踊り疲れた様です
前回で貴族編が終わると言ったな?
あれは嘘だ。
( ノ;_ _)ノ{サーセン
壁に掛けられているランプからは、白い魔法の光が爛々と輝いていた。
『魔光石ランプ』と呼ばれる代物、大陸中央に住むドワーフ達が作る魔道具だ。
原理は簡単、洞窟内にある『魔光石』をランプに摘め、使用する時に魔力を込めるだけ。
とは言うものの、魔光石は強風に当たると一気に劣化してしまう現象が起こる。
その為、ドワーフ達は洞窟内に作業場を作り、風が洞窟内部を抜けない様にしながら慎重に作製している。
そうして出来上がったランプは、貴族や国が買い取り、室内用に重要な街道用に街中用にと、色々な部分に使われていた。
しかし、強風に当たっていなくても、完全密閉が無理なランプ内でも劣化はするらしく、高級品扱いになっている。
今回の社交界の様な場合、壁側に魔光石ランプが飾られ、シャンデリアには蝋燭、通路等には油ランプと様々な代物を使い、光源を確保している。
結果、会場内は魔光石の白い光にシャンデリアの黄色い色彩が混ざり、幻想的な光景へとなる。
ーーー
そんな会場で、楽団の音楽に合わせて十組の人々がダンスを披露していた。
それぞれが、パートナーと踊る様を周囲の人々が見守る。
暫くすると、一組、また一組とダンスを終了してテーブルへと赴く。
疲れた体を休ませる為、あるいは喉の渇きを潤す為に。
だが今回は違う、ダンスをしている一組を見る為に。
周囲の貴族達の視線は、その一組へと注がれる。
一人は、魔光石の光によって、さらに白く輝く銀髪を携えた男の子、そんな彼を見る女性達は、皆一様に頬を染め、優雅な足捌きに見惚れ「ほぅ」っと溜め息をつく。
聖王国第十一王子クルト、別名「微笑みの王子」と揶揄される末席の王子だ。
どの様な場であっても、決して微笑みを絶やさない彼を慕う女性は多い。もちろん見た目的な意味合いだが……
そんな彼と一緒に踊るのは、クルトとは真逆、魔光石の光すらも吸い取る漆黒の闇の様な黒髪を靡かせ、小さなステップで踊るリリーだった。
リリーを見る人々……貴族の目線は様々だ。
年若い男の子は、白と黒の幻想的なダンスに見惚れ、中年男性は、リリーの足や腰の細さを嘗める様に見る。リリーに近い女の子達は、見目麗しい王子と踊るリリーに嫉妬の目を向け、老人達は冷ややかな、或は悪意ある視線を向ける。
そんな二人は、周囲の事が目に入らないらしく、小声で語り合いながら優雅に踊る。
ーーー
「えっ?!冒険者?!」
「あの……そ……そうなんです」
一瞬、クルトの表情が変わる。
先ほどまで踊りながら、リリーに色々と質問していたのだが……少しづつ矛盾が生じ、ついにリリーが何も答えられなくなってしまったのだ。
追い詰められてしまったリリーは、仕方がなく本当の事を喋った。
自分は今回の社交界の為に雇われた冒険者である事。
自分は貴族ですらない、ただの一般人だという事。
それを聞いたクルトが、王族がどう反応するのか……突き放す?罵倒する?まさか手打ち?罪人扱い?
