お断りしてました
投稿がかなり遅れて申し訳ありません。
ーーー
オルボアの街、その北側、貴族階級の人々が住む地域から南の一般区域へと続く大通りを 黒い鎧の大男が歩いていた。
その左肩には、何やらグッタリとした様子の赤いローブ姿の女の子を乗せて。
「やっと……解放されました……」
赤いローブを着た女の子はリリー、つい先程アフィレス家を出て、この大通りを南下して来たのだった。
あのゴブリン騒動から十五日、街はいつもの風景になっていた。
貴族区と一般区の間にある商業区、買い物をする人々の間を抜けて、黒騎士は歩いていく。
その肩で揺られながら、リリーはカタリーナとのやり取りを思い出す。
ーーー
十四日目の夜、リリーはカタリーナ達との夕食を共にした後だった。
優雅に紅茶を飲むカタリーナに、リリーは緊張した赴きで
「あの……カタリーナお義母様……お話があります」
「まあ、何かしら?」
カッブをテーブルの上に置き、正面からリリーを見る。
緊張した顔のリリーが、意を決した表情で『ごくり』と喉を鳴らすと
「私……明日、冒険者に……戻ろうと思います」
その言葉に、カタリーナの眉が『ぴくり』と反応する。
それと同時に、室内の温度が下がったかの様な気がした。
カタリーナの後ろに控えていた専属メイドが、まるで何か見えない力に押された様に一歩下がる。
対面に座るリリーの後ろに居たメイド二人は、カタリーナの視線の直線上から逃れる様に横に移動する。
問題なのは、視線の正面で逃げ道の無いリリーと、その右側、上座の席で両者の間に挟まれる形になったアフィレス家当主、ジークレストだった。
「あ……あの……その……」
カタリーナからの圧力に震えながら、何とか喋ろうとするが、何を言うべきか分からず混乱するリリー。
「あ~……落ち着けカタリーナ」
同じく、カタリーナの剣幕に尻込みするジークレスト。
「リリー、今の貴女に『冒険者』が出来るのかしら?」
鋭い口調でカタリーナが語りかけて来る。
その言葉に返答に困るリリー。
実際、目覚めてからの四日間で回復した体力は、高々百メートル程度を歩ける程だった。
普通に考えれば、まだ数日は休むべきだったのだが……
「だ……大丈夫です……そこは黒騎士……クロノ兄がいますから」
実際、リリー本人の体力が無くても、最悪黒騎士がリリーの足代わりを勤めるだけ。
もっと言えば、リリーを黒騎士の鎧の中に入れてしまえば、どんな危険も回避出来る程だ。
もちろん、そんな黒騎士の『中身』の事など知らないカタリーナにすれば、そこまで言い切る理由も分からず、無謀な行動に出ようとしている様にしか見えていないのだが。
「そんな身体で何が出来るのです。ここは大人しく休みなさい」
「い……イヤてす」
『はあ~』と小さくため息をつくカタリーナだったが、リリーの予想外の言葉に目を大きく見開く。
カタリーナの前には、小さな身体をプルプルと震えさせなから、真っ正面から見返すリリーの姿があった。
目に大粒の涙を溜めなから……
「リリー……」
「ご厚意にはとても感謝しています……でも……私も……どうしても行かなきゃいけない所が……あるんです」
いつもの『オドオドした』姿では無い、正面から力強い目でカタリーナと対峙する。
その姿に、思わずジークレストは口笛を吹いてしまう。
後ろに控えめいた執事長が、
「はしたない」
と、苦言を言うか、そんな事何処吹く風と、ニヤリと笑みをリリーに向ける。
『ははは、何とも気の弱い女の子だと思っていたが、いやはや……強い所もあるんじゃないか』
今までと違う、強い意思を持ったリリーの眼差しに、ジークレストは好感を覚える。
だが……
「そんな身体で、帝国まで行けると思ってるの?」
カタリーナのその一言に、室内の時間が止まる。
「えっ……」
リリーが大きく目を見開き、カタリーナを見る。
「何故って顔ね?リリー、私も貴族よ。気に入った子が居れば、背後関係ぐらいは調べさせるわ。でもね、貴女に関しては分からない事が多過ぎだったわ。西の外れ、名も分からない程の辺境から来た事、仲間と言えるのは『黒騎士』と呼ばれる義兄のみ、そして、『東』へと向かって旅をしている」
「……」
先程とは違い、今のリリーは顔色も悪く、真っ青になっていた。
テーブルの下では、『ぎゅっ』と手を固く握り締めながらも、脚がカタカタと震えている。
ーーー
この聖王国、正式名称は『神聖アウグスティア王国』と呼ばれている。
初代の王で『最強の聖騎士』と呼ばれた人物の名から付けられた名称だ。
そのアウグスティア王国と対をなすのが、東に帝国『ヤグマカト帝国』だ。
