決断されたようです
今回でゴブリン編を終わらせる予定ががががが……
(;´д`){どうしてこうなった?!
ーーー
最初、その匂いに気付いたのはゴブリンファイターだった。
新鮮で甘酸っぱい香り、人族であればそう表現する様な匂いが漂いだす。
目の前の黒い鎧から。
匂いの元はリリーの鼻血だ。
内部に充満した血の匂いが、鎧の小さな隙間から漏れ出す。
ゴブリンファイターだけでは無い、周囲に居たゴブリン達でさえ生唾を飲み込む。
他種族のメスの匂いに混ざる、新鮮な血の匂い。
その匂いに、彼らゴブリン達の中にあった性欲に食欲まで刺激される。
そして彼ら、ゴブリン達は暴走した、黒騎士に対する恐怖に勝る欲求に従い。
ーーー
黒騎士は、飛び掛かって来たゴブリンを大きく飛び越え、洞窟の前へと着地する。
振り返ると、ゴブリンファイターの『餓えた声に煽られた』ゴブリン達が、洞窟に向かって突進して来る。
その動きを確認すると、踵を返して洞窟奥へと走り出す。
内部構造は分からないが、出来るだけ大きな通路を走る。
途中、小さな横穴から顔を出すゴブリンを踏み潰しながら、黒騎士は奥へ奥へと進む。
ーーー
ベンノは周囲を見渡すと、深いため息を付く。
さっきまで居たゴブリン達も、ゴブリンファイターの声を聞き、一斉に洞窟に向かって走り出す。
勿論、それに気付かずに居たゴブリンは、アッサリと切り刻む。
「状況確認後、生き残りはココに集結、連絡頼めるか?」
「了解、直ぐに呼んできやす」
大剣を地面に差し、周りを固めていた銀級冒険者達に指示を出す。
多少の怪我はしていたが、動けない程では無いらしい。
生き残った冒険者達は、土壁の間を警戒しながら、左右へと別れて進んで行く。
視線を正面に戻すと、ベンノは再度大きくため息を付く。
当初の予定通りには行かなかったが、最悪な状態は避ける事が出来た……ただ、黒騎士とリリーの事を思うと……
そんな事を考えていると、後方から複数の人の気配が近付いて来る。
「おうベンノ、そっちは何とかなった様だな?」
『がはは』と笑いながら近付いて来たのは、ギルドマスターのゲイルだ。
その顔と声を聞いた瞬間、殴りたくなった……が、そこは『ぐっ』と我慢する。
「……何処へ行ってたんだ?」
出来るだけ怒りを圧し殺しながら問う。
その雰囲気に気付いたゲイルが
「おいおい何だよ、えらい不機嫌だな、ケガでもしたのか?って、天下の金級様がそんな訳無ぇわな」
再度『がはは』と大声で笑うゲイル。
流石に、この態度には腹が立ったベンノは、振り向き様にパンチを見舞う。
「おい、本当にどうしたんだ?今の、結構本気で殴る気だったろ?」
何時もの温厚さを微塵にも感じさせないベンノの姿に、ゲイルも何かを読み取ったらしい。
「……もう一度聞く、何処へ行ってた?」
「後方にゴブリンが百匹、迫って来てたからな。魔法使い共と一緒に殲滅してたんだよ」
その答えに『なるほど、途中から魔法の援護が無いと思っていたが……』っと、さっきまでの戦いの状況を分析する。
最初にあった魔法攻撃が、途中から無くなった事で、魔力切れか温存に入ったと思っていたのだが……チラリとゲイルを見れば、その全身は赤黒い色に染まっていた。
恐らく、ゲイルが縦横無尽に走り回り、魔法使い達が援護をしたのだろう。
ここに居る魔法使い達は、それなりに高位の冒険者達だ。
ナイフを使えば、ゴブリンの一匹や二匹、単独で相手が出来るだろう。
だが……
「本陣が襲われて、お嬢ちゃんが大怪我をした」
その一言に、ゲイルと魔法使い達の顔色が変わる。
「おい、冗談だろ?アイツは鉄箱の中に入れてたハズだ」
「その鉄箱の蓋が開いたらしい。詳しい事は分からんが、俺が見た時は、お嬢ちゃんの首筋にゴブリンが食らい付いてた所だった」
「アイツは?!小娘の容態は?!まさか?!」
ベンノに掴みかかって来たゲイルの顔面を押し戻しながら
「安心しろ、黒い兄ちゃんが間に合った。お嬢ちゃんは無事だ」
その言葉を聞いて『はぁぁぁぁ~』っと、大きなため息を付く。
「勘弁してくれベンノ、寿命が縮んだぜ」
ゲイルが安堵の表情を浮かべるが
「安心するのはまだ早い、アイツら洞窟内に入って行きやがった。それをゴブリン達が追いかけて行ってる」
続けて発したベンノの言葉に、ゲイルの動きが止まる。
「……冗談だよな?」
「本当だ」
探る様なゲイルの目にハッキリと伝える。
集まって来た他の冒険者達も、現場を見ていたらしく、全員が深刻な顔をしている。
「だぁぁぁぁー!!どうすんだよこれ?!洞窟内に入って行った?何考えてやがんだアイツら!!」
髪を掻き毟るゲイルだったが、ベンノは別の事を考えている。
既に生き残りのゴブリンの殆どが洞窟内へと入っていった。
「どうするゲイル、ユグリナ草の準備は出来てるぜ?」
「ベンノ……お前?!」
大きく目を見開くゲイル。
作戦通り、入り口を塞げば、後はユグリナ草の効果でゴブリン達は死ぬ。
例え死ななくても、弱り続ける事になる。
「アイツらは勝手に行動した。ならばそこに気を使う必要はあるのか?」
「ベンノ、てめぇ!!」
何時もと違うベンノの言葉に、今度はゲイルが拳を振るう。
『ごん』と言う音と共に、ベンノの頬に拳ががめり込むが、ベンノの目はゲイルへと向けられている。
「今ならゴブリン千匹を倒す事が出来る。オルボア領の住人三万人に、周辺の村人合わせて四万人を助ける事が出来る」
少数の犠牲による大多数の救い。
ベンノの言葉に間違いは無い……が
「決めるのはお前だゲイル!!俺達は、その指示に従う」
普段と違うベンノの言葉に、親しみを持っていたハズの仲間達も他の冒険者達も困惑する。
この人は、本当に『金級のベンノ』なのか……と。
少しの沈黙の後、ゲイルは決断する。
「内部にユグリナ草を投入しろ」
「ゲイルさん?!」
「ギルマス、それは?!」
何人かの冒険者達が騒ぎ出す。
彼らは銅級冒険者達、リリーの護衛をしてくれた者達だ。
「ユグリナ草の煙は人間には無害だ。例えアイツらが洞窟奥で戦ってたとしても効果は無い。だが、ゴブリン共は弱体化する。これは……アイツらへの援護にも……なる」
悔しそうな顔をしながらも、最後は絞り出す様に言葉を発する。
オルボア領を守る為、この地に住む人々を守る為、ゲイルは決断する。
「あぁ、それで良い」
満足そうに頷くベンノの姿は、いつもと代わり無いモノだった。
良い人が悪役になってしまいました。
書いた本人が予想外。
ω・`)ノシ{次回も早めに出せる様に頑張ります