訓練していたようです
少々間が空いてしまいました。
すみません。
( ノ;_ _)ノ
ーーー
朝を告げる鐘が鳴り響く、大都市オルボア。
そのオルボア中央通りから、北側へと大通りを進むと、大きな屋敷が建つ地区が見えて来る。
多くの貴族や大富豪が住むエリアだ。
道は広く綺麗で、街灯も整備されている。
さらに、警備の為の兵士も等間隔で配置されており、安全面も考慮した場所だ。
その一角、コの字形の屋敷の真ん中、広場の様になっている場所で、二人の人物が睨み合っていた。
一人は、身長百八十の短髪の男性、右手には小型盾、左手には一メートル程のショートソードを装備している。
右手の小型盾を前に付き出す様にし、左手のショートソードは脇腹近くに添え、突きの姿勢で構えていた。
鎧は着ておらず、動きやすそうな服装だ。
彼の名は『ジークレスト』、この『アフィレス』騎士伯家の現当主でありカタリーナの夫だ。
その彼と対峙しているのは、まったく正反対の姿をした大柄な騎士だ。
全身真っ黒の鎧を着込み、左右の手は自然体に下げられている。
武器の類いは一切無く、徒手空拳。
リリーの『運ぶべき商品』であり、世間的には『一応相棒で兄妹』の黒騎士だった。
その周囲では、ジークレストと同じ動きやすそうな麻の服を着た者達が五人が、二人の戦いをじっと見ている。
最初に動いたのはジークレストの方だった。
絞り込む様に構えていた剣を 突き出した盾で隠しつつ放つ。
真っ直ぐに放たれる剣は、最短距離を黒騎士の脇腹へと向かう。
どう考えても避けられない軌道と速度の『それ』を 左足を一歩前へ踏み出す事で躱すと、ジークレストの左手首へと右手を向ける。
下から掬い上げる様に迫る黒騎士の右手に対し、ジークレストの左手が『するり』と後退する。
別に黒騎士の右手を避け様とした訳ではなく、前方に踏み込んでいた右足を突っ張っただけだ。
瞬時に突っ張った為、身体が後方に反り返る様に流れ、突きの途中で止めた左手も後ろへと下がる。
左手が下がった事で、黒騎士は掴もうとしていた右手を止める。
そのまま掴みに行けば、刃の部分を持つ事になるからだ。
もっとも、黒騎士的には、持った所で痛くも痒くも無いのだが……
動きを止めた黒騎士に対して、ジークレストの右手が動く。
剣を突き出すと同時に引いていた小型盾を 裏拳の要領で放つ。
狙いは黒騎士の胸元。
密着とはいえないが、僅かな間合いで避ける事は出来ない……ハズだった。
「なっ?!」
ジークレストの視界が『くるり』と回る。
気が付けば、目の前は青空。
地面に仰向けに倒れていた。
喉元には黒騎士の手刀が突き付けられていた。
「はぁ……参った」
そう呟き両手を挙げる。
黒騎士は視線を外す事なく、ゆっくりと手刀を引くと、一足飛びに間合いを取る。
「相変わらず、勝っても油断せず……か」
苦笑しながら、ジークレストが身体を起こす。
「ジーク様、大丈夫ですか?」
直ぐ様寄って来たのは部下の一人だ。
「あぁ、問題無いよレントオール」
部下の中で一番年若い騎士『レントオール』は、一年前に騎士見習いから上がったばかりの新人だ。
剣の腕前はまだまだだが、中々見所のある騎士になりそうだと、ジークレストは思っている。
そんな二人を横に置き、
「次は俺だ!!」
そう言うと、鼻息荒く巨大なハンマーを持った男が前に出る。
彼の名は『ゼーハート』、ジークレストの部下で、一番の力持ち……を自認する騎士だ。
アフィレス家随一の巨体を持つゼーハートは、ハンマーを大きく振りかぶると、一直線に黒騎士に向かう。
その動きを見ながら、ジークレストはレントオールに自分がどうやって負けたか聞く。
