飛び越えたようです
明けましておめでとうございます。
( へ;_ _)へ{今年もよろしくお願いします
真っ暗な場所に閉じ込められたリリーは、何やら柔らかいモノに顔を埋め、思わず『ぶにゅっ』と言葉にもならない叫び声を上げる。
その真っ暗な場所は黒騎士の胸の中、ゴブリン討伐の際は、内部の空洞で跳び跳ねまくって鼻血を出したのだが、今回は違う。
柔らかい布に顔を押し付けられた状態でもがいているだけだ。
っと言うのも、カタリーナの元から出る際、冒険者としての手荷物が何も無いのが大問題だと言われ、色々準備したのだった……カタリーナ指示の元、アフィレス家のメイドさん達が。
当初用意された荷物は『何処の登山家が何ヵ月も掛かって山登るのか』と言われそうな程の荷物量だった。
身長二メートルを越える黒騎士の背中から、縦にも横にもはみ出る程の大荷物。
しかも、その荷物の大半が『リリー用の衣装』だったからさあ大変。
やれ『貴族に会う際用のドレス』だの『王族に会う際用のドレス』だの『普段着る為のドレス』だの、殆どがドレスだった。
リリーが『冒険者用の衣装を』と涙ながらにお願いした事により、渋々ローブを用意してくれた……のだが、そのローブにしても、明らかに高級品と分かる代物だった。
何とか説得をして、ギリギリ『高級品かな?』と思われるレベルのローブを三着とドレス二着で妥協してもらった。
とても不満そうなカタリーナとメイド達だったが、リリーから『あまり目立つ代物では、逆に怪しい人達に狙われる恐れがあります』と言われた事で、何とか折れてくれる事となった。
その際、カタリーナが『これが娘にワガママを言われる感覚なのね』と、嬉しそうに言っていた事は聞かなかった事にした。
こうして、半場無理やり渡された衣装と、大量の保存食を持ってアフィレス家を出た後、コッソリと路地裏で、その荷物を黒騎士の鎧の中へと仕舞うのだった。
そのまま黒騎士に背負わせてても良かったのだが、どうにも多過ぎる荷物が逆に悪目立ちする気がしたので、必要最小限の食料と水のみを背負い袋に積めて、残りは黒騎士の鎧の中へと入れたのだった。
特に、使い道が当分無さそうなドレスとローブを綺麗に畳んで袋に入れて積み重ねた為、パッと見、黒騎士の胴体内に少々不恰好なクッションが敷かれている様に見えるのだった。
ついでに、長持ちする保存食を左右に置き、背中部分の内側に、リリー用に作られた大量の下着類をいくつかの小袋に入れて積み上げている。
これらは、カタリーナが冒険者をやっていた際『どうしても下着類だけは頻繁に代えたい』と思った経験からとの事だった。
流石にその思いを無下にする訳にもいかずもらったのだが、普通に毎日着替えても一月は保つ量に、リリーの頬が引きつるのだった。
そして今、黒騎士の中に『ぽいっ』と放り込まれたリリーは、その荷物の真ん中に顔を埋める様にしながら埋まっていた。
前回のゴブリン騒動の時と違い余り隙間が無く、精々小柄なリリーが体を入れ替える程度の間だ。
逆に考えれば、どんなに激しい動きをされても左右に振り回される事は無い……ただし、上方向を除く。
そんな状態でも文句を言おうと顔を上げようとしたその時、リリーの背中側から圧力を受けて『うにぇっ?!』っと謎の言葉を吐いてしまう。
正座をした状態で背中を足で踏まれた様な感じとでも言うのだろうか。
タイミング悪く顔を上げてしまった為、下着類の入った袋に顎が沈み込んだ状態だ。
そのまま背中から頭まで、押さえつけられるかの様な姿でもがき苦しむリリーだった。
ーーー
リリーが妙な姿勢で押し付けられていた頃、黒騎士はと言うと……リリーを体の中に入れたと同時にアーマーを閉じ、猛然と走りだしていた。
目標は南側、板壁。
一歩目を立ち上がる動作と共に入れる。
二歩目は一歩目よりも大きめに取る。
そして三歩目、前傾姿勢のまま全力疾走に移行する。
それなりに広いはずの屋上をあっと言う間に走り抜ける。
階段部屋から飛び出してきた警備兵がそれに気付き後を追ってくるが、もはや追い付く処の話では無かった。
ーーー
この時点で警備兵側の指揮官は慌てていた。
彼の予想外の方向に黒騎士が走り出していたからだ。
建物に入る前、彼は部下に指示を出していた。
『周囲の建物の屋上に、それぞれ四~五人ずつ配置しておけ』と。
これは、指揮官の予想では、自分達が上に上がれば、また建物の屋根上を跳び跳ねて逃げるだろうと思っていたからだ。
東側は、十メートル程の幅の道を挟んで、同じ様な建物が立っており、飛び越えるには助走が必要になる。
彼らの元に入って来た情報によると、同じ様な大通りを何本か飛び越えたと言う話があり、可能性として警戒するしかないと判断していた。
だが、逃げるだけなら北側と西側が一番ありえる逃走経路になる。
何しろ、それぞれに建物の幅は、広い所でも四メートル程度で、普通の人でも怖じ気付かなければ問題無く飛び越えれらる。
南側は論外、そもそも建物も無く、十メートル幅の道に三メートルの木壁、その先は平地と飛び移ると言うより『飛び降りる』と言った言葉が似合う様な場所だ。
こんな高さから飛び降りれば、どれだけ頑丈であっても死は間逃れないだろう。
そう考えていたからこそ、北と西の建物、そして一応の為、東の建物の屋上に兵を伏せておいたのだが、黒騎士の逃走方向はまさかの南側だった。
『逃げ切れないと知って死ぬ気か?!』
指揮官だけでは無く、その場に居合わせた警備兵達も『自棄になった逃走者が自殺を計った』と判断していた、してしまった。
もちろん、そんな事を魔法生物たる黒騎士が考えるハズも無く。
ーーー
『ダン・ダン・ダン』と一定の音を立てながら疾走する黒騎士は、そのまま建物南側端に到達すると、何の迷いも無くその身を空中へと踊らせた。
後ろで警備兵達が息を飲む声が聞こえた気がするが無視。
そのまま空中を斜めに落下して行く。
建物下から見ていた警備兵達は、巨大な黒い鎧が落ちて行く様子を目を大きく見開いて見る。
落下先にあるのはこのバストラを守る板壁であり、警備兵達は、板壁に体当たりした後の事を予想する。
『あんな高さから当たれば、体はグシャグシャになってしまうだろう』と。
そう思った彼らの目の前で黒騎士は、三メートルの高さの板壁の上に、器用にバランスを取りながら着地する。
着地すると同時に膝を曲げ勢いを殺す。
流石に殺し切れない圧力に、足元の板壁が『ミシミシ』と音を立てる。
その姿勢のまま大きな体を縮め、次の瞬間には爆発したかの様に左足を伸ばす。
遂に耐え切れなくなった板壁が砕け散るが、黒騎士の姿はまた空中に舞う、その先は真っ暗な世界。
屋上から身を乗り出す様にして見下ろした警備兵達。
彼らの目の前で、黒い鎧が南側の平地に降りてそのまま走り去る姿が見えた。
三階建ての建物屋上から降り、十メートルの幅の道を越え、三メートルの高さの板壁を足場にバストラを脱出する、その現実に全員が動けなくなっていた。
「そんな……バカな……」
誰かの呟きが、暗闇の中、やけに大きく聞こえた。




