不幸だった様です
かなり遅れました、申し訳ありません。
今回、オークの姫様の不幸話回で、気持ち悪い表現があります。
苦手な方はスルーして下さい。
オルボア南部にある山、ダルビッポ山での騒動は終演へと近づきつつあった。
ダルビッポ山の大きな穴、そこから小さな生き物が数匹押し出されて来た。
洞窟奥から外へと、黒い影がまるで一匹の生き物の如く蠢く。
そんな影によって洞窟外へと追い出された生き物達は、中へ戻ろうとする……が、近づいた瞬間『ぎぃぃぃぃ!!』っと、一斉に威嚇される。
洞窟の外に追いやられたのはゴブリン、それも通常より小さな個体だった。
その逆に、洞窟入り口で威嚇している、一回り大きな個体、これもゴブリンだ。
洞窟内はゴブリンで溢れかてえっていた。
そして、そのキャパを越えた数のゴブリン達は、弱い個体を洞窟外へと放り出す。
ある意味、自然の摂理とでも言うべきか?
そして、放り出された弱い個体は、小さな群れを作り、山を下っていく。
最初は数匹だった数も徐々に増え、もはや止める事は出来ない程になっていく。
ダルビッポ山でのゴブリン達の生息数の限界は、すぐそこまて来ていた。
ーーー
洞窟奥では、狂気の宴も終盤に差し掛かっていた。
肉を食い千切られながら犯されていたオークのメスの命も、最後を迎えつつある。
『ドウシテ……』
彼女は考える。
『ドウシテ……』
何度も何度も考える。
『ドウシテ……』
その度に浮かぶのは、四十日前の事、群れを分けるその日の事。
ーーー
オークの村に産まれて三年が立ったその日、彼女は、新たな群れの長として、王女として、旅立とうとしていた。
彼女に付き添うのは、この三年間に生まれた兄弟達。
その数十八匹。
オークにメスが生まれると、そのメスが一人前、つまり、子を成す事が出来る様になった時、群れを二つに分けるのが習性となっていた。
その際の分け方は、大概が若い個体と年老いた個体。
新しい群れ程、そのメスに近い歳のオスを付ける様になっている。
彼女もまた、そうなる……ハズだった。
だが、彼女が一番頼りにしていたオス、一番上の兄『だけ』が、今までの群れに残る事になってしまった。
一番上の兄は、オーク族にとっての勇者だった。
彼女が生まれた年、六匹のオークが生まれていた。
彼女は三番目であった。
数ヶ月前に生まれた二匹の兄は、戦士として一族でも有数の能力を持っていた。
長男である一番目の兄は、身体は一回り小さいが素早く、的確に敵を仕留める腕前、次男である二番目の兄は、一の兄とは逆に力強く、その一撃は、大の大人達さえも押し返す程であった。
そんな二匹の妹として生まれた彼女は、母である王女によって、次期王女としての教育を施されながら日々を過ごしていった。
運命の歯車と言うモノがあるとしたら、彼女の兄が二匹居た事だろう。
身体が小さいながらも、知恵があり技術もある上の兄、そして、その兄に憧れる次期王女、その間に生まれてしまった次男オーク。
ーーー
次期王女からは『二番目の兄』と呼ばれ、上の兄からは『二番目の弟』と呼ばれるオークの心は、徐々に黒くなっていった。
愛すべき妹で次期王女の心が、上の兄にある事は分かっていた。
だからこそ、せめて武勇だけでもと意気込んでいても、上の兄に敵わない。
そんな心の葛藤の中、上の兄が『オーク族の覇者』に命ぜられる。
一族がより集まり『彼こそ覇者』と褒め称えたのだ。
オークにとっての『覇者』とは、人族における『勇者』の事だった。
劣等感に刈られた弟は、黒い感情のまま走り出す。
一番目の兄から、最も大切なモノを奪う為。
ーーー
彼女は呆然としていた。
広場には、今回の群れ分けで彼女に付いてくるオーク達が集まっていた。
『一匹』を除いて、すべて弟達だ。
よく知った顔だ……だが、そこに一番愛する『一番目の兄』の姿は無かった。
覇者に選ばれた一番目の兄は現王女、つまり、彼女の母の命令によって、群れに残る事になった。
彼らオーク族では不思議な事ではない。
武勇に優れる者を残そうと思うのは間違いでは無いのだから……しかし、今回は違う。
何故なら……
彼女の横に、唯一の兄、二番目の兄が立っていた。
彼は、まるで見せびらかすかの様に『一番目の兄』へと目線を向ける。
彼女は、二番目の兄が嫌いな訳では無かった。
彼は一番目の兄に比べてガサツであったが、それはオークとしては一般的な事だった。
だからこそ、オークらしくない一番目の兄の姿が、彼女にとって眩しいモノだったのだろう。
二番目の兄は、そこに目をつけた。
母である王女に、一番の兄の有用差を告げ、手元に置きたくなる様に誘導する。
