情報屋が動いていたようです
続きが遅くなり、申し訳ありません。
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その男は、大通りを抜け、横の脇道へと飛び込んだ。
足元に置いてあった小さな樽を蹴飛ばしながら、転げそうになりつつも、前へと走りだす。
後ろを確認する間も無い。
心臓がバクバクと音を立てているが、そんな事は関係無い。
「苦しい……でもヤツが……後ろから……」
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彼は盗賊ギルド所属の情報屋だ。
中堅に成り立てだが、その情報の正確さや量、そして何より勘が冴えていた。
そんな彼の元に『人探し』の依頼が入った。
『黒髪黒目の女の子と黒い鎧姿の大男の居場所を知りたい』
彼だけではない、その話を聞いた同業者全員が即座に食い付く。
それはそうだろう、彼らに話を持って来たのは、同業者でもある『暗殺ギルドの者』だ。
盗賊ギルドと暗殺ギルドは、上層部が繋がっている。
それぞれのトップが、兄弟だ。
弟が率いる盗賊ギルドに、兄が率いる暗殺ギルド。
お互い、成すべき事は違うが、同族意識は根底にあった。
今現在、何かから逃げている彼も、暗殺ギルドにいる知り合いから頼まれて探していた。
よく目立つ風貌の二人を。
『黒髪黒目の女の子と黒い鎧の大男』の事は、一月以上前、このオルボアに現れた時から、裏社会でウワサになっていた。
だからこそ、話が来た時には、情報屋の全員が直ぐに動き出していた。
『早い者勝ち』
彼ら情報屋の頭の中には、その言葉が浮かんでいたのだろう。
だが、彼らは直ぐに悩む事になる。
『目立つ風貌の二人』の足取りが、ここ十日以上掴めなくなっていたのだった。
それと言うのも、ゴブリン騒動のせいだった。
ゴブリン騒動の前後、人の出入り記録が不鮮明になってしまっていたのだった。
ゴブリン騒動前には、出入り禁止になる前に『駆け込み』で動いた者達がいた。
彼らの殆どは貴族だったのだが、その貴族の護衛として、何人かの冒険者も出て行ったのだった。
そしてゴブリン騒動終結後、出入り禁止解除と共に、雪崩れ込む様に動いた者達、これは貴族だけではなく、商人や旅行者達だが、それらの出入りによって、記録が曖昧になっていたのだった。
騒動から十二日、大分落ち着いた現在、出入り記録の確認中なのだが、出たはずの人物が都市内に居たり、出て行かなかった人物が居なかったりと、かなりの混乱が発生していた。
そして、その問題の中に、情報屋の探す『目立つ風貌の二人』も入っていた。
ゴブリン騒動の後、街中で一切の姿が確認されなかった。
このオルボアに居る情報屋は、全部で五十人前後、その内、三十人程が盗賊ギルド所属だ。
その全員が『見ていない』と言う結論。
本来ありえない事だった、たとえ何処かに潜伏していたとしても、必ず食料等の問題からウワサ話が入るはずだ。
しかし、それがない。
その後、約半数の情報屋が探索を諦め、残った者達の殆どが、『黒髪黒目の女の子と黒い鎧の大男』は、既に郊外に脱出したと予想し、探索範囲を広める方向で動いていた。
彼ら情報屋達が予想した行き先は、聖王国首都『シュルムガルド』だ。
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同業者が足早にオルボアを出て行くのを 彼はジッと見守る。
彼の予想では、目標はまだ、このオルボアの何処かに居るハズだった。
そう断言出来る理由が彼にはあった。
情報屋は偶然にも、最後の黒い鎧の大男を見かけていた。
それはゴブリン騒動終結直前だった。
いつもの如く、情報集めの為、街中を歩いていた所、城門付近が騒がしかった。
『何かあったのか?』と近付くと、沢山の住民が居た。
集まった者達に話を聞くと、どうやら『ゴブリン討伐に向かった者達が帰って来た』との事だった。
『まぁ、何かしらの情報のネタにはなるか』
そう思いながら、住民に混じって様子を伺っていると、前方が騒がしくなる。
途切れ途切れに聞こえる声から、どうやら『何処ぞの貴族がやって来たらしい』との事だった。
『貴族様がこんな所にねぇ』
