北東へと走っていたようです
遅くなり申し訳ありません。
( へ;_ _)へ{続きです
バストラ領と魔法都市オードナルドの中間にあてる平原に、十人程の人達が居た。
内、八人は地に伏せ、苦痛に喘いでいる。
さらに見れば、地に伏せた八人は、その両膝が折れていたり何かしら重い物で押し潰されたかの様に潰れた状況になっていた。
そんな彼らの中心部分に二人、他者とは違う雰囲気の人物が居る。
身長二メートルを越える巨体に、元は白色だと思われる布を全身に巻き付けた様な姿の人。
布の隙間からは、艶の無い真っ黒い鎧が見え隠れする。
そんな彼の左肩には、同じ様な白色の布で全身を包み込む様な姿の少女が座っていた。
巨大な肩に『ちょこん』と座る姿は、見る人によっては微笑ましい事だろう……が、周囲でのたうち回っている人達は、恐ろしい者を見るかの如く、顔色を変え、涙でぐしゃぐしゃになった恐怖の顔で、這いずりながらその場を離れようとしていた。
「はぁ~……」
そんな彼らの動きを何とも言えない顔で見ながらも、長いため息をつく。
「やり過ぎです……黒騎士さん」
「……」
少女はそう言うと、自分の直ぐ右横にある兜部分へと睨み付ける。
チラリと見えた兜から覗く赤い光からは、全く反省する気も無いとでも言いたげな雰囲気が伝わってくる。
「はぁ…………」
再度、ため息を付くと、ゆっくりと頭上へと目を向ける。
顔を上に向けた事により、頭に掛かっていた布が後方へと下がる。
そこから出て来たのは、まるで闇夜の如き真っ黒な髪の毛だった。
この西方の国では見る事の無い髪色が、平原を抜けるそよ風にフワフワと流れる。
「これで三度目の襲撃、この辺って物騒……なんでしょうか?」
黒髪の少女リリーは、力無く呟くと、再度大きなため息をつく。
彼女の足元に這いつくばっていたのは、この周辺で少人数で行動する旅人や商人を狙う野盗だった。
ーーー
彼らは、ここから一~二キロ程北にある街道を通る人々の中から、『金目の物を持つ少人数の獲物』を襲う機会を伺う為、この平野部でジッと待っていたのだった。
平野部とは言うものの何も無い訳ではない。
小さい丘や数少ない木々もある。
そう言った場所に潜伏し、街道を通る人々を物色しているのだった。
実際、この周辺は、商人の街バストラと魔法都市オードナルドの間と言う事で、余所の地域よりも治安は良い所だ。
ただ、あくまでも『余所より』という言葉が付くが。
余所の地域であれば、野盗の被害だけでは無くモンスターや野獣の襲撃等もある。
それらに対し、商人や旅人が冒険者へと護衛依頼をするのだが、このバストラと魔法都市オードナルドの間の街道だと、聖王国の騎士団が定期的に巡回している為、それら護衛を無しに旅する無謀な者も多い。
そして、そんな『無謀な人々』を狙っているのが、彼女の足元で『両膝を粉砕されてイモムシの如く這いずり廻っている』野盗の方々だ。
彼らは、いつもの様にこの小高い丘から北の方の街道を見ていた。
旅人や商人は、この街道を東へ魔法都市オードナルドへと向かう。
それを待っていたのだが、彼らの目の前を通って行くのは、しっかりと護衛に守られた商人達だった。
一応、小型の馬車らしき物に三人の旅人という『美味しそうな獲物』も通ったのだが、その三人に関しては、しっかりと武装していた為、スルーしていた。
前後の遠くない位置に他の旅人が居たと言うのもあるが、何よりも荷物の少なさがあった。
小型の馬車には、精々数日分の食料程度と思われる荷物しか見当たらない。
彼ら野盗の狙いは、馬車一台に荷物を大量に載せた護衛の少ない、或いは護衛を付けていない商人なのだから。
のんびりと待っていた野盗達の中、見張りをしていた一人が声を上げる。
「お頭ぁ、あっちの方から何か来やすぜ」
「あん?」
部下に見張りを任せ、イビキをかいて寝ていた小男が体を起こす。
声を上げたのは、つい最近仲間になった男だ。
バストラの街近くで、そこそこ大きな野盗の群れに居たらしいが、騎士団によって全滅させられた為、ここまで命からがら逃げ延び、仲間になった。