そしてまた一つ、彼女にとっての歯車が動き出す。
今まで住んでいた集落を出た一向は、そのまま北上する。
彼らオークの住む場所は、サバンナ地帯だった。
僅かながらの水辺に、小さな森、その東側は、砂漠地帯だ。
この砂漠地帯には、人族による街があった。
過去には、彼らオーク族との争いも起こったが、今ではそれぞれの住む場所を決め、関わらない様に努めていた。
群れを分かれた者達が向かう場所は、大体南側になる。
東側に人族がいて西側は海、そうなれば自然と南に向かうのが普通だった。
だが、二番目の兄は、何の迷いも無く北上していく。
付き従う弟達も、静かに進む。
いや、むしろ新たな新天地へと期待する目であった。
そんな彼らの前に、巨大な壁が見えてくる。
ダルビッポ山を北と南に分ける壁だ。
初めて見る景色に、彼女は目を大きく見開く。
垂直では無いが、登るには厳しい崖だ。
しかし、そこに来ると同時に弟達が動く。
持ってきた荷物から蔦を出し、繋げて行く。
何本もの蔦を束ねて太い縄にすると、三匹の弟達がスルスルと崖を登って行く。
肩には『蔦で出来た縄』を持ち、それぞれ協力しながら登って行く。
彼女はそれを唖然としながら見守っていた。
弟達が、小さな出っ張りに手足を掛け、スイスイと登って行くのだから。
それを自慢気に見る二番目の兄、その姿に彼女は
『コノ兄ガ、コレヲ考エテイタノカ』
と、理解する。
ーーー
二番目の兄と呼ばれた彼は、新天地を目指す事を考えていた。
今まで誰も行った事の無い地。
群れの古い者達は皆、北へ行く事を禁忌として恐れていた。
だが、彼は違う。
かの地に何があろうとも負けない、そんな考えの元、弟達と協力し、登り易い場所を調べていった。
群れを分かれる前に、山を越える手立てとルートを出していく。
ある程度登ると、上から縄が落とされる。
下に居た弟達は、次々と登って行く。
しかし、王女として教育されてきた彼女には、そんな芸当は無理だ。
登っていった数が半分になった頃、二番目の兄が彼女に近づいてくる。
彼女の身体に縄を括り付けると、上の弟達に引き上げさせる。
元々、彼女が一匹で登れるとは思ってもいなかった。
もしも、ここで失敗していれば……彼らにとって平穏な生活に戻れたかもしれなかった。
だが、運命の歯車は、また一つ重なる。
途中の大きな岩場で一泊し、王女を入れた十九匹のオーク達は、順調に登っていた。
彼らは一年程、この崖を調査し、登り易い場所を選んでいた。
残り五十メートルという所で、二番目の兄と四番五番目の弟達が登って行く。
二番目の兄が先を行くなど、今までなかった事だった。
だが、彼には彼の考えがあった。
『早く妹に、王女に上を見せてやりたい』
彼の心は黒いモノに覆われていたのかもしれないが、妹に対する感情は、優しいモノだった。
その優しさが仇となる。
ーーー
ダルビッポ山中腹、そこに茶色いモノ達が固まっていた。
時折、下の方を覗き込んでは『ぎぃぎい』と鳴き声を鳴らす。
彼らは洞窟に住み着いたゴブリン達だ。
数は五十匹程、彼らは互いに身を寄せ合っていた。
月に一度、オルボアから冒険者がやって来る。
彼らの役目は、ダルビッポ山に住み着くゴブリンの調査と間引きだ。
今日もその日だった。
朝方、洞窟奥で寝ていた彼らだったが、そこに鳴り響く断末魔の声で叩き起こされる事になる。
彼らゴブリンの中でも、特に大柄な個体が、叫び声を聞くと同時に、背後にある穴へと飛び込む。
そこは、彼専用の逃走経路だった。
何度も枝分かれする穴を這いずり出し外へと出る。
そこは、ダルビッポ山中腹の岩影だ。
しばらくすると、それぞれの小さな穴からゴブリンが這い出して来る。
全員、何処かしらケガをしている。
二匹程、ゴブリンらしくないヒョロリとした個体が出て来る。
彼、ゴブリンリーダーの腹心とも言うべきゴブリンメイジ達だ。
彼ら三匹は、この山に住むゴブリンの変異種達だ。
リーダーである彼は『ゴブリンファイター』、弟達である二匹が『ゴブリンメイジ』だ。
彼ら三匹は、その力と魔力で多数のゴブリン達を統率していた。
そんな彼らでも、完全武装した冒険者達には敵わない。
だから逃げる、弱い個体を洞窟入り口に置き、自らの安全を確保する。
そうして長い間、彼は生き延びて来た。
その日もそれで終わるハズだった。
後は冒険者が退散するのを待つだけ……
そんな彼らの元に、ある匂いが届く。
彼らにとって最上の……獲物の匂い……
ーーー
彼女は、初めて見る雪に興奮していた。
幼き頃からダルビッポ山山頂の白い景色に疑問を抱いていた。
群れの者達に聞いても『アレハ雪ダ』としか返答は無かった。
彼女にとって、雪とは未知の代物だった。