正直、どうやって負けたのか分からなかったのだ。
「そうですね……まず、ジーク様が剣を突き出して」
レントオールは、ジークレストと黒騎士の一連の動きを 事細かく説明する。
新人騎士レントオール、その凄さは剣の腕前では無く、その目だった。
この場に居るのは、全員アフィレス騎士伯家に仕える騎士達だ。
僅か二十人程度だが、中々の猛者が揃っている。
その中でもレントオールの目の良さは群を抜いている。
唯一、黒騎士の動きを見極めれた程だ。
もっとも、正面から戦った場合、『目』だけが追い付きながらも体が反応しない為、この模擬戦には毎回負けているのだが……。
アフィレス家に、黒騎士とリリーが来て、今日で十一日目。
初日、目覚めないリリーの横で、直立不動の黒騎士を『気分転換』にと誘ったのが始まりだった。
軽く実力を見ようと戦った所、初日は全員が瞬殺されていた。
ただの一手でアッサリ倒されて行く騎士達。
初日は、全員が余裕を持っていたのだが、二日目以降は必死に……いや、むしろ本気で、黒騎士を倒しにきていた。
だが……
「いででででー!!」
大きな悲鳴が聞こえたと思ったら、鎚を持った右手を後ろに捻られた形で関節技をかけられているゼーハートがそこにいた。
これもまた、九日間毎日見る光景だ。
「くっ……くそぉー何でだぁー!!」
「はぁ……ゼーハートさん、またですか」
大声で叫ぶゼーハートに呆れた顔を向けるレントオール、何度も『力押し』だけでは勝てないと、ゼーハートに言っているのに、その忠告を一切無視して『正面』から挑んでいるのだ。
そんな光景に苦笑いしつつ「そこまでだ」とジークレストが声を掛ける。
どう見ても、抜け出せる要素が見つからないのだ。
ゼーハートの負けでしかない。
「じ……ジーク様、俺はまだ負けては」
「だが、そのままじゃ勝てないだろ?」
「ぐっ……」
悔しげに視線を地面に落とすゼーハートを見て、捻り上げていた手を放す黒騎士。
その背後から
「次は私の番です!!」
っと、一声掛けると同時に走り出す人物がいた。
騎士ローシエーン、ゼーハートとは真逆にスピード重視の騎士だ。
細い体つきの男性で、その両手に持つのはレイピアだ。
振り向いてすらいない黒騎士の背中に向かって、両手のレイピアを放つ。
ただの試合ならば卑怯な手だが、今は実践的な訓練の最中。
「もらったぁー!!」
確実に当たる、そう思った瞬間、目の前から黒騎士の姿が消え、視界がぐるりと回る。
「えっ?!」
気が付けばローシエーンは、ジークレストの時と同じ様に、地面の上に倒されていた。
ご丁寧にも、喉元への手刀まで一緒だった。
「あっ、あれですジーク様、あの技です」
レントオールが興奮気味に喋る。
ジークレストが、ゼーハートの戦いを見ていたので、説明を途中で中断していたのだが、ローシエーンの戦いを見て、思い出したかの様に喋り出す。
「今のが技……なのか?」
「はい、足を引っ掛けてました」
レントオールの説明に『ん?』と首を傾げるジークレスト。
『足を引っ掛けるのが技?』と、疑問が顔に出ていた。
「失礼しました。説明不足でした。今のは、軸足に力が掛かった瞬間跳ね上げられたのです。結果、ローシエーンさんもジーク様も体が一回転してしまい、そのまま倒されてしまったのです」
ローシエーンの体が一回転した様子を見ていなければ『何を馬鹿な事を』と、一笑に付していた所だが、実際、目の前で見た光景から頷くしかなかった。
軸足を払う、それも体が回転する程の勢い……
「レントオール、目の良い君に同じ事が出来るか?或いは、他の者達に教えて出来る事か?」
