逃走後でした
遅くなって申し訳ありません。
( ノ;_ _)ノ
『どうしよう』
リリーは小走りになりながらも館の奥へと進んて行く。
王子に話し掛けられ、答える所か逃走してしまうなどベッティーナに何と言えば良いのか……
『あぁぁ~どうしよう』
涙目になりながらも進む先はどんどん暗くなって行く。
屋敷の南側のテラスを中心に、今回の社交界を行っている為、北側は人も灯りも少ない、そんな廊下をどんどん進む。昼前とは違う雰囲気の屋敷奥へと。
ーーー
「なんですって?!」
会場内にベッティーナの声が響き、周りが静かになる。
楽団も手を止め、会場中の視線を集めてしまう。
一瞬の静寂に気付いたベッティーナは、直ぐ様報告に来たデニスに小声で指示を出す。
「それでリリーちゃんの行方は?」
「現在、手空きの者に捜索する様指示を出しました、又、外の警備の者達にも見つけた場合、直ぐに連絡する様にしてあります」
「つまり、まだ邸内に居るって事ね?」
ベッティーナは口元を扇子で隠しながら小声で話す。
「分かったわ、こっちは何とかするのでリリーちゃんを早めに見つけて頂戴」
「はい」
頷いたデニスに対して
「まぁ、お酒が足りない?ならば、私の屋敷の酒蔵も全て開放なさい、今夜のパーティーで使い切ってもかまわないわ」
少々大げさな身振り手振りで指示を出す。周囲で聞き耳を立てていた貴族達は
「ほほう、流石はベッティーナ様、全てを出すとは」
「確か、ベッティーナ様の所には上物ワインがあると聞きましたが」
「それは楽しみ」
などと盛り上がる者や
「まぁ、折角のパーティーで足りなくなるなんて」
「ほほほ、下の者達も大変ですわね」
「準備不足かしら」
など、嫌みを混ぜる者もいたりとこのトラブルを楽しむ様な雰囲気になっていた。
ベッティーナにしてみれば、折角考えた企画で慌てる姿を見せる訳にもいかず、このような子芝居を打つ羽目になった。
そんなベッティーナをジッと見る者が居た。ワイングラスを片手に不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
現国王十番目の王子カールであった。何人かの貴族が話をしようと近づいて来たが、その不機嫌な顔付きから誰も彼もが一言二言挨拶をして去っていく。
気が付けば彼の周りは、ぽっかりと穴が空いたかの様に空間が出来ていた。
「ふん、好都合だ」
今回の目的は、『貴族との親交を深める事』ではなく『騒ぎを起こす事』であった。
ーーー
ここ『オルボア』領主『バルトルト』は現国王が若い頃からの親友であった。かつてバルトルトが聖王国へと見聞を広める為に滞在した際など同い年だった縁から一緒に行動し、下町へと勝手に抜け出したりと色々やらかしていた。
国王に就任しても「最も信頼出来るのはバルトルトだ」と言われる程であった。
口かさ無い者達は「バルトルトが王位を狙っている」などと讒言するも、王は
「バルトルトが望むのなら譲っても良い、あいつなら良き王になろう」
と言う程である。無論、その話を聞いたバルトルトが「例え如何なる事があろうとも王への忠誠は代わらぬ」と現王の前て臣下の礼を行い、更に長男を人質として差し出し、妙な噂の火消しへと躍起になっていた。
ーーー
そんな人物だからこそ好都合だった。
「アイツの顔に泥を塗るのに最も適したヤツだよ」
カール王子の幼い顔に張り付けた暗い笑みは、年相応のモノには見えないとても不気味なモノだった。
ーーー
「ベッティーナ様?」
「あらカタリーナ様、どうしました?」
騒ぎを聞き付けたカタリーナがエマとフリーデを連れてやって来る。
「い~え、何やら起こったのかと~思いまして」
口元を扇子で隠しながら何時もののんびりとした口調で微笑むフリーデだったが
「リリーを探すのでしょう?私達もお手伝いしますわ」
エマがこっそりとベッティーナに耳打ちする。一瞬怪訝な顔をするも直ぐ様笑顔を張り付け、
「あら、何の事かしら?」
「デニスの慌て具合から、もしやと思いましたの」
端から見れば何時もの仲良し組が優雅に会話を楽しんでいるように見えるのだが
「恐らくですが、私が行った方が良いと判断しましたの」
カタリーナが笑顔で呟く。その言葉を聞いたベッティーナであったが
「それはどういう事でしょうか?」
「実は……」
今回の社交界デビューにカタリーナの遠縁に当たる子が参加していた。その子から貴賓室でのクルト王子の件を聞き、ベッティーナの元へと来たのだった。
