門番と遭遇しました
ストックが切れそうな今日この頃
西の外れの森の中、そこは黒焦げた建物跡が残っていた。
その焦げ跡を何人かの男達が、鍬の様な物で払い除けながら作業をしていた。
目的は……
「村長、こっちです」
若い村人が、メタボ体型の人物を呼ぶ、その指差す先にあったのは……
「これが?」
「えぇ、例の老魔導師の死体じゃないかと思います」
『完全に黒焦げになったモノ』がそこにあった。
確かに、遠目に見れば人の形をしてる……様にも見えるのだが……ただの獣の焼死体にも見えて……
「やっぱり殺されてたのか?!」
メタボ体型の……村長の後ろからそう叫び声が上がる。村長の一人息子の『ジミー』であった。周囲には、何時もの取り巻き連中も居た。
「ジミー、まだ殺されたとは断定できんぞ?」
「何言ってんだよ親父、この黒焦げの死体が証拠だろ?」
この地では、五日前に火の手が上がった。直ぐに消火活動を行ったが、火はなかなか消えす三日三晩燃え続け四日目の昨日、やっと消えたのだった。
不思議な事に、周囲の森には殆ど火の粉は飛ばず、延焼する事も無かったのだが……そこで、昨日は周囲に火種が残って無いかの確認をし、今日になって建物の現場検証をする為村人を半分連れて、この場所へと来た。
『ジミー』を連れて来る予定は無かったのだが……
「やっぱり、あの怪しい黒い鎧野郎がやったんだぜ」
「おいジミー……その黒い鎧と言うのは本当なのか?」
眉間に皺を寄せた村長が聞く。彼はこの騒動の最中、ジミー達から『怪しい黒い鎧』の話を何度も聞かされていた。また、応援に寄越した村人と門番も、似たような証言をしていたのだが……
「早く手を打つべきだよ親父、じゃないと俺の嫁が……リリーがぁ~?!」
「落ち着け馬鹿者!!」
それ以前に、いつの間にあの『リリー』と言う娘が、お前の嫁になったのかと……
この五日間の間に、ジミーの頭の中では、『自分に救いを求める少女』から『自分と恋仲の少女』へと変わっていたらしい。
自分の息子の馬鹿さ加減に額を押さえながら、周囲の村人に、建物の残骸を慎重に調べるように指示を出す。
隣で「リリーがぁぁー」っと叫ぶ息子をどうやって静めようか考えながら
ーーー
朝の光が城壁の影を西へと伸ばし始める。
その光景を城壁の上から見ていた兵士が、欠伸を噛み殺しつつ眺める。下を見ると、開き始めた城門の前に、多数の人々が集まっていた。
彼らは農奴、西方最大の都市『オルボア』の周囲にある穀倉地帯を維持する為に集められた者達であった。
彼らは、それぞれの期間、農奴として働く事で、オルボアで生活する権利を得る事が出来るとなっている。とは言え農奴、扱いはそれぞれの雇い主によってマチマチであった。
ある者は、自分の明るい未来を信じて仕事へのやる気を出し、ある者は、録に与えられない食事量に対する不満を顔に出し、又ある者は、前日に何かしらのヘマをしたのか、キズだらけの体を引き摺る様に歩く、そんな何時もの様子を兵士は見ていた。
彼らをそれぞれのグループ毎にまとめて、城門外へと送り出し「さぁ、これで見張りは修了だ」と声に出すと、軽い足取りで下へ降りる階段へと向かう。降りる直前、ふと西側を見ると、2台の馬車がこっちに向かって来るのが見えた。
「こんな朝早くから珍しいな?」
そう呟きながら馬車を見ていると、何かおかし事に気が付く。
一台目の馬車は、見た目も何もかも普通の馬車であった……のだが
「なんだあれは?」
すぐ後ろ……二台目の馬車を見てそう呟く……何しろ馬では無い『何か』が馬車を引いているのだから
ーーー
アベルは城門前で困っていた。
商人の持つ許可書に冒険者ギルドの発行書、そして冒険者登録証……まぁ、首から下げた認識プレートなんだけど……それらを提示しているのに……
「お……おい、お前、大人しくしていろよ!!」
