出発の時でした
遅くなりました。
( へ;_ _)へ{申し訳ありません
朝日の眩しさに目を細めていると、『ゴーン』と大きな鐘の音が鳴り響く。
教会が朝の訪れを告げる鐘を鳴らしたのだった。
すると、今までノンビリとしていた大門前の人々が、顔色を変えてそれぞれの馬車へと向かう。
リリーも倣って馬の手綱を引こうとするが……
「えっと……何やってるんです……か?」
「もちろん、御者ですわ」
「いえ……そういう事を言ってる訳では……無いのですが?」
いつの間にか御者席に座っていたケーテに、思わずツッコミを入れてしまう。
今回、リリーと黒騎士は『冒険者ギルド』からの荷運び依頼、ナルルスとポーリーナは『ディトラス商会』の護衛依頼を受けていた。
そしてケーテはと言うと……
「いいじゃない、同じ仕事仲間なのですし」
何故かリリーに混ざって『荷運び依頼』を受けている事になっていたのだった。
本人曰く
「ここ最近、教会への風当たりが強いでしょ?そこで私達、下の者達は、暫くオルボアを離れている様にお達しが来たの。でも、なかなか出て行く機会が無かったから、今回の件は丁度良かったの」
ゴブリン討伐で、教会が協力しなかった事が、幅広く市民に広がり、不信感を持つ人々が増え、寄進すら儘ならなくなって来た。
当然、聖王国首都にある教会本部では、綱紀粛正の名の元、関係者への処罰へと動いているのだが、その結果が表立たない限り、彼女達、布教活動の最前線に居る見習い神官にさえ、疑惑と不信の目が向けられてしまう。
そこで、オルボアを離れて他の街へ行こうと思っていた所、リリーが東へ旅立つと聞き、急遽やって来たと言う事らしい。
ちなみに、デボラに無理を言って、リリーと黒騎士の仲間扱いになっている。
ディトラス商会側も、教会関係者に不信感を持ってはいるが、回復魔法の使い手がいるのならと許可していた。
そんな話をリリーが聞いていると、『どさり』と言う音と伴に、後方の荷馬車の列が騒がしくなる。
そっちを見ると、後方の馬車の陰で、一人の男が倒れていた。
リリーが『何事?』と思っている間に、さらに後方で『どさり』『どさり』と倒れる音が聞こえて来る。
よく見れば、五人の男性が倒れているのが見えた。
何故か嫌な予感のするリリーは、ふと自分たちの馬車を見やる……が、そこには『何もいなかった』。
本来なら『真っ黒い鎧の大男』が居るハズなのだが……
「あ……あはは……」
思わず、渇いた笑いが漏れるリリー。
『何やっちゃってるんです黒騎士さん!!』
そう心の中で叫ぶリリーの近くを何人かの騎士が通って行く。
周囲の人々は、『体調不良か?』等と言っているが、リリーだけは、これを黒騎士がやったと思っていた。
恐らく、あの倒れた人達は、全員盗賊ギルドの関係者なのだろう……と、予想しつつ。
「人が倒れてますわね?大丈夫かしら?」
「……見習い神官さんは……行かなくていい……んですか?」
御者席から呑気な声を上げるケーテにそう言ってジト目を向けるリリー。
「私は修道士で、しかも見習いですから、お役に立てませんわ」
「……ウソつき」
しれっと答えるケーテに、ついついツッコミをしてしまうリリー。
この二人、歳も近い事からこの一月程で、気軽に話し掛ける程の仲になっていた。
「ウソではありませんわ。私が治せるのは切り傷程度、自然発生の病気には効果ありませんわ」
「あの倒れた人達……病気とは限らない……でしょ?」
「何故そう思うの?」
「うぐっ!!」
まさか、『黒騎士が殴ったかもしれない』等と言う訳にもいかず、結局、大門の警備をしていた騎士達が、完全に気を失っている商人達を 何処かへ連れて行くのを見ているだけだった。
そうこうしている間に、『前進』の掛け声と共に前方の馬車が動き出す。
リリー達の馬車もその動きに合わせて進む。
リリーの目の前に、巨大な門が覆い被さる様に見えてくる。
「これで……オルボアの街ともお別れ……」
歩きながら後ろを振り返り、その町並みを見渡す。
等間隔に並んだ家々、同じ色で塗り固まった外壁、綺麗に鋪装された道、全てがリリーには新鮮だった。