「残念ながらハンナ様は、馴染みの貴族達に捕まってしまい此方には来れませんでしたが、私達三人でも何とか出来ますわ」
カタリーナの言葉に暫く考えるベッティーナ。
ベッティーナは主催者側の人間である為、おいそれとこの場を離れる訳にはいかなかった。その為にデニス達に捜索を頼んだのだが……
「それに、私にはあの娘が何処に居るか何となく分かるんです」
カタリーナの真剣な眼差しをジッと見る、どう見ても冗談の類いには見えなかった。
「はぁ……」っと一つため息をつくと
「無理をしない程度にお願いしますわ」
っと軽く頭を下げる。それを手で制して
「大丈夫です、ですからどのタイミングであの娘を登場させるか考えて下さいね」
カタリーナが意地の悪い笑みを浮かべながらウィングをすると、ベッティーナが「ふふふ」と苦笑いを返す。
「さぁ~急ぎましょう、メインイベントが何時始まってもおかしくないのですし~」
フリーデが間延びした声を掛けて北側の扉へと歩いて行く。カタリーナ達もベッティーナに軽く会釈すると続いて行った。
ーーー
「カタリーナ様、リリーの居場所が本当に分かるのですか?」
エマが不思議そうな顔をしながら聞いて来る。リリーの居た貴賓室は南側に位置する、扉は北側を向いて居る、っとなれば、当然北側の何処かだとは予想出来るのだが
「領主様のお屋敷はかなり広いですわよ?」
「一部屋づつ開けて行くのですか~?」
エマの言葉にフリーデが続けて質問するが
「大丈夫です、リリーは必ず『その場所』に居るハズですわ」
自信満々に答えるカタリーナだった。
「だってそこは、リリーがこの領主の館に来て初めに入った場所なんですから」
ーーー
屋敷の北側の通路を数人のメイドが蝋燭を片手に行き来している。小声で「リリー様?」っと叫びながら各部屋を覗き込むが返事は無い、そのまま部屋の中に入り隅々まで調べる為どうしても時間が掛かってしまう。
そんな中をただ一直線に奥へと進むカタリーナ達だった。
正面に裏口へと続く小扉がある、カタリーナはその小扉の左側、衣装部屋と書かれた札のある扉をゆっくりと開ける。
そこは何も無い部屋であった。窓から差し込む月明かりと裏口の見張り用に用意されたと思われるかがり火が遠目に見える。
そんな殺風景な部屋の片隅にカーテンが揺れていた。窓は閉じているから風は無い、なのに断続的に揺ら揺らと揺れている。
カタリーナ達は音を立てない様注意しながら中へと入る。
部屋の奥から「くっ……ひっ……うぅ……」っと小さな嗚咽が聞こえて来る。
その声の方向に目線を向けると、カーテンの下から白い布が見え隠れするのを見つける。
エマが声をかけようと前に出るのをカタリーナが左手で制し、ゆっくりと歩き出す。
今度は足音を消さず「コツ、コツ」っと軽い音を立てる。
音がカーテンに近づくと『ビクリ』と一際大きく揺れて止まる。
カーテンまで二メートルの距離まで近づきピタリと足を止める。
目線は『ぶるぶる』と小刻みに揺れるカーテンに向けたまま。
「リリーさん」
カタリーナが声を掛ける。何時もの声、散々ダンスの練習の時に掛けた声。
「リリーさん」
再度呼び掛けると揺れの収まったカーテンからリリーがゆっくりと出て来る。その姿は酷いモノだった。
折角のスカートは、所々埃が付着していた。髪飾りは何処かに引っ掻けたのか、定位置からズレている。薄く化粧をした顔など手で擦ったのだろう、目元のアイシャドウが横に引き延ばされた様になり、更に泣き過ぎて瞼の上が赤く晴れ上がっていた。
「リリーさん」
「か……カタリーナ様……ごめんなさい……私、言い付けを守れなくて……その……王子様に……粗相を……」
ボロボロお涙を流しながらスカートの裾を握り締める。
「えぇ、全部知ってます」
「えっ?!」
顔を上げカタリーナを見るリリーに優しく微笑み掛けるカタリーナ。
「私の遠縁に当たる子も参加してたのです。下手に緊張させてはと黙ってましたが……その子から全部聞きました」
全部聞いたと言われ、暗闇でも分かる位真っ青な顔色になるリリー。
「ご……ごめんなさい……私……私……」
頭を下げて震えるリリーを見ながら
「リリーさん、貴族が大切にしているモノとは何だと思います?」
「た……大切なモノ?」
思わぬ言葉に顔を上げたリリー。
「普通の人とは違う、特別なモノです」
そう言うと、今まで見た事も無い素晴らしい笑みを向けて来た。
次は出来るだけ早く上げます。
;=ω=){こ……今度こそ……早く……