大量だった様です
少々気持ち悪い表現があります、ご注意を
ダルビッポ山の山裾を多数のゴブリンが彷徨いている。
口からは涎を垂らし、ぎらつく目で周りを見る。
僅かでも動く物があれば、死に物狂いで飛び付く。
小さなネズミの様なモノを複数のゴブリンが奪い合う。
体の小さな個体が衰弱して倒れれば、我先にと食らい付く。
同類であっても獲物として扱う魔物達。
ダルビッポ山は、まるで地獄だった。
森の木々の間から、黒い棒の様なモノが抜けて来る。
まるで風に煽られて来た布切れの様に、ユラユラと揺れながら山を登って来る。
そう登って来る、それは生き物だった。
死の山となった場所を音も立てずに上がって来る。
飢えたゴブリン達の前を横をすり抜け、ユラユラと登って来る。
目の前に居るのに見えていないが如く動く『それ』は人だった。
手足だけではなく、体も枝の様に細い人。
胸元と思われる場所から見え隠れするのは『金のプレート』
彼はベンノの仲間、オルボアで数少ない「特殊スキル」持ちだ。
ハンターとして十年近く冒険をして来た彼のスキルは「隠業」、気配は完全に消し去る。
ーーー
彼がスキルに目覚めたのは六歳の頃だった。
聖王都の裏、スラム街で必死に生き抜く。
似た境遇の仲間と共に、残飯を漁り、盗みを働く。
そんな綱渡り的生活がいつまでも続く訳でも無く、ちょっとしたゴロツキに目を付けられ、仲間共々捕まってしまう。
意味も無い暴力に小さな子供が耐えられる訳も無く、一人、また一人と死んでいく。
彼もその一人になるハズだった……が
「あのガキ、何処行きやがった?!」
部屋の角まで追い詰められ「もう死ぬんだ」と、全てを諦めた瞬間、彼のスキルは発動した。
「隠業」「遮断」「隠蔽」、目の前に居るのに認識されなくするスキル。
その内の一つ「隠業」。
ゴロツキは焦っていた。
今、目の前に居たハズの子供が、見てる前で消えたのだ。
焦らないハズは無い。
見た目も気味悪いガキが霞の様に消える。
慌てたゴロツキは、その場を飛び出しスラム街に消えて行った。
いつの間にか発動したスキルは、知らぬ間に解除されていたらしい。
仲間の死骸の中、呆然とした彼の前に二人の人物が表れた。
「小僧、なかなか面白いモノを持ってるな」
背の低い小柄な男がそう言う。
「鍛え上げれば良いモノになりそうだ」
もう一人の背の高い男がそう答える。
彼ら二人は「盗賊ギルド」の幹部だった。
偶然、チンピラが逃げだした場面に遭遇し、興味本意で覗き込んだ、ただそれだけだった。
そんな二人の前で、スキルが解除され表れた子供に、驚愕と興味を持った。
そして彼は、盗賊ギルドでスキルの使い方を学び、ハンターとして冒険者登録をする事となる。
彼に与えられた役目は、冒険者ギルドでの情報収集。
人の目を引く外見でありながら、人に認識させなくするスキル持ち、そんな彼は、何時も聖王都の冒険者ギルドの酒場で一人、情報を集めていた。
誰も気付く事無い日々。
ただ、流される様に繰り返される日々を彼は酒場の隅で過ごしていた。
「よう、ここいいかな?」
「?!」
彼は驚いていた。
スキル発動中の彼を見つける事は容易では無い……ハズだった。
幼い頃は、不確定なスキル発動に苦労したが、現在では、半日続けていられる程上達していた。
そんな彼を見つけ、声を掛けてくるなど、あり得ない。
だから彼も一瞬で警戒する。
目の前の人物に。
「……銀クラス最強と言われるベンノ様が何の用?」
オルボアで久しぶりに表れた実力者、一年も満たず銅から銀に上がり、金に成るのも時間の問題と言われている程の冒険者。
自分とは違う世界の住人、盗賊ギルドが最も警戒するべき存在。
そんな人物が聖王都の冒険者ギルドに現れ、目の前に居る。
そっと腰のナイフへと手を延ばす。
勝てる訳が無い、だが何もしない訳にもいかない。
だが
「お前、面白いスキル持ってるな?一緒に冒険しないか?」
何を言われているのか分からなかった。
一緒に冒険?誰が?誰と?目の前でニヤケ顔のベンノを見る。
目は本気だ、だが……
「俺は戦闘力が無い、相手に気付かれないと言うスキルだけだ、役には立たない、他所へ行け」
彼は盗賊ギルドで色々と習った、だが、剣も魔法もダメと言う結果だった。
だから彼は、情報を集める「だけ」に特化した存在になった。
しかし
「戦闘力は俺達に任せろって、お前は斥候として役に立つ、絶対にだ」
力説するベンノに唖然とするしかなかった。
コイツは何だ?何を言っている?そう思うしかなかった彼だが、後日、盗賊ギルドから指示が来た。
『ベンノの仲間になれ』
と。