そんな事を思っている彼の視線の先に、騎士に囲まれる様にしながら歩く『大男』を見つけた。
ウワサに聞く『艶の無い黒い鎧』を着込んだ大男、珍しさの余り、目で追ってしまう。
すると、『黒い鎧の大男』は、何やら豪華な馬車に乗せられ、そのまま走り去っていった。
一部の住人が、「何かやったのか?」「何処へ連れて行かれるんだ?」などと言っていたが、情報屋は記憶の隅に『そんな事もあった』程度に思い浮かべていたのだった。
その後すぐ、『黒い鎧の大男』の居場所を聞かれ、その事を思い出す。
『貴族の馬車か……』
調べれば調べる程、情報屋の見た姿が『最後』だった。
問題なのは、何処の貴族に連れて行かれたのかと言う事だ。
記憶の中の馬車は、上級貴族が使うにしては飾り気が無く、中級か下級の貴族の物ではないかと予想を立てる。
同業者達が街中の捜索を諦めていく中、彼は己の勘を頼りに貴族街を歩く。
そのままでは怪しまれるので、小綺麗な格好をし、流しの行商人のフリをしながら、ゆっくりと探索する。
もちろん、簡単に建物の中に入れるはずも無く、一件一件、外周をぐるりと周りながら、チラリと見える窓から中を確認していく。
そして見つける、それは偶然だった。
何件目か分からなくなる程歩き回った時だ。
とある屋敷の二階、そこから『はい、あんよは上手』と声が聞こえてくる。
『ちっ、貴族のボンボンの歩行練習かよ』
スラム街生まれの情報屋は、そんな事を思いながらも疲れた目線をその部屋へと向け……目を見開く。
一瞬だったが、遠目にも分かる位『真っ黒な髪の女の子』がチラリと見えたのだった。
「えぇっ?!」
思わず驚きの声を出し、その場で立ち止まってしまう。
『あれは……ウワサの黒髪の女の子?だとしたら此処に?』
そう考え事をしていると、遠くから騎士二人かこちらに向かって来るのが見えた。
『周囲巡回の騎士か、面倒になる前に帰るか』
彼は踵を返すと、その場から離れる。
次の日、同じ時間に屋敷の外周を歩く。
目的の場所て、背負った荷物の中身を確認しているフリをする。
視線を少し上げれば、昨日『黒髪』か見えた窓がある。
距離にして五百メートル程度だが、目の良い彼には問題にならなかった。
そして……居た、ついに見つけた。
間違い無く、彼ら情報屋が探している人物だ。
何故、歩行練習をしているのかは分からないが、居場所さえ知る事が出来れば良い、彼はそっとその場を離れる。
屋敷の屋根の上から此方を見ている視線に気付く事も無く。
盗賊ギルドに戻ると、彼は同僚から屋敷の情報を買う。
あの屋敷の貴族か誰なのか?家族構成は?戦力は?分かる範囲全てを調べる。
やはり、あの『黒髪の女の子』の話は出て来なかった。
だからこそ彼は喜ぶ、誰も知らない、知られていない情報、それを『どれだけ高値て売る』か。
だからこそ、舞い上がっていたのたろう、いつもより警戒心の無いまま。
贔屓にしている暗殺ギルドの面々に渡りを付け、情報の一部を告げる。
場所はここ、一般市民か集まる市場、その壁際だ。
情報屋は、目の前に飾りの商品を置き、暗殺ギルドの面々が来るのを待つ。
彼らに伝えたのは『黒髪の女の子の居場所が分かった』と言う事だけだ。
それを信じて来るかは彼ら次第、だから情報屋は静かに待つ、彼の前に三人の男か来るまで。
「やあ、『良いモノが入った』と聞いたんだが、売ってもらえるかい?」
そう言い出したのは、何処にでも居そうな顔つきの男だった。
どれだけ見ても記憶に残らない、そんな感じの男、他の二人も似た感じだ。
これは、彼らが『認識阻害魔法』を掛けているからだ。
彼ら、暗殺ギルドのお抱え魔法使いが、小金と引き換えに掛けてくれる魔法、これによって暗殺ギルドの面々は、誰に知られる事もなく、容易に仕事をこなす事が出来るのだ。
ただし、上位の貴族や王族などは、それらに対抗出来る方法を持っている為、あくまでも一般人に対してとなるか……。
「それは『どの様なモノ』でしょうか?」
「そうだな、確か『黒いモノ』だったと聞いたが?」
彼らは、取り決めしていた符丁をそれぞれ言い、周囲に分からない様、情報交換を始めよう……とした。
その瞬間、情報屋の動きが止まる。
目の前には、『黒い鎧の大男』が悠然と立っていた。