穴を開けて来ました
少々遅れました、申し訳ありません。
目の前には、右拳を突き出し、片膝立ちの姿勢で微動だにしない黒騎士の姿があった。
「黒……騎士……さん?!」
小さな声で確認してしまうリリー。
徐々に黒騎士の姿がブレ始める。
涙がポロポロと出て止まらない、恐怖に身体の震えが止まらない、声を出して泣きたくなる。
そして、目の奥に引っ張られる感覚が沸き上がって来る……気が遠くなる……
「いけない!!……痛覚」
集中すると、小さく呪文を呟く、すると噛まれた首筋の痛みが甦る。
オピトーとは、痛覚を倍増させる精神魔法の一種。
とはいえ、敵に対して使っても簡単に抵抗され、さらに肝心の痛みに関しても、どの痛みに対して倍増させるかはランダムになってしまう。
その為、使い所としては、強制的に気絶しそうな者を痛みで起こす程度にしか役に立たないと言われる初級魔法だ。
リリー自身は祖父から
「敵と戦ってる際、気絶するな!!」
と、何度も言われてきた。
実際、訓練と称して痛覚魔法を何度も掛けられている。
そして、戦いの最中、気絶する事の危険性も習った。
気絶した場合、スキルが使えなくなってしまう。
リリーの場合、回復中に中途半端な所で気絶でもすれば、そのまま出欠多量て死亡してしまう恐れもある。
だからこそ、今の自分の状態を考えて痛覚魔法で意識をしっかりさせる。
起き上がろうとしたが、上手く身体か持ち上がらない。
疑問に思いながら痛む首を動かし、胸から下を見……て固まる。
そこには、必死になってリリーの服を破ろうとするゴブリンが二匹居たからだ。
腰の辺りにしがみついたゴブリンは、ベルトを噛み千切ろうと、足元に居たゴブリンは、ローブの中のショートズボンを破ろうと必死になっていた。
思わず「ひぃっ?!」と小さな悲鳴を上げてしまったリリーだったが……その顔の前に、黒騎士の大きな手の平が掲げられる。
ゆっくりと迫って来る……様に見えてたが、リリーに駆け寄ろうとした冒険者達には、黒騎士の肩から先がブレた様にしか見えていなかった。
次の瞬間、黒騎士の右手が二匹のゴブリンに振るわれる。
黒い影が一筋の線の様に見えたと思った時には、『ぐぎぃ?!』っと言うゴブリン達の悲鳴が、凄まじい勢いと共に後方へと飛んで行く。
そして数秒後、『べしゃり』との音と共に、リリーの作った土壁に赤黒いシミが大きく出来ていた。
ドロリと流れ落ちるそれは、リリーを襲っていたゴブリン達の成れの果てだ。
中央付近にある小さなシミは、リリーの肩に噛みついていたゴブリンの頭と身体の跡、その下にある少し大きなシミは、腰と足にしがみついていたゴブリン達の跡。
全て黒騎士の手によって、叩き飛ばされた跡だ。
唯一、その全てを見て理解していたのは、金級冒険者のベンノだけだった。
ーーー
少し前、その異変に気付いたのはベンノだった。
「叫び声?!」
小さな叫び声、それも甲高い女の子……この場違いな所で聞こえるのはただ一つ。
「お嬢ちゃん?!」
一瞬、ベンノは悩んだ。
現在彼は、一番外側の土壁の間、通路の様になっている場所に陣取っている。
外側から内側へと三重の土壁、それぞれの切れ目に冒険者達が陣取り、先へ進もうとするゴブリン達を駆逐していった。
一番外側に金級冒険者達と、銀級冒険者のパーティーが二つ、二枚目の土壁と三枚目の土壁の間に銀級冒険者達のパーティー、一番内側に銅級冒険者達のパーティーを それぞれ配置していた。
外側が打ち洩らしたゴブリンを内側で順々に殲滅する、さらに後方には、ギルドマスター率いる魔法使い八人と奇襲攻撃が得意なハンター達、木の上には弓使いが、それぞれの動きをフォローする様になっていた。
その為、内側に入られたとしても、ギルドマスター一人で十分対応出来る……ハズだったのだが……
「ちっ、ゲイルは何をやってやがる?!」
リリーの叫び声が聞こえたと言う事は、最奥まで入られたと言う事、何匹居るかは分からないが……
「がぁぁぁ」
っと悲鳴が聞こえる。
さっきまでと違う、喉の奥から絞り出された声。
「マズイ、外側の防御を捨てる、中間の壁まで下がれ!!」
人の叫び声には、その人の危険度が分かる面がある。
特に女性の場合、「きゃあ」とキレイに聞こえる叫びと言うのは、まだ危険性が低い。
甲高く聞こえが良く……と、無意識に女性らしく叫ぼうと働くからだ。
しかし、今のは違う、本当に危機が迫った時に聞こえる切羽詰まったモノだ。
だからベンノは直ぐ様指示を出す。
外側を守る一人が抜ければ、他の場所を守る冒険者達の側面にまで攻撃が及ぶ恐れが出て来る。