特徴としては、ヒョロリとした体付きと、いつもニヤけている顔だ。
そのニヤけ顔が、西の方を指差していた。
確かに、西の方から近付く何かが見えた。
「てけぇな、モンスターか?」
遠目に見ても、それなりの大きさに見える。
このまま進んで来れば、今いる丘の南側を抜ける事になる。
徐々に見えて来るシルエットは二足歩行する姿。
「モンスターなら素通りさせる。人なら取っ捕まえろ。抵抗する様なら殺していいぞ」
「へい、よし行くぞ!!」
「新入りのてめでが命令してんじゃねぇよ!!」
ニヤけ顔の新入りを怒鳴り付けると周囲に居る他の部下に命令を出し、自身はそのまま街道の方へと仰向けに寝っ転がり目を向ける。
近付いて来るモノが何なのか分からないが、それよりも今の彼らにとっては『街道を通る獲物』だ。
「ったく、そろそろ携帯食料じゃなくてマトモなもんが食いたいぜ。まぁ、あっちはアイツらに任せておけば」
お頭と呼ばれた小男がそう呟いた時だった。
「おいおい止まれ!!こっから先ばけぇ?!」
「て、てめぇ!!何しやがばらぁ?!」
「こっち来るんじゃねべれぇ?!」
接近する何かを威嚇した部下の悲鳴が聞こえる。
それと同時に『ごきり』とも『くしゃり』とも言える何かを折る、或いは呟く音が響き渡る。
「何だぁ?!」
そう叫んで首だけで振り替えったお頭の目に飛び込んで来たのは、二メートルを越える人らしき巨体が、部下を蹴り倒し、その足をストンピングで踏み潰している所だった。
ご丁寧にも、両膝を確実に踏み潰す。
何の躊躇いも無い行動に、お頭の小男は腰に差してあるナイフを抜き体を右に捻りながら起こそうとする……が
『ごきり』
「くはぁ?!」
その捻った体勢を狙ったかの様に、丁度重なった両膝を真横から踏み潰される。
一瞬だった。
何も出来ないまま、この場に居た全員が逃亡出来ない様両膝を潰されていた。
ーーー
リリーは、黒騎士の足元でのたうち回りながらも、唯一無事な両手で匍匐前進をしながら逃げようとする襲撃者達を見下ろしていた。
彼ら襲撃者達のその服装は、お世辞にも清潔とも綺麗とも思えない、むしろ不潔過ぎて、何時水浴びなりなんなりをしたのかと聞きたい程の汚さだった。
何やら黒い垢の様なモノのこびりついた服にボロボロの革鎧。
武器にしても、刃こぼれが酷く、手入れも何もしていなさそうだ。
全てが、典型的な野盗の姿だ。
あのバストラの騎士団との衝突から十五日、黒騎士に『北東の魔法都市オードナルドへ向かう』様にお願いしてから、日中は疲れ知らずの駆け足で、夜は黒騎士の寝ずの番により、馬車移動する旅人以上の速さで駆け抜けて行った。
街道を走るには黒騎士は目立ち過ぎると言う事で、街道から少し離れた位置を走ってもらう様にしていたのだが……その結果、足元に居る野盗の様な方々に三度も遭遇する事になってしまったのだった。
最初の頃は、野盗とは言え、負傷した人々をどうするか悩んだりもしたが、その野盗が人殺しを平然とする面々だった事、更に、黒騎士を指差しながら声汚くに『絶対に見つけだして殺してやる』と罵っていた為、そのまま放置して走って来たのだ。
この辺りの治安が良いとは言え、野犬や狼の類いの様な危険な生き物も生息している事から、恐らく、途中で『不幸な出会い』をした野盗の方々は、彼ら野生の獣達のお腹の中にでも入ってしまっている事だろう。
運良く助けられたとしても、彼らを調べ上げれば、野盗としての悪評がバレ、良くて奴隷鉱山送り、悪ければ縛り首の運命だろう。
だからこそリリーは何もしない。
下手に治療して目を付けられるのも、逆怨みからの逆襲もいらない。
寧ろ、治療によって街道を通る無関係の人々に、今後も被害が出るかもしれないと考えれば、治療する事は悪手と言えるだろう。
結果、リリーは彼ら野盗を捕まえる事も助ける事もせず、旅を続けるのだった。
「まぁ……この人達も、自らを痛め付けた黒騎士さんに助けを求めるなんて事は無い……ですよね、多分?」
何とも言えない顔をしながらも、リリーは黒騎士に向かって進む様に促す。
目標は北東、魔法都市オードナルド。
世間が大変な時期ですが、体調にお気をつけを
ω=)ノシ