「また……もう一度……この街に」
馬車の隊列は大門をくぐり抜け、その先の平原へと進んで行く。
ゆっくりと確実に。
ーーー
オルボアの街の中心にある教会。
領主の館を除けば一番高い所にある尖塔に、その人物は立っていた。
「ふむふむ、やっと進みおったか。やれやれ、『今回』はやけに長い滞在だったのぉ~」
長い筒を右目に当てながら、東側の大門を見る老人が、不安定な尖塔の屋根の上に立っていた。
左手で尖塔の中心に立つ十字架を持ちながら。
「まったく、アレにも困ったものよ。『前回』よりもややこしい事をしてくれおって……何じゃ、この手配書とやらは?やはり、『あの娘の身体』をベースにしたのが悪かったのやもしれんのぉ~?」
「へぇ~、その話、もう少し詳しく教えてくれないかな、ご老人?」
高い屋根の上で、ぶつぶつと独り言を言う老人に、軽い言葉を掛けてくる人物がいた。
手入れの行き届いた革鎧を着込んだ三十代の男性が、尖塔のすぐ下、小さなテラスに立って、頭上の老人を見上げていたのだった。
「ほっほっほ~、これはこれは、オルボア最強の冒険者様のお出ましとはのぉ~。いやはや、長生きしてみるもんじゃのぉ~」
「そうかい?そんな大したモンじゃないと思うんだが」
そう言うと、人差し指で頬をかく男性、オルボアの金級冒険者ベンノがそこにいた。
「いやいや、見事な穏業よ。この建物に近付くまでワシに気付かれないとは流石よ」
「へぇ、言うねご老人」
その老人の言う事が本当であれば、ベンノが教会関係者に見つからず、此所まで来た事は分かっていたとなる。
それだけの探知能力があるのか、それとも疑情報か……顔は笑っているが、一瞬の動きも見逃すまいと、鋭い目付きで老人を見るベンノ。
「ふっふっふっ、そんなに心配せずとも、ワシはもう立ち去るから安心せぃ」
「ははっ、面白い事を言うなぁご老人、立ち去る暇を与えるとでも思ってたのかい?」
そう言った瞬間、屋根の縁に左指を引っ掛け、フワリと身体を持ち上げる。
目線は外さず、屋根の上の老人を見据えたまま……だが、
「いやはや、本当に長生きはしてみるもんじゃのぉ~。スキル……ではないのぉ、今のは?ただの人がする動きではないのぉ~。お主、本当に人間か?」
「貴方にそう言われたくありませんよ、ご老人」
屋根に上ったベンノと入れ替わる様に、その老人は、小さなテラスに立っていた。
目線は外していない、なのに老人の姿が、霞みの如く消えたのだ、一瞬で。
「……何をされたので?」
「ふむ?」
額から一筋の汗を流すベンノに、その老人は首を傾げる。
「お主が上って来たから『降りただけ』じゃよ」
その表情は、本気で言っていた、『ただ降りただけ』と。
「ご老人、貴方は何者ですか?あの娘、リリーの関係者か?」
「ほほぉ?」
この一月、このオルボアの街中で『妙な視線』をベンノは感じていた。
常に誰かに見張られている、そんな感じだ。
その視線に気付いたのはベンノだけだった。
同じ金級の仲間達でさえ気付かない、僅かな視線。
今日、やっと視線の主を見つけてみれば、この教会の尖塔の上にいるのが見えた。
だからこそ、全力で追い詰めに来たハズだったのに……
「貴方の視線を『特に強く』感じる時は、大体あの娘、リリーと一緒に居る時だった。ご老人、貴方は」
「いやはや、やはり『人間』という者は侮れんのぉ~。ワシの視線に気付く者はおっても、場所を把握出来た者さえ、今までおらんかったと言うのに」
そう言うと老人の姿が消える。
間違いなく消えたのだった。
「そうそう、お主には感謝しとるよ。色々とリリーを守ってくれて」
何処か遠くから聞こえて来たその声を最後に、気配すらも消えていた。
剣の柄に掛けていた手を放すと、ベンノは『ふぅ~』っとゆっくり息を吐く。
「とんでもない化け物だったな……アレは」
凝り固まった肩をグルグルと回しながら、尖塔から降りる螺旋階段へと向かう。
「願わくは、あんな化け物とは、もう二度と出会いたくないものだな」
老人の見ていた東側を見ながら、ベンノはそう呟くのだった。
次回から、(やっと)東へと向かいます。