だからこそ、目の前の岩影にある小さな雪の塊に目を見張る。
二番目の兄は、雪に見とれる妹を見ながら優越感に浸る。
『ドウダ一番目ノ兄ヨ』
と。
そんな彼らに死神が忍び寄る。
山の中腹から黒い塊が迫って来る。
それを見た彼は、弟達へと警戒を呼び掛ける。
『悪意の塊』彼は迫るソレをそう形容した。
足場が悪く、傾斜の付いたその場で槍を構える。
彼とて、オーク一族では一番の力自慢だが、それだけではない。
槍の腕前も一族で上位だ。
だから彼は、悠々と構える。
『ゴブリン……カ?!』
彼の住む地方にもゴブリンは居た。
暖かい地域のせいか、毛の無い猿人、それが彼の知るゴブリンだった。
だが、今迫って来るモノ達は皆、茶色い毛に覆われていた。
故に警戒し、深く構える。
ゴブリン達が、跳び跳ねながら襲い掛かってくる。
手元に引いた槍が一閃すると、四匹のゴブリンの身体を貫く。
そのまま左へと槍を振り抜く。
彼の横をすり抜けようとしたゴブリン二匹を薙ぎ払い、崖下へと落とす。
『ギィ?!』と一鳴きしながら、眼下へと落ちていくゴブリンを見届ける事無く、再度槍を構え直す……だが
『グォ?!』
左足に力が入らず、身体が斜めにぐらつく。
目線を下げるとそこには、錆びた剣を股へと押し込むゴブリンの姿があった。
横に薙ぎ払った際、伏せて避けたゴブリンが居た。
そのゴブリンが、剣を刺した事により、オークの身体が傾く……崖の方へと。
『ブモォ?!!!』
必死に体勢を整え様とするが、重力には逆らえず、身体は放り出される……何も無い空間へと。
『ブモォォォォォォォオ!!!!!』
必死に伸ばした手は空を切り、何も掴めない。
目の端に妹の姿が見えた気がした……が、最早そんな事を言ってる場合では無かった。
『オォォォォォォオ!!!!!!!』
新たな世界を目刺し、策を弄したオークは、崖下へと吸い込まれて行く。
ーーー
数匹のゴブリンが死んでいったが、彼らには関係が無かった。
彼らの目はただ一つ、メスのオークへと注がれていた。
一匹の巨大なオークを崖下へと落とし、その勢いのまま進む。
さらに二匹のオークが目の前に迫って来たが、十を越えるゴブリンに接近され、組み付かれ食われた。
指を噛られ、耳を噛られ、数の暴力にオーク達の命は削られていく。
崖上の異常に気付いてオーク達が、急いで登って来るが、崖上へと顔を出すと同時にゴブリンに組み付かれ、そのまま縺れ合いながら、全員が落下していく。
その場に残ったのは、二匹のオークの死体と一匹のメスのオーク。
一際大きなゴブリンは、ニヤリと笑うと、メスのオークへと襲い掛かる。
暴れるオークを大人しくさせる為、ゴブリンは、彼女の手足に槍を突き立て、痛みに動けなくなった所を蹂躙する。
山の中腹では、哀れなオークの叫び声と狂乱するゴブリンの声が響く。
ーーー
暗くなり始めた山を三十匹にまで減ったゴブリン達が降りてくる。
その背には、手足を切り落とされてオークが、小さく泣き叫びながら引きずられていく。
さらに後ろには、オークの巨体な手足と、あちこちを噛られたオークの死体が引きずられていく。
ーーー
彼女の意識が現実へと戻ってくる。
いつもそうだ、どれだけ過去を思い浮かべても、最終的には引きずられて終わる。
意識が戻ると、自分の現状に嘆く。
石の台の上で犯され続ける自分の姿に。
だが、今日は違った。
何時もの様に、怒りも悲しみも、身体を噛られる痛みも気持ちの悪い感覚も何も無い、あるのは顔に当たる小さな光の温もりだけだった。
天井の一部に、小さな穴があった。
そこから外の光が届いてくる。
その光が、まるで彼女を暖めるかの様に降りぞ注ぐ。
朦朧とした意識の中、彼女は願っていた。
『一番目ノ兄ニ会イタイ』
っと。
何も感じる事の無くなった世界で、彼女は願う。
オーク族に神という観念は無かったが、彼女はひたすら願っいた。
せめて想像の世界だけでも……しかし、現実は非常だった。
顔に当たる光を遮る様に影が差す。
見たくも無いゴブリンの顔が、ニヤリと笑う。
まるで、彼女の最後の願いさえも嘲笑うかの様に。
彼女が最後に見た光景は、自らの顔へと迫る大口を開けたゴブリンだった。
『ガリッ』と音がした後、『ブチリ』と何かが切れる音が聞こえた。
最早、彼女の目には暗闇しか映っていなかった。
『兄……一番目の兄……』
暗闇の中、必死に兄の名を叫ぶ。
落ちていく意識の中、聞こえるのは、何かを咀嚼する音だけ。
彼女の願った死は、ゆっくりと訪れていく。
今回、自分で書いててイヤになった回した。
次回も……ちょっとアレな展開になります。
;´・ω・){困ったです……