を置く。
バルトルトがそれを素早く確認すると、後方に控えていた老執事に手渡す。
この書類はこの後、バルトルトの作っている書類と一緒に国王の元に送る事になっている。
「これで納得してくれればいいんだが……」
「そうですね」
「……お前は気楽でいいな」
「お気楽な冒険者家業なもので」
「ベネット……いい加減戻って来ないか?」
ニヤニヤしながら珈琲のお代わりを頼んでいたベンノだったが、バルトルトのその言葉にイヤそうな顔を向ける。
「私はしがない冒険者ですので、家とかそういうものはとっくに無」
「母上も、今回の騒動から、お前の事をとても心配している」
「……」
「ベンノ……いやベネディクト・フォン・オルボア。そろそろいいだろう?父上も言葉にしないが、お前の頑張りは認めておられる。今さら誰もお前を責める事は無い。いや、むしろ金級冒険者にまでなったとなれば、私よりも領主に、オルボアの当主に相応しいと持ち上げるやもしれん」
ベネディクト・フォン・オルボアと言えば、オルボア領主の三男坊として有名だった。
男三人兄弟の末っ子にして剣の達人、それ故、時期当主と言われていたのだが、彼を取り巻く貴族の陰謀にイヤになり出奔、世界を気儘に旅している……と噂されている人物像だった。
「俺は今さら貴族暮らしに未練は無いですよ。気儘な冒険者として暮らすだけです」
「ベネット……」
「まぁ、兄さんや義姉さんの為ならこのベンノ、金級冒険者のお力お見せする所業で」
ニッと笑うと力こぶを見せつけるベンノに、逆に力無く項垂れるバルトルト。
この『よく出来た弟』が、兄である自分を立てる為に家を出た事は知っていた。
しかも、自分達を貶めようとしていた貴族達にわざと接触し、言い訳不要の証拠を集めた上でだ。
ちなみに次男にあたる人物は、早々に後継者争いから離脱を表明し、騎士団に所属している。
ベンノも最初はそうするつもりだったのだが、自分達オルボア家に敵対しようとする貴族の多さに、自らを囮として自滅を誘ったのだった。
『もっと他にやりようがあっただろう……』と思うバルトルトだったが、今さらの話だと言葉を飲み込む。
「さて、最後に緊急性の話ですが、怪しい老魔導師が居ました。実力は不明ですが、恐らく金級以上の手練れです」
そのベンノの言葉にバルトルトの表情が固まる。
「白銀級だと?」
「伝説級の可能性もあります」
冒険者の等級は、下から『銅』『銀』『金』『白銀』となっているが、一応その上が存在している。
ただし、そこに到達したと言うのは歴史上一人だけ。
「伝説級が存在する……と?」
「金級の私の技が一切通用しませんでした」
その言葉に、バルトルトの背中から冷や汗が吹き出す。
白銀級までの等級は、ある意味『人が到達できる』ものだ。
白銀級と金級では、当然実力差は出るが、全く敵わない等と言う事は無い。
一つや二つ、手傷を負わせる技があるものだ。
それが一つも通じないとなると……
「ただ、それに関しては一つだけ朗報もあります。件の魔導師は、とある女の子を追っている様です」
「女の子?」
ベンノの口から出た不穏な言葉に、思わず返答に困るバルトルト。
「追うと言うよりも監視しているとでも言うべき……かな?とりあえず、このオルボアに敵対する気は無さそうです」
「……何故断言出来る?」
「簡単ですよ。あの魔導師が本気で攻めて来れば、今頃オルボア領は地図の上から消えてますよ」
実力者であるはずのベンノの言葉に絶句するバルトルト。
この後、自分達の知らない所で動く正体不明の存在に、どう対処するべきか、必死に協議する事となるバルトルトだった。
リアル仕事事情により、いつ続きが書けるか分かりません。
申し訳ありませんが、気長にお待ち下さい。