アウグスティア王国とヤグマカト帝国は、同じ時期に出来た国でありながら、千年もの間、争ってきた。
争う理由は様々だか、一番の理由は『両国の間にある穀倉地帯』だ。
アウグスティア王国もヤグマカト帝国も、国土的共に森林地帯が多く、作物を作る為の平地が少ない。
アウグスティア王国側は、西に広がる広大な森林地帯を 長い年月をかけて開墾して行った。
しかしヤグマカト帝国側は、穀倉地帯を取り込む事を念頭に行動していた。
両国の間にある穀倉地帯は、千年に渡り、血を血で洗う決戦場としてしか機能していない。
そんな両国だが、互いに外交的な付き合いはしている。
戦争が起これば拘束されてしまうが、見せしめに殺される様な事は無い。
ある意味、ドライな関係とも言える。
当然、そんな両国に『無理』をして出入りしようなどと言う者は少なく、精々、商人が細々と取引をしている程度だ。
そして、リリーは、そんな情勢の帝国へと向かっている、そう思われている。
ーーー
もはやリリーには、何も言う事は出来なくなっていた。
この聖王国で『ごく普通の一般人』が、国境を越えて帝国へ向かうなど、ありえない話だ。
『何かしら』の理由が無ければ、国境を越える事すら無理だ。
最早、何を言うでも無く、ただ震えるリリー。
「なあカタリーナ、リリーは『東』へ行こうとしているんだろ?それが何故帝国に行くになるんだ?」
「そんな事も分からないのジーク?」
ジークレストの言葉に、呆れた顔で答えるカタリーナ。
「この聖王国で、東を目指しているとすれば、精々国境の街。ならば、街名を言えば済む話だわ。でも、リリーは違う。どれだけ聞いても『東』としか言わない。ならば」
「国境の街よりも東……地名すらも何も言えない所……なるほどね」
だから、カタリーナは今ここで『帝国』と言う名を使ったのかと、ジークレストは想像する。
ただのハッタリだが、リリーの様子を見れば、それが本当だと知る事となった。
「さて……リリー、もう一度聞くわ。今の貴女の状態で、本当に帝国まで行けると思っているのかしら?」
身体を強張らせ、さらに小さく見えるリリーは、哀れな程震えていた。
「行きます……私は行かなければ……ならないんです」
それでも、うつ向きながらも意見を変える事の無いリリー。
「一応聞くけど、どんな理由があるのかしら?」
先程とは違い、怒りも何の感情も無い視線をリリーに向け、カタリーナは聞く。
「わ、私は、世間知らず……でした。自分の生まれ育った家と近くの村……それだけが私の世界……でした」
身体を震えさせながらも、一生懸命言葉を紡ぐ。
「そんな私に、師匠……お祖父さんが、世界を知る機会をくれたのです……やり方が酷かったですけど」
そう言って『くすっ』と小さく笑うと、下げていた顔を上げ、カタリーナを正面から見る。
「まだ、このオルボアまでしか知りませんが……私は、私の意思で……この世界を歩きたい……もっと世界を知りたい……んです」
力強く言うリリーを ニヤニヤしながら見守るジークレスト。
彼からすれば『若い子が、背伸びをしながら世界を夢見る』姿に、色々思う所があるのだろう。
その逆にカタリーナは、その顔を僅かに歪ませていた。
「くっくっくっ……ふっ……はははははー、カタリーナ、お前の負けだ」
「私は勝ち負けなど競ってないわ、ジーク」
「だが……くっくっく、あの台詞……いやいや、血は繋がらぬとも親子だな」
ジークレストのその言葉に、しかめっ面をするカタリーナ。
そんな二人のやり取りを見て、キョトンとするリリー。
「良いぞリリー、お前のその覚悟、私は認めよう」
そう言うと、ジークレストは背後の執事長に合図をし、テーブルの上に二通の手紙を置く。
真っ白く、一目で上質な紙であると分かる手紙と、少し黄色がかった手紙。
「白い方はカタリーナ、もう一つは私からだ」
「……これは?」
「お前の『これから』の旅に役立つ代物だ」
「……」
二通の手紙を手に取り、封を開け、中を確認する。
真っ白い封筒から出た白い紙、その文字に目を通す。
上に書かれていたのは、このオルボアの領主である『バルトルト』の名、その下にはベッティーナの息子で現当主の名、その下へと、合計六人の貴族の名前が書かれていた。
そして、それらの名前の後には、『上記六名の名のもと、リリアーナ・アフィレスを認める』と書かれていた。
「リリアーナ?」
『こてん』と首を傾げるリリーだったが、最後に書いてあるサインを見て、目を大きく見開く。
そこに書かれていたのは、百二十五代目聖王国国王『フォーエンローゼン』の名だった。
エターならせない。
( へ;_ _)へ{まだまだ続きますので