バストラのその後
「うっ……胸が……暖か……い?」
左胸を中心に、日の光を浴びてる様な暖かい感覚に、徐々に意識が覚醒していく。
ゆっくりと瞼を開ければ、そこに居たのは金髪の女の子、年は十四~五と言う所だろうか。
フワフワとした髪の毛とは真逆に、少々ツリ目気味の意志の強い眼差しで此方を見てくる。
『何処かで見た様な気がする』と、未だに朦朧とした状態でその眼差しを見返していると、急に呆れた顔に変化し、大きなため息を付く。
「まったく、リリー以外には興味も無いって所でしょうか?失礼な暗殺者ね」
最後の言葉は小さく、此方に聞こえるギリギリの音量だった。
「ぐぅっ?!」
反射的に右手を動かそうとしたが、肩を中心に激痛が走る。
「私を殺そうとしても無駄よ。今の貴方、クロノさんにやられてボロボロなんだから」
その言葉に、朦朧としていた意識がハッキリとする。
そうだ、俺は『あの黒い鎧の大男、クロノとか言う銀級冒険者と戦った』のだと、そして……
「俺……は……負け……たの……か?」
「さぁ?私達が駆け付けた時には、既に貴方はボロボロになってましたし」
肩を竦めた金髪の少女、修道士のケーテは、ウィルの左胸に乗せていた手を離しながらそう答える。
ーーー
ケーテが神殿にてこのバストラの街での情報を色々集めて冒険者ギルドへと戻ってみれば、入り口辺りから大騒ぎになっていた。
何があったのかと誰かに訪ねようとしていたら、ナルルスとポーリーナが血相を変えて走って来たのだった。
冒険者ギルドに煙幕が張られ、その隙にリリーが拐われた……と。
その言葉に『貴女達は何をしていたの』との言葉をグッと飲み込み、小さく深呼吸してから詳しい話を聞く。
すると、二人が受付に行っている間に煙幕が張られ、大騒ぎ担ったと。
直ぐにリリー達の元へと向かったが、混乱するギルド内、右往左往する人によって行く手を塞がれ、やっと煙が薄まったと思えば、肝心の合流場所には、黒騎士が背中に背負っていた大盾とマント、それにリリーが付けていたマントだけが残っていたらしい。
それら荷物を手にギルドから出て来た所、ケーテが居た……と。
「兎に角、リリー達を探しませんと」
ケーテがそう言った時だった。
通りを行く人々が、『黒い鎧の大男が、裏通りで暴れている』と言う声が聞こえて来る。
『まさか?!』と思って駆け付けてみると、ボロボロになって壁際に座り込んでいるウィルと、その眼前に悠々と立つ黒い鎧の大男クロノ、そして、左手に抱えられグッタリとしているリリーの三人が居たと言う事だ。
ーーー
そこまでの話を簡潔にウィルへと話すと、急に『はははっ』と無邪気に笑い出す。
怪訝な顔をしながらケーテが見る。
周囲で治療に当たっていた人々も、笑い出したウィルに困惑の目を向ける。
「そうか……俺の技は……何一つ……通じなかった……か」
「さぁ?そんな事知らないわ。貴方が血塗れになって倒れていた事が全てでしょ?」
小さく咳き込みながらも楽しげに笑うウィルに、ただただ呆れた顔を向けるケーテ。
「まぁいいですわ。貴方のせいで私達もバラバラにされてしまいましたし、『善意の治療』はここまでですわ。後は『貴方のお仲間』にお願いしておきましょう」
そう言うとケーテは立ち上がり、ウィルの側から離れて行く。
それと代わる様に、四人の男達がやって来る。
「ウィル、お前、大丈夫カ?動けるカ?何処か痛い所は無いカ?」
「り、リーダー?」
口早にそう言うのは、自身が隠れ簑に使っている冒険者パーティー、そのリーダーだ。
その後ろには、他のメンバーも居る。
全員が口々に『無事か?』と聞いて来る……が、ウィルは困惑するしかなかった。
何しろ、そこまで親密な関係では無かったと思っていたからだ。
