二日後になりました
かなり時間が経ってしまいました。
申し訳ありません。
( へ;_ _)へ
ーーー
オルボアの街、東側の大門前では、今朝も大勢の人々が列をなして待っていた。
日が出だし、朝一番の鐘が鳴り響くと大門が開放される、その時間を待っている人々だ。
西門と南門は、畑仕事をする労働者達が多いが、この東門は、北東にある聖王国首都や東側の街へと向かう旅人や商人が多い。
その為、門の近くは数多くの荷馬車が停車していた。
大きな道の左右に、それぞれ馬車が停車しており、その周りを商人達が走り回っている。
荷物の数を数える者、仕入れ忘れが無いか確認する者、様々だ。
そんな喧騒の中、小型の荷馬車が進んで来る。
その姿を見た者達が、徐々に声を潜めて行く。
小さな荷馬車には、数個の箱が乗せられており、商用ではなく個人用の荷物の様だった。
だが、声を潜める原因はそれではない。
その荷馬車を引く二人の人物のせいだ。
一人は、朝日を浴びても光る事無い真っ黒な全身鎧を着込んだ大男、白いマントを付け背中に大盾を背負い、馬車の左横を足音無く歩いている。
そして、馬の手綱を引く真っ赤なローブを着た女の子、黒髪黒目、こちらは背中に一メートル程の杖を背負っていた。
見るからに怪しい二人組が、道の真ん中を進んで来るのだから、人々の注目を浴びない訳がない。
そんな二人を見つけて近づく商人がいた。
頭部が少し後退した小太りの男性、このオルボアで中堅ともいえる商家『ディトラス商会』の商人だ。
「失礼、もしや貴女方が冒険者ギルドからの方々ですか?」
片手を上げながら、赤いローブの女の子に声を掛ける。
「おはようございますエドヴィンさん……ですね?今日はヨロシクお願いします」
ゆっくりと馬の歩みを止め、淑女の礼を取る。
その姿を見ていた周囲の人々は、ヒソヒソと小声で話ているが、商人のエドヴィンは、苦笑しながら
「えっとお嬢さん、ここでの挨拶は」
「あっ……すみません」
顔を真っ赤にしながら頭を下げて謝罪するリリーを見ながら、エドヴィンは一つ咳払いをする。
頭を上げたリリーが、大きく深呼吸をすると
「冒険者ギルドから派遣されて来ました、リリーです。こっちはクロノ、私の兄です」
自己紹介をすると、ギルドから預かってきた書類をエドヴィンに手渡す。
そこには、リリーとクロノの名前と荷物の内容が簡単に書いてあった。
「ほう、バストラの街の冒険者ギルドへの書類配達ですか?」
「ええ、何でも急ぎだと言ってました」
そう言うと、荷台に乗せてある木箱へと目線を向ける。
とても書類だけとは思えない量だったが、そこには触れない。
冒険者ギルドのマスター直々の依頼だからだ。
昨日、急遽話が入った時は、『また何か異変でも起こったのか?!』と身構えたのだが、目の前のリリー達を見ると、とてもそうとは思えない雰囲気だった。
「ふむ、書類は間違い無いようですね。では、失礼ですが、貴女方の冒険者プレートを見せてもらえますか?一応、確認の為なんですが」
ごく稀に、本来の人物と違う人が『成りすます』可能性がある。
その為の確認をお願いすると、リリーの顔色が少し変わる。
その変化を見逃さなかったエドヴィンは、リリー達に見えない様、後ろ手で専属護衛の者達に『包囲』の合図を出す。
渋々と言った感じのリリーが、首に掛けられていたプレートを手渡す。
さらに、後ろに控えていたクロノも無言で手渡してくる。
その間、周囲の人々は、聞き耳を立てつつ様子を伺っていた。
「ほう、クロノさんは銀級ですか、優秀なのですね。そして貴女は銅級で、名はリリアーナ・アフィレ……ス……アフィレス?!」
驚きの声を上げたエドヴィンに、思わず後ずさるリリー。
周囲の人々も、何事かと視線が集まってくる。
「あ……あの」
「貴女、もしやアフィレス家の関係者ですか?」
ずいっと近寄って来たエドヴィンに、若干引き攣った顔のリリーだったが、後ろから『ぬっ』と表れた黒い手によって引き剥がされる。
「く……クロノ兄?」
「……」
リリーを抱える様にしながらジッと見てくるクロノに、ばつの悪そうな顔をするエドヴィン。
「こ、これは失礼。つい興奮してしまって」
「あ……いえ、大丈夫です」
何とか笑顔で答えるリリーだったが、気が付くと周囲のざわめきが大きくなっていた。
「え、ウワサの黒髪黒目の……違う?」
「アフィレスって、騎士伯の?」
「家名を名乗ったって事は、貴族か?」
何となく聞こえてくる声に苦笑いするリリー。
こうなる『予定』だったとはいえ、個人的には何とも胃の痛くなる感覚だった。
「確かに私はアフィレス家に連なる者ですが、今はただの冒険者です。お間違い無くお願いします」
そう言って頭を下げるリリーを暫く見ていたエドヴィンだったが、『ふぅっ』と一つ息を吐くと
「そうですね、冒険者に対して余計な詮索はご法度でした」
そう言うと、手に持ったプレートを二人に返し
