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彼は治療中だったようです

続きです。


( へ;_ _)へ{いつもながらの亀執筆です、すみません

黒騎士騒動から十五日、バストラの街はいつもの日常に戻っていた。

三日前までは、領主主導の騎士団がやられたと言う事で、商人を中心に不平不満が横行していた。


だがその後、街中での警備兵による都市内警備強化により、目に見えて治安が回復していった事で、街中での騒動も徐々に収まっていった。


「今の所、民の中で不安を煽る者達は出ていません」

「そうか、住民達も安定してくれたか」


そう言いながら、シンプルな出来のベッドの上で、包帯まみれの上半身を起こしながら報告を聞いていた男性が呟く。


「えぇ、住民も団長の事を心配しております」

「ふっ、それはどうかな?」


部下からの報告に小さく笑っているのは、このバストラ領の私設騎士団を率いるドレル団長だ。

彼は、両肩と右膝をへし折られながらも、半壊していた部隊を何とか建て直し、バストラまで連れ戻したのだった。

骨折による内部の痛みは、薬草程度では癒せない。

その為、バストラ帰還後、直ぐ様教会へと運び込まれ、神官による治療を受け、そのまま安静に過ごしていたのだった。


そして、完治するまでの間、唯一五体満足であった見習い騎士のカルン達に、街中の様子を探ってもらっていたのだ。

その結果、当初は騎士団に対する不満を口にする者達はいたが、バストラ領に対する不満の声は少なかった。

むしろ、領主とその周辺からの不満の声の方が大きかったが、カルンはその事を報告していない。


「団長」

「ん?何だ?」

「ヤツは……それ程強かったのですか?」


カルンの質問は、例の黒い鎧姿の大男、黒騎士の事だ。

カルン達にしてみれば、後方から追いかけられるだけで逃走する様な犯罪者に、団長含む騎士達が負けるとは思ってもみなかったからだ。

だが


「強かった。あり得ない程……いや、あれは人では無い」


遠い目を窓の外へと向けながら、その時の事を思いだす。



ーーー

突撃命令を出すと、ドレルは自身の乗る馬の腹を蹴り、走り出す。

総勢二十五名の騎士達が一斉に動き出すのはなかなかの迫力だ。

だが、それでも黒騎士は微動だにしない。

その場でジッとしている。


『ふむ?後方に逃げない所かガムシャラに突っ込んでくる事もしない……か。まさか、足がすくんだ訳でもあるまい』


走り出した騎馬の上から黒騎士を観察するが、まったく動揺している様には見えない。


『まあいい。動かぬのならこのまま押し潰すのみ』


先ほどまでの激昂した気持ちを抑え、脇に抱え込んでいた槍の柄を握り直すと、部隊全体へと目を向ける。

三方向からの突撃、逃げ場は後方のみのこの陣形で、今まで何人もの賊を仕留めてきた。


地上に居る者達にしてみれば、軍用の馬の大きさは二メートルから三メートル、この世界の人々の身長の平均が女性なら百六十、男性なら百七十の為、自身の身長よりも高い馬が全力で突進して来るのは、かなりの恐怖になる。

訓練された騎士達でさえも、重装備された騎馬の軍団が突っ込む姿に、思わず後退りしてしまう程だ。

訓練なんぞした事もない賊の類いであれば、恐怖の余り、一目散に逃げ出す事だろう。

ごく稀に、そんな恐怖心を克服するかの如く、迫り来る騎馬へと突っ込む者も居る。

生き残る可能性としては間違ってはいない、むしろ、後方へと逃げる方が下策だ。

全力疾走する馬から直線で逃げられるハズも無く、後方へと逃げる者達は、その背中へと容赦の無い攻撃が落とされてしまう。

これが、装備の整った軍であれば、大盾で守りを固め、その後方から槍衾で突進を止めるという手が使えるのだが、賊の類いにそんな事が出来る事も無く、普段であれば相手は蹂躙されるだけの存在になる。