そんなウィルの両手を『がしっ』と掴むマッチョハゲのリーダー。
「大丈夫なんだナ?良かっタ」
「痛ててて、ちょっとリーダー、俺、腕の骨折れて……ない?」
リーダーに掴まれていた自分の腕に視線を落とすが、そこには『愛用の籠手を外され、傷一つ無い腕』があった。
「俺の腕は、間違い無く『握り潰された』ハズなのに……何故?」
ぼそりと呟いた言葉は、無事を確認した仲間達には届かなかった。
ただ、ウィルは呆然と仲間達を見る。
自分の身を偽る為の仲間、それがこんなにも心配してくれているとは……と、ただただ困惑するだけだった。
ーーー
「それで、これからどうする?追いかける?」
無事を喜ぶウィル達に、冷ややかな目線を向けていたエルフのナルルス。
そのナルルスの言葉に
「追っかけるって言ってもどうやって?それに、どっち方向かも分からないし……あっ、分からない『にゃ』」
わざわざ語尾を『にゃ』に言い返す猫系獣人族のポーリーナ。
「ポー、何で普通のままで喋らないの?」
「それが獣人族のポリシー『にゃ』」
「わざとらしいと言ってるの!!」
「じゃあ、自然に喋れる様努力する『にゃ』」
「そうじゃないでしょ!!」
まだまだ騒ぎが収まらない街中で言い合いをする二人に、深いため息を付くケーテ。
「今、私達に出来る事は、あの二人と早めに合流する為に行動する事ですわ。そうでしょ?」
「え、えぇ」
「そうね、いや、そう『にゃ』」
ジト目のケーテの迫力に、姿勢を正して返事する二人。
「取り敢えず、東の方、『魔法都市オードナルド』に向かいましょう。そこで一月程様子を見てから国境付近に行く方向で……っと言いますか、貴女達も着いてくる気なの?」
「うわっ、酷っ!!」
人差し指を立てて説明していたケーテだったが、ふと我に変えったとでも言いたげに、ナルルスとポーリーナへとボソリと呟く。
そもそもこの二人は、ここバストラまでの『同行者』……っと言う名の『監視者』だと思っていたのだが。
「本当なら、リリー達がこのバストラに到着したのを見届けたら終わりだったのだけど」
何とも言えない顔をするナルルスだったが、どうやらこのバストラでの冒険者業は、早々に諦めたらしい。
「録な依頼が無いわ。所詮噂は噂ね。他の街の依頼業務が沢山余ってるなんて事は無かったわ」
どうやら、オルボアでのゴブリン騒動により『他の地域で依頼が余ってる』という話に期待していたらしい。
「まぁ、ここバストラはオルボアに近い『にゃ』。だから、オルボアの古参冒険者とかがさっさと来て活動してるって可能性もある『にゃ』」
ポーリーナの言葉通り、ここバストラには既に四組の冒険者チームがオルボアから流れ着いていた。
その辺りの事は、冒険者ギルドに立ち寄った際、職員に聞いていた。
ナルルス達の行動が遅かった訳では無いが、他の冒険者達の方が早かっただけだ。
「そんな訳で、私達も別の街に移動しようと思ってた所。だから魔法都市まで行くのも有りだと思っただけ」
相変わらず、銀髪のストレートヘアから此方を見る目は、まるで作り物っぽく感情を読ませない。
それでも言ってる事におかしな所は無い。
それに、オルボアでは多少なりとも付き合いの合った相手だ、信用しても良いだろう。
そう判断したケーテ。
「では仕方ありませんね、私達で臨時のパーティーを組んて、東の魔法都市オードナルドを目指しましょう。そこでリリー達と合流出来れば良し。ダメでも情報集め位は出来そうですし」
「凄い。ケーテが頼り甲斐ある『にゃ』」
「予想外ね」
本気で驚き顔のポーリーナと、少しだけ目を見開きボソリと呟くナルルス。
その二人の言葉に、怒りの表情を向けるケーテだった。