「改めましてお嬢さん、私はディトラス商会のエドヴィンと言います。五日程の道程ですがよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
互いに挨拶を済ませ、道程と日数の確認をすると、エドヴィンの荷馬車の後ろに自分達の馬車を並ばせる。
「では、何かあったら知らせて下さい」と言うと、エドヴィンは先頭の馬車へと走り去って行く。
周囲の視線に愛想笑いを浮かべながら待つリリーだったが、対面の小道から三人の冒険者を確認すると、憮然とした表情へと変わる。
「……お待たせ」
「いや~、交渉ご苦労様だった『ニャ』。……ぷっ」
「なかなか楽しそうで何よりですわ」
「三人共……見てた……んですか?」
リリーの前に来たのは、エルフのナルルス、猫の獣人族ポーリーナ、そして修道士のケーテだ。
相変わらずナルルスは表情に乏しいが、ポーリーナとケーテはニヤケ顔だ。
そんな三人に対して、普段通りのボソボソとした喋り方に戻るリリー。
「だって『ニャ』、あれだけ練習したのにアタフタして……ぷふふっ」
「しかも、淑女の礼までしてしまうなんて、どれ程慌てたのです?」
「く……」
「二人とも、その辺にしろ」
リリーの態度をからかう二人に自重を促すナルルスだったが、ふと周囲を見渡し
「だが……作戦は成功の様だ」
「そう『ニャ~』、大成功『ニャ~』」
「ポー、その言い方止めて」
「淡々と喋るエルフよりマシ『ニャ~』」
いつの間にか言い合いを始める。
ーーー
ナルルスとポーリーナは銀級冒険者で、互いにハンターという珍しいチームだ。
ただし、探索ギルドに所属した経緯が違う。
ナルルスは表側の探索ギルドに直接登録し、ポーリーナは裏側である盗賊ギルドから登録し直していた。
そんな片寄ったチームである二人だが、隠密行動に特化する事で、銀級冒険者にまで駆け上がっでいた。
今では、中堅冒険者達の応援要員として活躍していた。
そんなナルルス達だったが、盗賊ギルドからの情報要請には首を傾げていた。
それほど親しい訳では無いが、リリー達を見た限り、とても拐われた人物には見えなかったからだ。
だからこそ二日前、リリーに直接聞きに来たのだった。
その結果、自分達の感覚に間違いは無いと判断し、探索ギルドに『別人である』との情報を流した。
だが問題は盗賊ギルドだ。
その中でも特に危険なのは『人拐い』を中心に行動している連中だ。
彼らは、金のためなら『別人であっても拐う』であろうと予測できた。
だから、リリーに今後どうするかを聞いたのだった。
盗賊ギルドが諦めるのを待つか、それとも素直に拐われるか。
リリーの出した答えは……
「これで……ナルルスさんが言った通り……ただの人拐いには……ならなくなりましたね。だって……私は『貴族の娘』だと……認識されたのですから」
そう言うと、笑みを浮かべる。
リリーは、諦めるのを待つ気も拐われる気も無いとハッキリ言った。
それ処か、『堂々と旅を続ける』とまで言ったのだ。
話を聞いてたナルルスも呆れ顔だったが、むしろデボラは楽しげだった。
「何も悪い事をしてないんだろ?だったら、正面から叩きのめしてやんな」
「デボラさん、煽らない」
「でも、姉さんの言う通り『ニャ~』、堂々としてやれば良い『ニャ~』」
「ポー、貴女は黙って。それと、その喋り方止めてと何度も言ってるでしょ」
そんな三人を横目に、リリーも考えていた。
正直『黒騎士さんがいれば、大抵の荒事は大丈夫なんですけど』などと、呑気に構えていたのだが、黒騎士の実力を知らない三人にしてみれば『何を根拠に』と言うだろう。
そうやって考え込んでいると
「だったら、リリーを拐う事のリスクを高めてやればいい」
と、ナルルスが言い出したのだった。
「リスク?」
「そう、リスク。丁度良い事に、リリーは貴族になった。なら、それを最大限使えば良い」
「あの……何か不穏な言葉が……聞こえた様な?」
頬を引き攣らせるリリーにナルルスは
「大丈夫、向こうが勝手にそう思い込むだけの策だから」
と、慰めにもならない事を言いだしたのだった。
ーーー
ナルルスの策、それは、この大門の前、沢山の人の目の中、『リリーがアフィレス家の者』だと宣伝する事だった。
一般人のリリーであれば、盗賊ギルドの面々も、簡単に拐おうと考える。
しかし、それが貴族となれば別だ。
いくら裏世界の住人であっても、貴族に正面から喧嘩を売る様な真似はしない。
さらに、『貴族である』と宣伝する事で、リリーを拐う事に『裏があるのでは?』と思わせる事が出来る。
『リリーを拐う事に、大金が動いている。それは、貴族社会の中の何かしらの思惑があるのでは?』と、盗賊ギルドに思わせるだけでも『抑止力になる』、ナルルスはそう考えていた。
実際、この場にいた何人かは、姿を消していた。
彼らは、それぞれの所属するメンバーに、リリーの情報を上げるはずだ。
そうすれば、益々彼らは色々考えて、自ら動きを制御するだろう……と。