洗濯をお願いしました
午前中にアップする予定でしたが少々遅れました。
「まったく、女の子が火傷なんてするんじゃないよ、痕が残ったらどうするんだい!!」
ここは、デボラさんの経営する『白鳥の安らぎ亭』、その一階でリリーは手に包帯を巻かれていた。
「あ……あの……もう大丈夫……ですから……その……回復……」
「あん、回復?何だいポーションでも使ったのかい?」
「いえ……そうじゃなくて」
「ポーションばかり頼るもんじゃないよ、身体の自然治癒力が下がっちまうからね」
『回復スキル』の事を言いたかったのだが……
「ほら、これで良し、次から風呂を沸かす時はアタシを呼びな、いいね?」
「は……はい……あの……スミマセンでした」
「何で謝るんだい?」
リリーが顔を上げると、デボラが困った顔を向けている。
「いえ……その……色々迷惑を掛けて……」
そう言ってうつ向くリリーに飽きれ顔のデホラが
「まったく、アンタみたいな小さい娘が、変な気を使うもんじゃないよ!!」
そう言うとリリーの頭を優しく撫で、
「ここに来た娘は、みんなアタシの娘みたいなもんさ、だから遠慮する必要は無いんだよ」
「で……でも」
「ほらほら、もういいから、疲れてるんだろ?今日の所はそのまま休みな」
リリーの頭から手を離し、背中を押す。
「そこの部屋を使いな、受付に一番近いから何があってもすぐ駆けつけられるよ」
遠回しに『聞こえる距離だから変な事するなよ』って事なのだが……
「は……はい、あの……ありがとうございます」
そんな『遠回しの言葉』も分からないリリーは、素直に礼を言う。
「あっそうだ、宿代は一日銅貨一枚だからね」
娘であっても、そこはちゃんとしないとね、っとニヤリと笑うデボラだった。
ーーー
その部屋は、シンプルな個室だった。ベッドが1つと大きめのソファーが1つ、それだけしかない部屋。ただ、毎日掃除はしてるらしく、埃っぽさはまったく無かった。
小さな窓を開けて外の空気を入れる。
「はぁ~やっと落ち着いた感じ……」
リリーは、そう呟くとベッドへと倒れてそうになる……が
「……この身体じゃちょっと……」
五日間も森の中を走りまわったせいか、ローブには泥と埃が付着し、身体からは微妙な臭いが感じられた。
「お風呂……入りたかったな……」
ついボヤいてしまうが、自分のミスなのでと諦める事に。
「う~ん……せめて、身体を拭くだけでも……そのついでに洗い物も……」
リリーも女の子、やはり体臭は気になるらしく
「私、デボラさんに濡れタオル借りてくるわ、で……黒騎……クロノ兄にお願いがあるんだけど……」
ーーー
数分前、デボラの元にリリーがやって来て
「あの……濡れタオル……貸してもらえませんか?」
と言って来た。まぁ、長旅の後だから、身だしなみは気になるよね~っと考えていた所
『がちゃっ』とリリー達の部屋のドアが開き、黒い巨体が現れる。
「あ~確か、クロノって言ったかい、何かあったのかい?」
この無口な騎士にデボラは少々警戒していたのだが、
「……」
「?」
黒騎士は、手に持ったローブをデボラに見せるだけであった。
「ん?もしかして、洗濯したいのかい?」
汚れの目立つローブを見たデボラは、黒騎士にそう訪ねる。すると『こくん』と小さく頷きで答える。
『いや、口で言いなよ』などと思いながらも
「さっきの風呂場近くに井戸があるから、そこで洗いな、干場も近くにあるから使っても良いよ」
その言葉を聞いた黒騎士は、姿勢を正してデボラに深く頭を下げた後、中庭へと歩いて行く、足音1つ立てる事も無く
「へぇ~無愛想だけど礼儀正しいじゃないか、それになかなかの身体能力の持ち主だね~」
カウンターに頬杖を付きながら黒騎士の後ろ姿を見るデボラの目は、隙を伺う歴戦の戦士の目だった。
ーーー
部屋の中では、真っ裸のリリーが手桶から濡れタオルを出しては絞り、身体を拭く作業を繰り返していた。火傷していた右手も完全に完治し、包帯も外していた。
「クロノ兄大丈夫かな~問題起こしてないかな~」
上の空で身体を拭くが、その拭き方は雑としか言い様が無かった。
絞っては擦る、擦っては濡らす、デボラ辺りが見たら『肌が荒れる!!』と注意する事だろう。
「やっぱ見に行った方がいいかな~?」
まるでどっかのオヤジの様に、背中をゴシゴシと音を立てながら擦るリリーだった。
ーーー
黒騎士は考えていた。
目の前には井戸がある……が、その井戸から水を汲み取る為の桶があまりにも小さかった……いや、普通の人のサイズだった。
結果、黒騎士の大きな手で桶を持とうもんなら、恐らく『握り潰す』未来が予想出来た。
「……」
暫く考えた後『摘まんで持ってみたらどうだろう』と言う結論に至る、うん、そこまでは良かったのだが……更なる問題が目の前にあった。
引き上げ用の滑車である。
もし、黒騎士の力で、桶に付いている紐を滑車を通して引き上げたらどうなるか……結論、軽く引いたハズなのに、高速で引き上げられた桶が滑車に当たり、その振動で桶も滑車も空中分解、周囲に色々バラ撒いて、きっと怒られる……っという未来が見えてしまった。