頭の中でグルグルと考えている内に、リリーは半泣きになっていた。
長年、祖父と住んだ家を出て……正確には「強制的に」追い出され、近くの村では誤解から逃げ出し、初めて見た街で貴族や王族と会う。
たった二週間で、自分の周りの環境が完全に変わった事。
そんな自分を心配してくれる人々、アベル達冒険者に宿屋のデボラ、そこに居た女性冒険者達、初めての仕事で出会ったベッティーナを初めとした貴族と言う本の中でしか見た事ない人々、そしてクルト王子。
貴族のフリをしながらダンスをする自分に不安を感じ、リリーはどうすれば良いのか分からなくなっていた。
顔が下を向き、ステップが乱れる。
それを見たクルトは、そっとリリーの腰に当てた手に力を入れる。
タイミングのズレたステップに対し、リリーを少し浮かせながらターンをする。
ふわりとした優雅なターン、見ていた貴族達が見惚れる程の動きを見せながら、クルトは
「そうか、君は普通の人だったのか、それは良かった」
そう語る。
その言葉にリリーが驚きの表情を向ける。
「えっ?良かったって……何故?」
ジッとクルトを見上げると、自然な笑みを浮かべている。
「君がもし、何処かの貴族令嬢だったら、どんなに僕が言っても呼び捨てにはしてくれなかっただろう?」
「そ……それは……そうかもしれないけど」
「僕が君に望んだのは、同じ年の君に普通に接してくれる事だよ、だから良かったと言ったんだ」
クルトの言葉に「きょとん」とした表情を向けるリリーだったが、少し考えるとクスクスと笑いだす。
「な……何か可笑しかったかな?」
「はいクルト……貴方のその……考え方がとても」
「そ……そうかい?」
「えぇ……ですが……とても嬉しいです」
リリーの言葉に動揺し、体勢を崩したクルトだったが、慌てない様そっと戻す。
「クルトはその……私にとっても……初めての友達……ですから……同じ年の……」
「?!」
初めての友達、自分が望んでいたモノと同じ事を言うリリー。
その言葉を心の奥底で繰り返す。
とても暖かい感覚にクルトの心は内震えていた。
曲がゆっくりと終わりを告げる。
「くるり」とターンをした後、ゆっくりと繋いでいた手を離す。
そこで、踊っていたのが自分達だけだったと気がつく。
周囲の人達が拍手をする……一部の人達は拍手どころか何か言いたそうな表情を向けて来るのだが……
クルトにエスコートされながら、空いているテーブル席へと移動する。
移動途中、何人かの貴族がリリーとクルト、それぞれにダンスを申し込んでくるが、リリーは息が上がっており、それをやんわりと断る。
クルトも断ろうとするがリリーと違い、令嬢達の強引な誘いに負け、ダンスの場へと繰り出されて行く。
ーーー
そんな二人を見守りながら、カタリーナは笑みを浮かべる。
「カタリーナ様?」
「今回来てくれたのがリリーさんで良かったわ」
隣に居たベッティーナにそう呟くカタリーナ。
「そう……ですわね、あの娘は良い娘ですから」
目を細めながら、席に座りジュースらしき物を飲むリリーを見る。
「カタリーナ様、もしさっきの騒ぎであの王子が強行手段に出たとしたら……どうしました?」
ベッティーナがリリーを見ながら質問してくる。
強行手段、カール王子なり何なりが貴族のルールを振りかざす。
たとえあの場でクルトが「許可した事」だとしても、誰かがルールを叫んでいれば……また王の元での糾弾会となっていた可能性もあった。
だが、カタリーナは慌てる素振りも見せなかった。
故に、ベッティーナもカタリーナが何かしら策があったと予想したのだろう。
「ふふふ、別にどうもしませんわ。ちゃんと下の名を名乗っていただけですわ……リーデンベルクと」
そこまで聞いてベッティーナは納得していた。
ーーー
カタリーナの実家であるリーデンベルク家は現在、次世代当主をどうするかで揉めていた。
カタリーナの兄が現当主を勤めるも、彼の子供達は娘しかいなかった。
この聖王国では、女性当主がいない訳ではない。
だが、未だに「当主は男性」との強い考え方を持つ者も多い。
リーデンベルク家は特にその傾向が強い。
その為、次世代当主に男の子を求めていた。
残念な事にもう一人の兄も、そして姉も、女の子しか生まれてこない。
そんな中、カタリーナは男の子を生んでいた。それも二人。
リーデンベルク家の前当主、カタリーナの父はそれを知るや否や、「一人寄越せ」と騒いでいた。
もちろん「はい、そうですか」と渡せる訳も無く、完全放置していたのだが……
ーーー
「今回、もし彼らが強気で来ていれば、次男をリーデンベルク家に入れるつもりでしたわ」