後は、接近される前に弓を穿つ方法もあるが、接近する騎馬の迫力に負けない心境があればと言える戦法だ。


どう見ても今の黒騎士に戦う統べは無い。


『積みだ』


ドレルはそう思っていた。

もし、黒騎士が、その鎧の防御力を当てに前方へと突っ込んだとしても、体重三百キロ以上はある騎馬に踏み潰されるだろう。

更に言えば、その騎馬の上には大盾と長剣を持った騎士達が居る。

騎馬の足元を抜けようとしたり攻撃しようとしても、上に乗る騎士達に塞がれ、その剣の攻撃に晒されてしまう。

たとえ抜け出せたとしても、その後ろに控える槍によって串刺しにされてしまうだろう。

最後方には弓も控えている以上、数の上でも装備の上でも逃げる事は出来ない、そう思っていた……のだが。


「ぐはぁ?!」


それは突然だった。

黒騎士を視界の端に捕らえながら、左右の部隊へと速度を上げる様指示を出そうとした瞬間、前を走る騎士二人が、騎馬から蹴り落とされる姿が見えた。


「なっ?!」


半身を引いた姿勢から一息に前方へと飛んだ黒騎士は、盾を持つ騎士の左腕と長剣を持つ騎士の右腕を蹴っていた。

それだけで、大盾と長剣は真ん中から粉砕され、それを持っていた手首と肘が、曲がってはいけない方向へと曲がっている。


「なんたと!!」


そう叫んだのは誰だったのか、それは分からないが、騎士団長の前にいた二人の騎士が、あっと言う間に無力化されていた。


「団長!!」


左に居た部隊の前衛騎士が、馬首を変えてこっちへと走り出す。

それを待っていたかの様に、黒騎士の巨体が馬の背中から飛ぶ。

目標は左側の騎士、その盾へと向かって大きく飛ぶ。


「自ら飛び込んで来るだと!!」


斜め上から右足を大きく振りかぶった黒騎士が、咄嗟に掲げた大盾へと振り下ろされる。

鉄のひしゃげる音と共に、大盾が真っ二つに折れる、盾を持つ左手ごと。


「うがぁ?!」

「何ぃっ?!貴様ぁ!!」


左に居た仲間が、折れた大盾と一緒に落馬する姿を見て、右側の騎士が騎馬の手綱を引いて止めさせる。

右手の長剣を黒騎士へと向け様と振りかぶった時には、馬の上で姿勢を整えた黒騎士の正面蹴りを食らっていた。

くぐもった声を出しながら落馬した騎士の胸鎧は、大きく凹んでいた。


それはほんの僅かな時間だった。

瞬き一つで、次々と騎士が倒れる。


「バカな!!」

「何々だコイツは?!」


残った前衛の騎士二人は、思わず動きを止めてしまった。


「いかん、止まるな!!動け!!」


騎士団長の言葉に『はっ』となった二人だったが既に遅く、彼らの眼前に黒い塊が飛び込んでいた。


「くそっ!!」


自棄になった右側の騎士が剣を突く。

だが、突いた先にはもう黒い塊はいなかった。


「上だ!!」


左の騎士が大盾を上に向けながら叫ぶが時既に遅く、右側の騎士の肩に、黒騎士の大きな踵が振り下ろされていた。

『ごきり』とイヤな音を立て、馬上から騎士が落ちる。


「くそっ!!」


左側の騎士が、大盾を横に振り回す。

大盾の側面で、左に居る黒騎士へとシールドバッシュを繰り出したのだが、その盾は空を切る。

振り切った大盾に衝撃が走ると、騎士の体が宙を舞っていた。

大盾を持っていた左手は、肘と肩が変な方向へと曲がっている。


あっと言う間に六人の騎士が騎馬から落とされ、地面で悶絶していた。


「くそっ、コイツ!!」


彼ら前衛の後方にいた槍持ちの騎士達が、止めていた騎馬を再度走らせる。

腰だめにした槍によるチャージだ。


「ま、待てお前ら!!」


それを見て静止の声を上げた騎士団長だったが、それは遅かった。

黒い疾風が左右から接近する槍へと飛び掛かる。


しっかりと構えていたハズの槍が大きく弾かれ、その拍子に槍を持つ手があらぬ方向へと曲がる。

大盾の騎士と違い、互いにカバーし合う様距離を詰めていた事が(わざわい)した。

ひと呼吸で二人の騎馬の真ん中に飛び込み、左右へと蹴りが行く。

ご丁寧にも『槍を持つ手だけ』を狙って繰り出される蹴りに、手首、肘、肩を外され、又は折られた五人の騎士達が『どうっ』と音を立てて落馬する。

落馬の際も、馬の足元に近くならない様、横に蹴り出すと言う状況。


「手加減されている……だと!!」


流石にここまでくれば、この黒い鎧の騎士が普通では無い事が分かる。

どう見ても重量級と思われる全身鎧(フルプレート)が、まるで軽業師の如く舞うのだ、普通の訳がない。


そうこうしている間に、自分を除く槍持ちの騎士達が地に伏している。

残るは、後方に配置していた弓使いの三人と自分のみ。


だからこそ彼は決断した。

残った者達に撤退を指示しようと……だが


「!!」


『ゾクリ』とした感覚に、右脇に構えていた槍を手放す。

手を離したと同時に右肩へと衝撃が走る。


『ぐっ、蹴られた?!』


目の前で部下を蹂躙していたその蹴りが、自身の持つ右手へと振り下ろされていた。

槍を手放したお蔭で、手首は折れ無かったが、僅かにあった衝撃が真っ直ぐ右肩へと響く。


