偽装工作を行っていたそうです
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もうすぐ昼時になろうかという時間、バストラ冒険者ギルドの一階で、白い法衣に青い帯姿の金髪の少女が、椅子に座っていた。
少女の視線の先には、たった今、ギルドマスターの部屋から『まるで追い出されたかの様な』感じの執事の格好をした人物が歩いている。
三十代と思われる執事は、フラフラしながらも手に持った書類を大事そうにしている。
丁度タイミングよく……この場合悪く?……ギルド内に入ってきた目付きの悪そうな三人組に肩が当たり、背後へと倒れてしまう。
当たられた格好になった冒険者がチラリと目をやる。
目が合った瞬間、「ひいぃ?!」っと悲鳴を上げながら、逃げて行く執事。
その逃げっぷりは、まるで巨大なモンスターと出会ったかの様だ。
あまりの事に唖然とする冒険者達だったが、無理に追いかける事もせず、ただただ首を傾げながら、ギルド奥のバーの方へと歩いていく。
そんなやり取りを見て『くすくす』と小さく笑う少女。
笑う度にフワフワとした金髪が、背中でユラユラと揺らめく。
「楽しそうねケーテ、こっちが忙しく動き回っているのに」
そう言って背後から近付いて来たのは、緑色に塗装された皮鎧を着たエルフだ。
銀色のストレートヘアーが肩口で切り揃えられている。
切れ長の目線は獲物を狙うかの様に鋭いが、彼女の事をよく知る人にしてみれば、この目線の時はただ『眠いだけ』だったりする。
「そうそう、こっちはこの数日、睡眠時間を削ってまで情報集めしてたっていうのに、じゃなかった、いうのに『にゃ』」
そのエルフの背後からヒョイっと出て来たのは、ショートボブカットの女性だ。
エルフの女性と同じデザインの皮鎧を着ており、こっちは色がグレーだった。
その鎧の後ろ側に、茶色い毛の尻尾がユラリユラリと揺らめいている。
獣人族と呼ばれる種族で、この聖王国では二番目に数の多い猫の獣人族だ。
そんな二人は、金髪の少女のテーブルの席に着く。
右手には飲み物の入ったコップ、左手には炙った豆の乗った皿を持っていた。
「今から昼食?」
「そんな訳無い、これが朝食」
「ケーテと違ってナルと私は忙しかったの、あっ忙しかった『にゃ~』」
「ポー、もうその喋り方は止めなさい、ってか諦めなさい」
金髪の少女修道士のケーテの言葉に、ハンターのエルフ、ナルルスが豆をつまみ上げて口の中に放り込む。
同じ様に豆を口にする猫の獣人族でハンターのポーリーナが、相変わらずの語尾を付けようとしてナルルスに文句を言われている。
「それよりもケーテ、状況は?」
飲み物の入ったコップに口を付けながら聞いてくるナルルス。
生温い果実酒が喉を滑り降りて行く。
「ついさっき、領主の所の執事長が来てましたわ。でも、あの慌てぶりでは何も聞き出せなかった様ね。むしろ脅されでもしたのかしら?無様な姿で逃げ出していましたわ」
くすくすと小さく笑うケーテの姿に眉を潜めるナルルス。
「その喋り方、何とかならない?何だか違和感がある」
「あらあら、ナルルスはポーリーナだけではなく私の喋りにまで文句を付けますの?」
「……お願いだから『普通』にして」
「丁寧に話してるのに嫌がられるのはおかしいと思うわ」
「リリーと話してる時は年相応だった。あれでいい」
「はいはい。それで、そっちはどう?領主様の動きは?」
大きくため息を吐くケーテだったが、口調を変え、少し声音を下げてナルルスに聞き返す。
「昨日と変わらない。部下に怒鳴り声を上げるばかり」
そう言うと、肩を竦める仕草をするナルルス。
その動きに合わせて銀色のストレートヘアーがユラリと動く。
「あの領主、商人ギルドからの突き上げに辟易としてるみたい『にゃ』。執事もメイドも下働きの下男もオドオドしっぱなし『にゃ』」
ヒョイヒョイと炒り豆を口にするナルルスとは逆に、一粒一粒『フーッフーッ』と冷ましては口にするポーリーナがそう言う。
昨日からナルルスとポーリーナは、バストラ領主の動きをジッと伺っていたのだが、ポーリーナの方は、さっさと屋敷の人達に接触し、色々聞いていたらしい。
本人曰く、『執事長は無理だけど、それ以外の人達はお喋りっぽかったからね~、あっ『にゃ~』』っとの事。
「ポーはもっと慎重に動くべき」
「ナルみたいに呑気には動けないわ、あっ動けない『にゃ~』」
そんな何時もの言い合いになる二人。
ケーテを中心に三人が何をしていたかと言うと、リリーと黒騎士の動きの正当化だった。