例の『黒い騎士』を四人の兵士が囲んでる……いや、ちゃんと説明してるのに……
「くそっ、運が無い……」
何時もなら、馴染みの門番が居る為、少し話しをする『だけ』で通れるハズだったのだが……
「さっさと兜を脱げ、いいか、余計な行動はするな!!」
今朝に限って知り合いの門番が一人も居ない。しかも、見た限り全員新人らしい。結果、馴染みの顔パスが効かない所か、黒騎士への武装解除を迫って来てしまい……
「……く……黒騎士さん?!」
不安そうに黒騎士の左足にしがみつくリリーと棒立ち状態の黒騎士
「あぁ~門番も落ち着いて」
アベルが必死になって止める……いや、あの黒騎士の攻撃力知ってたら、武器構えるなんてしないし……一応、足の早い弓使いを先に入れさせ、ギルドへと事情説明と保護要求を出した……が
「く、黒騎士さんも暴れないで下さいよ?リリーちゃん、何とか押さえてね?」
蹴りの一つでも出されれば、軽装備の門番がどうなるか……想像もしたく無い訳……それが分かるリリーちゃんも
「黒騎士さん……ダメだから……ね?」
「……」
必死て止めているのだが……素手の状態で、四方を槍と剣で囲まれていても、まったく微動だにしない黒騎士に苛立たしげな門番、ついに
「おい貴様、聞こえるのか?!」
後方に回り込んでいた若い兵士が、槍を付突き出す……が
『がつっ』
「な?!」
黒騎士は、突き出された穂先を振り返らず左手の親指と人差し指で摘まみ取る。
「貴様、離せ」
その光景は異様だった。槍を持った兵士は、小柄な訳でも力が無い訳でも無い……寧ろ、かなり屈強そうな見た目なのに、槍は柄の部分を中心に『しなる』だけであった。
『ありえない』
槍の穂先は1ミリたりとも動かない、右に左に上下に、さらには引いても押しても動かない。物理的にあり得ないハズだった、そして……
『パキン』
とガラスが割れるかの様な音を立てて、穂先は粉々になる。足元の石畳に鉄片の落ちる音が鳴り響く。
前方に居た兵士が、黒騎士に向けていた剣先を僅かに下げてしまう……その剣先には、運悪くリリーの顔が……
「ひぃ?!」
自分の方を向いた剣先に、小さな悲鳴を上げるリリー、その声に黒騎士が反応し、ゆっくりとした動作でリリーを肩へと持ち上げる。
緩やかでありながら、隙の無い動きで。
前方に居た兵士が気付いた時には、腰を落とし、右拳を引いた姿勢の黒騎士が居た、そして
『ひゅっ』
右から左へと、拳を一線……彼ら兵士の手元に僅かな振動が伝わり、各武器を見る……すると
左に居た兵士の槍は柄の中程から、正面と右にいた兵士の剣は、剣先から3分の1程が折られ無くなっていた。そう、綺麗に折られて無くなっていたのだった。
「はぁぁ?」
正面に居た兵士が何とも言えない顔で、自らの持つ剣先と黒騎士を見る。
黒騎士の右手には、槍と剣の先が握られていた。剣や槍を『武器』で切り落とされる事はあっても、『素手』で折るなど本来あり得ない事だった……そう、だったハズ。
「そ……そこまで」
門の横から息を切らせて飛び出して来たのは、三十代の兵士だった。
「あっ、ラドさん」
「アベルか、どうしたこんな早くに?」
彼、門番の『ラド』は、門番として15年目になるベテランだった。そして、アベルの様な冒険者にとって、馴染みある人物でもある。
「隊長?!」
若い兵士達が青い顔をしながら、ラドを見る。ラド自身も、下での騒ぎの音を聞き付けて、階段をかけ降りて来たのだが……流石に、右手に剣や槍先を持った『黒い騎士』姿には、言葉を失った様だ。
そして、タイミング良くギルド員と弓使いが表れ、彼らの身を一時的に保証した事により、やっと騒ぎが収まる事となった。
その肩に担ぎ上げられた状態で固まっていたリリー以外は……であったが
「え?え?コレって……どうなったの?えっと……え?」
ネタの神様、どうか降りて来て下さい。