『外れてもいない、折れてもいないがこれは……』


手放した槍の代わりに手綱を離した左手が腰の辺りに差していたナイフを掴むと、斜め下から黒騎士の首の辺りへと投げる。

空中に居る上、視角の外からの攻撃、あの重装備では死ぬ事は無いだろうが、多少の牽制にはなる、そう思った攻撃だった。


「バカな!!」


騎士団長の放ったナイフは、ほんの少し、顎先をズラしただけで避けられていた。

自由の効かない空中で、それも一瞬の出来事だ、驚かないハズが無い。


そうしてすれ違った黒騎士は、飛び蹴りの姿勢から地面へと着地すると、地面を抉りながらその先へと飛ぶ。

そこに居るのは短弓を持つ騎士が一人。


「いかん、避け」


振り返った騎士団長が見たのは、短弓を真ん中からへし折られ、右肘へと横蹴りを食らって落馬する部下の姿だった。


「おのれっ!!」


罵りを上げながらも痺れる右手で長剣を抜くと馬首をめぐらせ、左手で手綱を握り直し、黒騎士の背後へと迫ろうとする……が、その時には既に黒騎士は右へと飛んでいた、逃げようとしていた見習い騎士の方向へと。


馬首を向けた時には遅かった。

そこには、顔を激痛で歪ませながら地面に向かって落下していく弓使いの騎士の姿だった。


落馬する姿を追いながらも黒騎士の姿を探す。


「あがっ!!」


その瞬間、後方で叫び声が上がる。

振り替えるまでも無い、最後の弓使いの騎士が黒騎士にやられたとのだと。


酷く冷たい汗が流れ落ちる。

例え見習いの騎士が相手だとしても、十五人からなる武装した者に、ここまで圧倒出来るハズが無い、そう思っていた。


背後から何かが迫って来る。

その感覚に、長剣を右上へと掬い上げる様に切り上げる。

自身の勘に頼ったその攻撃は、仰け反る格好をした黒騎士に避けられる。


ゆっくりと長れる光景に、団長であるドレルが目を剥く。

仰け反る格好のまま握りしめられた拳が、真っ直ぐに右手へと向かう。

長剣の柄で攻撃を受け止めるが、大きく弾かれた右手が『ぐきり』と音を立てる。


『手首が折れたか?!だが』


手綱を握る左手を離し、後ろへと流れそうな長剣の柄を握り直すと体重を掛けて打ち下ろす。

防御も何も考えない、ただ全力の一撃。

だが、それでも届かない。


『ごきり』と音を立て、左肩が後ろへと盛り上がる。

打ち下ろされた長剣の柄に、まるで蛇の様な動きで手元へと戻ってきたつま先で、手首ごと巻き込む様に蹴り上げてくる。

その蹴りの勢いを殺し切る事が出来ず、左肩が真上へと外れる。


「ぐあぁ!!」


両肩が外れた衝撃で後方へと流される騎士団長ドレルは、受け身を取る事も出来ずに落馬する。

意識が朦朧としながらも何とか体を起こすと、直ぐ傍らに黒騎士が立ち此方を見下ろしていた。

両肩の痛みを無視し、地面スレスレからの蹴りを放つ。

この両肩の状態では勝つ事は出来ない、ならばせめて一撃でも……と決死の覚悟での蹴りだったが、無情にも黒騎士の足元へと届く前に、その右膝を踏み抜かれる。

何の躊躇も無く踏まれた膝は、本来とは逆の方向へと曲がる。

もはや痛みを通り越した感覚に脳が危険を察知し、その意識を手放そうとする。


朦朧とした感覚の中、騎士団長ドレルは、黒髪の少女の姿と幼い声を聞いたような気がしながら気絶する。



ーーー


「……っとまぁ、これが私の覚えている限りの事だ」


騎士団長ドレルは、無表情で部下であるカルンに伝えると、『はぁ~』っと大きなため息をつく。


本来であれば、部下の前でして良い行動では無いが、彼としてもため息の一つ程度はつきたくなる状態だ。

どれだけ、対峙した黒騎士の強さを伝えようとも結果は全滅だ。

これが戦場であれば、自分も含めた部下全員が、今頃平野で屍を晒していた事だろう。


記憶の最後にあった『黒髪の少女』の事は誰にも伝えていないが、この異常な事態も、自身がバストラ領主へと送った報告書が、例え内容が自分の評価を落とす代物だったとしても、国王の元まで伝われば、あの『凶悪な黒騎士』もすぐに捕まる事だろう、そう思っていた。


「……」


そんなドレルの横顔を騎士見習いのカルンは何とも言えない顔で見る。


ドレルは知らない。

彼の雇い主であるバストラ領主は、自分の恥になると思い、ドレルからの報告書を握り潰していた事を。

さらに、騎士団全員に箝口令を敷き、被害を受けたとされる商人に何も知らせていない事を。

その結果、黒騎士の逃亡に、未だ何の追っ手も掛かっていない事を。

バストラ領民は、バストラ領主が『凶悪犯罪者は領外へと逃げていった』と言う言葉を一切信じていない事を。

不安こそ無くなり落ち着きを取り戻したバストラの街だが、バストラ領主と騎士団への不信感が増大している事を。

彼、騎士団長ドレルは知らない。

世間は大変な事になっているようで。


ω=)ノシ{お体にお気をつけを

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