ならばどうするか……
そう考えている黒騎士の後ろの扉から、一人の女性が出てきた。
この中庭は、四方を囲まれている為、どの方向からでも風呂場にたどり着けるよう、すべての方角に扉が設置してあった。
その女性も、黒騎士が入って来た方角とは逆側より出て来たのだが……
「ちょっと、そこの貴方、こんな所で何をやってるの?」
チラリと見るとそこには、こちらとデザインの違う白いローブの様なモノを持った少女が、左手を腰に当てて立っていた。
着ている服は、白い法衣に青い帯、胸には薔薇をモチーフにした小さなメダルが光っていた。大陸でも一二を争う勢力を持つ神聖教会の神官の出で立ちである。
その神官の少女は、怪訝な顔つきで黒騎士を睨んていた。
「返事をなさったらどうなの?」
「……」
しかし黒騎士は、軽く少女を見た後、興味を無くしたかの如く洗濯用の大タライを右手で持ち上げる、そして、まだ湯気がモウモウと立ち込める風呂場内へと入って行く。
「ちょっと貴方、私の質問はまだ終わってませんよ?」
険しい表情をした少女が黒騎士の後に続こうとし……
「げほげほ、な……何々ですの、この湯気は?!」
デボラが、熱湯になっていた浴槽を冷やす為、扉を開けっぱなしにしていたのだが、そこから漏れる蒸気を吸い込んでしまい、慌てて外に出てむせかえってしまう。
暫くすると、蒸気の中から平然と黒騎士が出て来る、井戸から汲むには問題が多い、ならば既に汲んである湯船から持って来よう……っと言うのが黒騎士の答えだった……右手に湯気の出る大桶、左手にはリリーのローブを持って。
「?!」
神官の少女は、黒騎士が左手に持つ白のローブを見ると
「貴方、その法衣は……まさか、泥棒?!」
どうやら、左手に持っているリリーのローブを自分の法衣と勘違いした模様……って言うか、自分の洗濯物を自分で持ってるクセに取られたと思うとは……だが黒騎士は、そんな少女を完全無視し……
『ザブッ、ゴシゴシゴシゴシ』
普通の人なら大火傷のお湯にローブを放り込むと、力を入れ過ぎないよう人指し指『だけ』で洗い出す、時おり『ゴリッ』だの『メキッ』だの、あり得ない洗濯音を出しているが……
「わ……私を無視するなんて!!」
ワナワナ震える少女はゆっくりと拳を握り、ゆっくりと正眼に構える、そして……
「聖なる力よ我が腕に」
小さく呟くと、少女の両手の拳が光だす。
少女は一呼吸置くと
「ふっ」
1つ掛け声を出し拳をつき出す、その早さは拳が霞んでしまう程であった……が
『ひゅん』
「なっ?!」
少女は驚いていた、目標の黒騎士は、自らの後頭部に迫っていた拳を『見る』事も無く避ける、片ひざを着いた体勢のまま……
少女は素早く拳を引くと、大きく後ろへと飛び退いた。
黒騎士の手足の長さを予測し、その範囲外へと移動したのだったが……
『この泥棒……出来る!!』
出来るも何も黒騎士本人は洗濯に集中しており、少女の相手をする気も無かったのだが……
そうやって、やっと洗い終ったローブを綺麗に四つ折りにすると、親指と人指し指の間で挟み込み力を入れる、その一摘まみでローブから大量の水分がボタボタと地面へ吸い込まれて行く。
完全にペチャンコになった衣類を風呂場近くにある台の上に置き、色々と汚れた細長い布のような物を取り出す。
それを見ていた少女が真っ赤な顔になる。
黒騎士の取り出した物、それは
「なっ?!貴方、それは私の下着?!」
細長い布地は所謂『紐パン』であった。
この世界にも下着はある。男性の場合、ふんどしに似たような形状のパンツか短パン、女性の場合は、上流階級はドロワーズ、一般人は紐パンであった。
そして、黒騎士の持っている物は『紐パン』、どう見ても女性用の大きさ、そして少女の勘違いは最早、冷静に視察して『自分の物より小さい』と判断出来ない程になっていた。
「こっ……こっ……この、ハレンチ者ぉぉぉー!!」
中庭に一際大きな怒鳴り声が鳴る響き魔力が高まり、少女の両手の輝きもさらに増す。
そして、その怒鳴り声と魔力の高まりに気付いた人達が、部屋を飛び出し中庭を見る、その中にはデボラの姿もあった。
「食らえ変態ー!!」
さっきまでとは違い、魔力による身体能力向上の呪文まで動員した全力のパンチを黒騎士に放つ、完全に後ろから最速最大の攻撃、当たれば最悪死ぬ……ハズの攻撃だったのだが
『とん』と言う軽い音が放った拳から聞こえ、視界が『ぐるり』と反転し、気が付くと空を見上げていた。
「はぁ?」
何が起こったのか判断が出来ない、自分のパンチは『あの黒い者』に当たったハズ……だった、なのに帰って来た衝撃は、鉄の兜を叩く音では無く、軽い木の扉にでもノックしたかの様な音だった。
そして視界の反転……。
後々、周囲で見ていた面々に聞いた所、黒騎士は頭部へのパンチを右手で受け止め、空いた左手で踏み込んだ脚を掬い上げるようにして少女を投げ飛ばしていたのだった。
「く……クロノ兄、何やってんのよ?!」
その場に居た全員が呆然としている所へ、騒ぎを聞き付けたリリーが『一糸纏わぬ姿』で現れ、更に混乱へと突入するのだった。
次回は水曜までには出す予定です。