「次男?」
ベッティーナは困惑していた。
話の流れから、てっきりリリーを養子としてリーデンベルク家に入れるつもりだと思っていたのだ。
「もちろん、ただで入れるつもりはありません、息子に嫁を付ける予定でしたもの」
「あぁ~そう言う事」
つまり、「息子を跡取りとして欲しければ、嫁を一人付ける」と、しかもその嫁候補として
「リリーちゃんをと言う訳だったのね」
「えぇ、彼方は此方の条件を飲むしかない。私としては、息子の嫁には、私の目に叶った娘にして欲しかったから」
「なるほどね」
「でも、その心配も無かったわ」
カタリーナの視線の先では、グラス片手にクルトを見守るリリーの姿があった。
その横顔を見つつ「ほっ」と息を吐くと、
「リリーさんを娘に出来なかったのは、少々勿体なかったかもしれませんが」
「あらあら~リリーちゃんを娘になんて、面白そうな事を言ってるのですね~」
そう言って会話に混ざって来たのは、騎士団団長婦人のフリーデだった。
「この会が終わったら、是非私の娘にと思っていたのですけど~まさかカタリーナ様までもとは」
「まぁ、フリーデ様まで?」
「えぇ~、あの娘、とっても可愛いでしょ?だから、私の息子のお嫁さんにと」
まさか、カタリーナ以外でもリリーを狙う人が居るとは思っていなかったのだが、
「ふふふ~私だけではありませんわ~、エマ様もアンナ様も、きっと同じですわ~」
「まぁ、それは手強いですわ」
貴族であるカタリーナとは違い、フリーデは準貴族扱いになっている。
準貴族は、一般人でも功績ある者に贈られる地位。
フリーデの夫が騎士団団長で準貴族の為、フリーデも同じ扱いになる。
しかし準貴族は、普通の貴族の様な縛りは無い為、一般人であるリリーを「養子」や「息子の嫁」にしても、あれこれ言われる事は無い。
同じ事は、貴族御用達のドレスを手掛けるアンナにも言える事だった。
商人ギルド長は男爵の為、その妻であるエマは少々面倒になる。
もっとも、男爵位は一代限りの爵位の為、カタリーナ程の縛りは無い。
「まぁ、では皆してリリーちゃんの取り合いですわね?」
ベッティーナが嬉しそうに言う。
「あら~、ベッティーナ様もリリーちゃんを?」
「えぇ、私も跡継ぎを探していた所なんですのよ。リリーちゃんなら大歓迎ですわ」
「ふふふ、リリーさんは大人気ですわね。なら私も諦めませんわ」
カタリーナとベッティーナの視線が正面からぶつかる。
「カタリーナ様~ベッティーナ様、私達も負けませんわよ~」
おっとりしたしゃべり方をしながらもフリーデが参戦してくる。
「ふふふ、誰が選ばれても恨みっこ無しですわ?」
「えぇ~」
「もちろんですわ」
カタリーナの言葉にフリーデとベッティーナが頷く。
椅子に座っているリリーを見ながら
『でも、あの娘は誰も選ばない気がします。だって、とても優しい娘だから』
カタリーナは、誰も選べずオロオロするリリーを想像し優しく微笑むのだった。
ーーー
領主の館から一台の馬車が走っていた。
夜とは言え、ここは貴族街。
多数の街灯が道をうっすらと照らしている。
そんな道を早足より少し早い程度の速度で、馬車は進む。
見た目も豪華な馬車は、路面が悪い訳でも無いのに微妙に揺れていた。
耳を澄ますと、何かを壊す音が馬車の中から漏れてくる。
御者席に座る若い男は、そんな音に対して「ちらり」と一瞥すると、直ぐに視線を外す。
中に居る人物の「癇癪」などよくある事だとでも言いたそうにしながら。
馬車の中は酷い有り様だった。
クッションの類いはボロボロになり、内装にも切り跡が残る。
背もたれに体を預けながら肩で息をするのは第十王子のカールだった。
右手には儀礼用の剣を持ち、左手には酒瓶を持つ。
「くそっ!!」
そう叫ぶと酒瓶を床に叩き付ける。
飛び散った破片が手足を小さく傷付けるが、そんな事は気にもしない。
僅に曲がった剣を床に刺し、正面の椅子を睨み付ける。
夕方、異母兄弟であるクルトが座っていた場所だ。
「クルトぉぉぉぉー!!」
床に刺していた剣を素早く引き抜くと、クルトが居た場所に叩き付ける。
椅子の半分まで食い込んだ剣から手を離し、息を整えながら視線は宙をさ迷う。
怒りの視線は馬車の天井へと向けられる。
一人一人、暗闇の中に浮かぶ顔、そのどれもがカールを苛立たせた。
最後に浮かんだ顔は、カールの視線に怯えた目を向けるリリー。
「緩さない……絶対に緩さない……」
ぶつぶつと呟くカールの横顔は、少しずつ狂気の顔へと変貌してい行く。
次からは冒険者編になります。
……たぶん?
ω・`)ノシ