だからこそ、真ん中の土壁の間に居る銀級冒険者達と合流すれば、後方のリリーの所へ救援に向かえる、そう考えたからの指示だった。
問題は時間、時間が過ぎれば過ぎる程、リリーの危険度が上がる。
最悪、死も覚悟しなければならない程。
だからこそ、ベンノは一秒でも早く行動……したつもりだった。
視界の端で、土壁に向かう黒騎士を見るまでは。
「おい、黒い兄ちゃん、そっちは壁だ!!」
そう、黒騎士は百八十度回ると、真っ直ぐ土壁へと向かっていた。
『壁をぶち抜く?いや無理だ、土壁と言うが、その固さも厚みも簡単にはいかない』
土壁と言っているが、別に百%土だけと言う訳ではない。
この周辺の土と小石等が混ざった代物、しかも魔法で圧縮強化されている。
巨人族の体当たりクラスでなければ無理だ。
『なら飛び越える?』
壁の高さは三メートル。
脚力を強化していれば何とかなる……だが、それなら壁の間を走り抜けた方が早い。
だからこそ、ベンノは驚く事になる。
さらに加速した黒騎士が、真っ直ぐ土壁へと突入したからだ。
「無茶だ」と叫ぼうとした瞬間、黒騎士の身体が土壁の中に潜り込んでいく。
ツルハシやシャベル等を時間を掛けて使えば、穴を開ける事も出来るだろう、しかし、魔法で強化された土壁を貫くなど、しかも生身など、考えもつかなかい。
理論上、速度を上げて、身体の強化をすれば出来る……かもしれない……その身体が持つとは限らない。
だが、ベンノの目の前で黒騎士の身体は、何の抵抗も無く突き進む。
後方から近づいていたゴブリン達に破片を飛ばしながら、速度を落とす事無く。
一秒も立たず二枚目の壁に穴を開け、そのまま三枚目の壁へと突き進む。
二枚目と三枚目の壁の間に居たゴブリン達を踏み潰しながら進む。
速度は一切落とさない。
重装備が高速で進み、三枚目の壁へと突き刺さる。
僅か三秒程の動き、間に居た銀級冒険者と銅級冒険者達が目を見開く。
土の破片をバラ撒きながら三枚目の壁を抜ける黒騎士の前に、リリーの姿が見える。
首筋を噛まれたリリーの姿が。
黒い線が一直線にリリーへと向かう。
姿を見ていた冒険者達には、そうとしか言えない光景だった。
黒騎士の開けた穴に駆け寄ったベンノが見た瞬間、リリーの首筋に噛みついていたゴブリンが吹き飛ぶ。
顎から上を身体にめり込ませる様に潰されながら、肉片となって壁に当たる。
ベンノの背筋にヒヤリとしたモノが流れる。
『ありえねぇ、何だコイツは?!』
ただそれだけしか考えつかない動きだった。
ーーー
ゴブリンの拘束から逃れたリリーだったが、思った以上にケガが酷かった。
指は根元から無くなり、首筋は抉り取られていた。
ただし、スキルの影響か、血は止まっている。
よく見れば、失った部分もゆっくりと肉が盛り上がって来ていた。
実の所、リリーの持つスキルは『回復』ではない、『再生』だ。
欠損部分を治すスキル、同じ効果を持つ神聖魔法なら。最上位の回復魔法に当たる。
だからこそ秘密にしていた。
最上位の回復魔法と同じ効果のスキルなど、この世の中には存在しないとされている。
リリーの言った『僅かな回復』程度なら、一万人に一人は存在する。
そんな希少なスキルは、無駄な争いの元となってしまう。
さらにリリーは、独自の方法により、魔力による範囲拡大まで出来ている。
知られれば、色々な国から追われる立場になってしまう。
しかし今は混乱状態、例えスキルを発揮したとしても気付かれる恐れは少ない。
だからリリーは、『再生スキル』に集中していた。
「おい、黒い兄ちゃん、お嬢ちゃんを連れて逃げろ」
ベンノの声が聞こえて来る。
彼は、黒騎士の開けた穴を守る様に剣を振るっていた。
一メートル程度の穴だが、一直線に伸びている。
ゴブリンにとっては、進み易い通路だ。
だからこそ、黒騎士にリリーを連れて行く様に指示した。
「……」
「黒騎士さん?」
微動だにしない黒騎士に不振な目を向けるリリー。
いつもなら、さっさと抱き上げて肩にでもしがみつかせるハズなのだが……黒騎士は動かない。
『何かあったのだろか?原因は?』
アタフタとするリリーの前で『バチン』と何かが外れる音が響く。
「何?!」
疑問に思うリリーの前で、『バチンバチン』と連続で何かが外れる音が続く。
そしてリリーは目を丸くする。
音の元は黒騎士の胴鎧部分、その止め部分が次々と外れて行く。
何個目か分からない音が響き、ついに胴鎧がリリーの前で開く。
その中には『何も存在しない、空っぽの空間』があった。
痛覚の魔法名に関しては、オビオイド受容体から持って来ました。
本来は、鎮痛薬の方で使う名称だそうで。
ω・`)ノシ{魔法とスキルに関しては、後日書き直すかもしれません。