スキル持ちの自分をあっさり手放した盗賊ギルドに不信感を持ったが、指示であれば仕方がないと諦め、ベンノの仲間になる。
ベンノの仲間達も、隠業スキルを見破る程の実力者達だった。
ーーー
あれから十年、彼はベンノの仲間として金プレートを得る程に成長していた。
相変わらず戦闘力は低いままだが、彼の隠業スキルは上位の冒険者達の注目の的になった。
有名になった事で、盗賊ギルドからは距離を取られた。
此方から接触しない限り、向こうも関わってこないスタイルだ。
そんな事を考えながら、彼は洞窟入り口近くまで来ていた。
縦横五メートルは有りそうな洞窟入り口、そこは足の踏み場も無い程のゴブリンで埋め尽くされていた。
比較的小柄なゴブリンが、洞窟入り口で固まっている。
流石にスキルを発動していても、この中を突っ切る事は無理だった。
ぐるりと周囲を確認した彼は、洞窟の右斜め上にある孔を見つける。
高い位置にあるその孔は、人一人なら通り抜けられる大きさだ。
彼は、スルリと壁を登ると、その孔へと身を滑り込ませる。
頭の中で地図を作りながら、少しずつ奥へと進む。
どうやら高い位置にある事で、ゴブリン達が住みついている訳ではなかったらしい。
暫く進むと巨体な空間へと出る。
薄暗く生臭い空間は、高さ十メートル、横幅二十メートル、奥行きは暗過ぎて見えない程だった。
そんな空間を埋め尽くすのは大量のゴブリン、入り口にたむろしていた数など目でもない程のゴブリン。
そのゴブリン達は、地獄の宴を繰り広げていた。
広い洞窟の中央には、ピンク色の肉の塊が鎮座している。
いや、よく見れば肉の塊が上下している。
それはオークだった。
三メートルを越える大きさのオークのメスだ。
オークは、オスの方が小さい。
これは、オスが戦闘要員であり、その肉体を鍛えている為小柄になるからだ。
その逆にメスは大きくなる。
オークのメスは生まれ難い。
その為、メスが生まれると、オークのオスが至れり尽くせりで世話を焼く。
オークはメス中心の部族を作って生活している。
子が生まれ、それがメスであれば、部族を半分に分け、新な部族として生活していくスタイルだ。
そうして大事にされているハズのメスが、ゴブリンに捕まったいるなど、あり得ない話だ。
護衛のオークは、メスを守る為なら命すら投げ出す……ハズなのに。
だが、実際目の前では、ゴブリンに捕まっている。
ゴブリン大繁殖の元として。
しかし、それも終盤を迎えようとしていた。
オークの叫び声が洞窟内を木霊する。
喘いでいる訳ではない、死に物狂いの絶叫だ。
オークの周辺には、他のゴブリンよりも一回り大きな個体が居た。
装備もしっかりした個体、恐らく、冒険者から剥ぎ取ったのだろう。
それらは、オーク……と言うより肉の塊に埋る様にしながら腰を振っている。
ゴブリンの動きが止まる、そして次の瞬間、
「ベリッ」
「ぐごぉおぉおぉおぉおぉー?!」
何かが剥がれる音と共に、オークの絶叫が響く。
周囲には赤黒い液体が飛び散る。
「犯しながら食ってるのか?!」
そう、ゴブリン達はオークのメスを犯しながら、その身を食っていたのだった。
手足の合ったと思われる位置を少しずつ少しずつ削る様に食らう。
その様子を見て彼は『マズイ』と感じていた。
恐らく、今までこの洞窟のゴブリンは「性欲」が中心だったのだろう、だからこそ、ここまでゴブリンが大量に増える事となった。
だが、目の前のゴブリン達の行動は、「性欲=食欲」となっている。
このまま行けば、あのオークは死ぬだろう。
そして死んだ瞬間、この洞窟内のゴブリンが殺到し、その身を食らい尽くすだろう。
その後は?ヤツラにとって、この洞窟にジッとしている理由は無くなる、そして餌を求めて移動する、何処へ?森?今の森に、この数の魔物の腹を満たす餌は無い、そうすれば……
「人里へと降りてくる」
そう結論付ければ行動は早い。
素早く体を反転させ、来た道を戻る。
あの洞窟の広さから、二百匹のゴブリンがいたハズだ。
そして、各通路に溢れかえる程のゴブリン、下手をすればダルビッポ山だけで千を越えるゴブリンが居る事になる。
それが食料を求めて山を降りて来たらどうなるか……大都市であるオルボアなら、被害はそこそこだろうが……騎士も常駐しているし冒険者もいる、だが、辺境の小さな村は全滅するだろう、どれ程ゴブリンが弱いとしても、数で来られたらどうしようもない、そして、今更避難しても間に合わないだろう。
「明日か明後日と言う所か?」
洞窟から出て、オルボアへと走り出す。
急いでギルドに報告しなければ、多数の死者が出る。
千のゴブリンが動き出す前に。
なんか……ごめんなさい。