普通に調べ上げれば、拐われたリリーと拐った黒騎士ことクロノが、五日前にこのバストラの街へと入った事が記録されていると分かる。
その状態で、リリー達が『五日後の今、この街中で見かけない』となれば、二人の関連性を調べられる恐れがある。
調べられたとしても問題は無いのだが、リリーの今の立場が色々絡んで来る。
リリーが『リリアーナ・アフィレス』として冒険者ギルドに登録されている現在、その話は『アフィレス家』へと行ってしまう。
そうなれば当然、『女傑カタリーナ』が出て来る事になってしまう、それだけは避けたい。
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そう言うのも、実は『修道士ケーテ』、カタリーナからの依頼で『リリーの護衛兼報告係』を請け負っていた。
そもそも、リリーと黒騎士の二人旅を危惧していたカタリーナは、アフィレス家の騎士団を連れて行かせようとまでしていたのだが、さすがにそれは不味いと夫に言われていた。
他領に騎士団を送ると言う事は、例え通過するだけであっても揉め事に成り易い。
そこでカタリーナは、昔の伝を頼って元女性冒険者でもあったデボラへと依頼を出していた。
曰く『信頼出来る者に義娘の護衛をして欲しい』と。
丁度『教会の不手際』でオルボアを一時離れようとしていたケーテがいた為、その話が来たのだった。
ちなみに、報酬は月に金貨一枚、ただの護衛としては破格の値だった……のだが。
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「なんでオルボア出て五日程度でこうなるのよ!!」
バストラ到着早々、そう言って頭を抱えるケーテ。
「これ、どう考えても報告出来ないわ」
「そうだな。下手をすれば責任問題になるな」
リリーと黒騎士が南の門から逃走したと聞いて、直ぐ様冒険者ギルドへと戻ったケーテは、ナルルスとポーリーナに助けを求めた。
『出来れば今回の件を無かった事にしたい』と。
「う~ん、そう言っても……もう大事だし」
「そこを何とか、ね?ナルルス」
「う~ん」
暫く考えていたナルルスだったが、そこで考えついたのは『リリーと黒騎士ことクロノは、この事件の次の日にバストラを出て行った』とする事だった。
所謂『偽装工作』だ。
普通であれば無理とも言える。
街の出入り、特に冒険者の様な者達程厳しい。
「だからこそ、このタイミング」
とはナルルスの言。
バストラの街は現在大混乱中だ。
恐らく、明日早朝からでも旅途中の商人を中心に南門以外が大混雑するだろう……と。
実際、翌日の早朝、日の出の前から南門以外は大量の人だらけだった。
あんな事件があったのだからと、皆我先にと出立しようとして、馬車も人も長蛇の列を成していた。
そんな中ケーテは、冒険者として東門から出る手続きをしていた。
そこに書かれていた名前は『ケーテ、ナルルス、ポーリーナ』少し間を開けて『リリー、クロノ』だった。
門番が、他のメンバーがいない事に気付き、不審な目を向けて来たが、少し離れた所にいたナルルスとポーリーナが、人混みの向こうから門番に手を振った事で、『この混雑のせいで、メンバーがバラバラになってしまった』と印象付ける事も行った。
勿論、本来であれば、全員を門番前に集めてギルド証を直接確認する所なのだが、彼女らの後ろには沢山の人。
少しでも早く捌けさせようと、ケーテを門の外へも追いやる。
立ち止まる事も無く門外へと出ると、後続のナルルス達を待つ。
冒険者の一団がゾロゾロ出て来ると、その中からエルフと獣人族の二人が、ヒョイッと出て来る。
ナルルスとポーリーナは、わざと大人数の冒険者達に紛れ込んで出て来たのだった。
ナルルスとポーリーナは、素知らぬ顔でケーテと合流すると、そのまま城壁沿いに北上し、途中な生えている薬草を摘んでいく。
彼女達は、バストラの外へ出る偽装工作に『薬草採取』を選んでいた。
儲けは度外視しての行動だ。
そのまま北の門まで行き、バストラ内へと戻る。
これで、リリーとクロノは、バストラの街を『正規の手続きで出て行った』事になる。
もしも、門番の誰かが記憶していたとしても、直接確認していない以上、ケーテ達はリリーとクロノを含めた『五人組』では無く『三人組』だったと言い張れる……っと言う予防線を張っていたのだが。
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「領主の初動の遅さに救われたわ」
「そうね」
「そう『にゃ』~」
ケーテ達の行った偽装工作は、領主の冒険者嫌いのお陰で無駄足となったのだった。