「む……無理ですよ、あんな事。理屈が分かっても実際に出来るかは……あっ、失礼しました」
レントオールの素直な言い方に、ジークレストの後方に控えていた執事長が眉ねを寄せる。
それを見たレントオールが、慌てて口を閉じる。
「構わないよ。しかし、それ程の事を簡単にしてしまうとは、彼……クロノ君はいったい……」
そう呟いたジークレストの目の前では、順番待ちをしていた騎士達が、次々と黒騎士に挑み、負けていく様が展開されていた。
ーーー
開け放たれた窓から聞こえてくる悲鳴や怒声に、リリーは思わず『びくっ』と反応してしまう。
「お嬢様、窓を閉めましょうか?」
「あっ、いえ……大丈夫です……」
側に居たメイドが、リリーの服を脱がしつつそう話す。
今、リリーは、身体を拭いてもらう為、若いメイドが付き添っている状態だ。
気が付いて一日たったとはいえ、未だに身体は思うように動かない。
そんなリリーの為に、カタリーナが専属メイドを二名付けていた。
手際良く寝間着を脱がすと、ぬるま湯に浸けたタオルで身体を軽く拭いていく。
そのタオルの暖かさに、思わず『ふぅ』っと息を吐く。
「大丈夫ですか?熱かったりしませんか?」
「えっと……大丈夫です……ミラーナさ……ん」
つい『さん』付けしてしまいうつ向くリリーに、苦笑いを向けるミラーナ。
朝、自己紹介をした際『メイドにさん付けする必要は無い』と教わっていたのだが、リリーよりも二つ年上の女性と聞いて、どうしても「さん」を付けてしまうのだった。
「他に人が居ない時は良いですけど、出来るだけ気をつけて下さいね、お嬢様」
そう言うとミラーナは、リリーの上半身を拭いていく。
素早く、それでいて拭き残しの無い様に。
前が終わると、リリーを抱っこする様な姿勢で、背中を拭いていく。
身体の自由が効かないリリーを そのまま座らせると、前に倒れてしまうので、この姿勢になってしまう。
ミラーナの左肩に、顔を埋める様になっているリリーは
『早く動ける様にならないと……』
っと、そんな事を思いながら、ミラーナから漂う香りにうっとりとする。
『この香りは確か……ラベンダー?』
「どうかされましたか?」
閉じていた目を開けると、ミラーナが心配そうな顔を向けていた。
「あっ……いえ……その……ラベンダーの香りが……したので」
顔を真っ赤にしながら、匂いを嗅いでいたと自白してしまい、恥ずかしくなったリリーだったが、そんなリリーを見てミラーナは『くすっ』と笑う。
「私達のメイド服を干している場所にラベンダー畑があるんです。だから、洗濯後はラベンダーの香りがするんですよ」
そう言うと、とても嬉しそうな顔をする。
リリーも『なるほど』と思いながら
「とても良い香り……ですね」
互いに見合って笑い合う。
背中を拭き終わり、ベッドの上に寝かされると、下着を脱がされていく。
恥ずかしさから目を瞑るリリーだったが、ミラーナは素早くタオルを濡らすと、足先から拭いていく。
「お肌スベスベですね」
そう言いながら拭いていくのだが、動かない身体では隠す事も出来ず、ただ我慢する事しか出来なかった。
そんな羞恥心に包まれてる所に『こんこん』と扉を叩く音が聞こえる。
扉近くにいたもう一人のメイドが、扉越しに対応する。
その姿を横目に、ミラーナが手際良くリリーの身体を拭いていく。
しっかりと拭き上げると、新しい下着をつけ寝間着を着させられる。
襟首の中に入ってしまった髪の毛を出し、櫛で解きだした所で、部屋の扉が開く。
「調子はどうかしら?」
そう言って室内に入って来たのは、ニコニコした笑顔を張り付かせたカタリーナだった。
つ……次こそは早めに……
;´・ω・)