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高く飛んでしまったようです

大変長く間が開きました。


( へ;_ _)へ{その分、長文にしてみました。すみません

頬に当たる風と僅かに傾いた体に気が付き、リリーは顔を上げる。

喋る事が出来ない今、成り行きに身を任せるしかないと、黒騎士の左腕に抱えられながらグッタリしていたのだが……ユラリとした動きに、思わず顔を上げてしまったのだった。


そんなリリーの目の前にあったのは……


『黒い……壁?じゃない、クロノ兄の……足?太もも?』


声の出ない口の中で呟く。

艶の無い黒い太もも部分、通称『キュイス』と呼ばれる部分がリリーの目の前にあった。

それが、リリーの目の前二十センチ程の所で停止していたのだが、突然、前へと突き出される。

正確には地面、裏通りの踏み固められた道へと振り下ろされたのだが……その左足勢いに地面は割れ、足首付近まで埋もれてしまう。


各街の大通りは、大小様々な石材を四角く削りだして敷いた作りになっている。

聖王国の場合、首都では大通りから馬車の通れる大きさの裏通りまで、全て石畳になっている。

ご丁寧に、ほぼ同じ大きさで揃えられていおり、見た目も立派だ。

当然、それなりの時間と労力と技術、更に多額の資金がつぎ込まれているのだが、地方になると、そこまでのモノが無い。

オルボアやバストラの様な大きな街であれば、大通り程度は同じ様な石畳だったりする。

ただし、裏通りになると、そこを通る人々によって踏み固められた道になっている。

今、黒騎士が立っている裏通りも、長い年月踏み固められた土の通路だった。

とは言え、何十年と踏まれた土は、下手な石よりも頑丈な作りになっていたのだが……魔法生物である黒騎士の踏み込みには、アッサリと砕かれた。


踏み込んだ左足によって、ほんの一瞬だが、リリーの体が『ガクリ』と前方へ重心を向ける。

お腹に掛かる重力に顔をしかめるが、それに合わせる様に、今度は後ろへと体が流れていく。

『えっ?!』と思い、右側の黒騎士へと視線を向けると、大きく振りかぶった右腕を前へと振り抜こうとしている姿が見えた。

もちろん、位置からして全身が見えていた訳ではないが、胸当ての向こうに右肘が見え、リリーはそう判断していた。

そこまでは冷静に……。

その向こう側、右手首が前へと出された瞬間、リリーは大きく目を見開く。

グッタリとした暗殺者ウィルが、力無く頭を下げた状態で、水平に投げられるのが見えたからだ。

『あっ』と言葉を発する間も無く、黒騎士の手から離れたウィルは、徐々に横向きになりながら、体を『くの字』に曲げ飛んで行く。

飛ぶその先には、驚愕の顔をした警備兵が見えた。


だが、リリーに見えたのはそこまでだった。

急に黒騎士の体が、前方へと流れる様に傾いて行く。

まるで『たたらを踏む』かの如く、前方へと右足が一歩出る。

更に左足が引っ張られる様に前へと一歩出る。


『ちょっ、倒れる?!』


前傾姿勢のまま前へと流される姿勢に、思わず転倒するのかと思った怯えたリリーだったが、次の瞬間、そんな事を考えている余地など無くなってしまう。

黒騎士が、前方へと急加速したのだ。


『ぐへっ?!』


喉の奥で変な声を出しつつ、黒騎士の突然の加速に目を瞑ってしまう。


黒騎士が加速した瞬間、後方で『ドン』と言う爆発音の様なモノが聞こえる。

黒騎士の右足が、前方へと進む為に踏み込んだ勢いに負けた地面が、破裂したかの様に後方、槍を構えた警備兵達の方へと散らばる。

バラバラと降り注ぐ土の塊に、『ぐわぁ?!』だの『目に入った!!』だの悲鳴が聞こえるが、そんな事はお構い無しと黒騎士は走り出す。

さらにその後方、成り行きを見ていた一般人の頭上にも細かい土が降り注ぐ。


二歩目三歩目と進み、一気に速度を上げる黒騎士。

そっとリリーが目を開けると、地面スレスレの低い姿勢で右壁際を走る黒騎士が居た。

時折、壁の凹凸が黒騎士の鎧に当たるのか『パキン』と甲高い音を立て、後方へと粉煙を撒き散らす。


そんな黒騎士の左脇に抱えられたリリーが、何とか前へと目を向けると、前方でウィルを抱えている警備兵達の姿が見える。

このまま行けば彼らの左脇をすり抜ける様な形になる……のだが、警備兵の一人が接近する黒騎士に気が付くと、腰のショートソードへと手を伸ばすのが見えた。


『すれ違う所を狙う気?!』


互いの距離から十分ありえる行動だが、黒騎士の動きなら簡単に避けられるハズ……っと、リリーは軽く考えてしまった……そこでまさかの行動が無ければ……だが。


互いの距離が十メートルを切った辺りで、黒騎士の進行が変わる。

それまで壁際を駆け抜けていたのが、斜め左へと進路を変える。


「えっ?!」


その声を出したのはリリーだったのか、それとも警備兵の誰かだったのかは分からないが、黒騎士は、その速度を落とす事無く斜め方向に走る。

警備兵達に向かって。


「っな?!ちょっ?!」


ショートソードを抜く直前になっていた警備兵が、驚きの声を上げる。

それでも減速せず突っ込んで行く黒騎士。

残り四~五メートルで左足が力強く地面を踏み込む。

『だん』と言う音と共に浮き上がった黒騎士は、二メートルから三メートル程の高さを『フワリ』と飛ぶ。

その巨体に似合わない、まるで『木葉(このは)』の様に浮く。


『飛び越える気?』


何とも言えない浮遊感の中、リリーが目線を少し下に向ければ、目も飛び出さんとする程開けた警備兵達が見えていた。


『でも、飛び越すなら壁際(あのまま)でも良かったのでは?』


ほんの一瞬の浮遊感の中、そんな事を思っていたリリーだったが、その体が下降し始めた事に気付く。

高く高く飛んでいた黒騎士の体が、重力に引かれて下がり始める。

四~五メートルの距離を『弧を描く』様にゆったりと。

当然、踏み込みの足とは逆に前へと振り出されていた右足は、その着地点へと向けられている。

『驚愕の顔をした警備兵達の真上』へと。


まるで何分も掛かっている様な感覚も、他の人達には一瞬だ。

槍を持っていた警備兵達も、その後方で指揮をとっていた者も、さらにその後ろに居た野次馬達も、大きく飛んだ『如何にも重そうな黒い鎧の大男』が、警備兵達の山に落ちていく様を見て息を飲む。


黒騎士の右足が、彼ら警備兵の上へと迫って来る。

避ける事も出来ない、ならばと足腰に力を入れて踏ん張る。

飛んで来たウィルを受け止める為、姿勢を下げていた事で直ぐに行動出来た、それが間違いだったのだが……。


リリーの耳に『パキリ』と言う、何かが砕ける音が聞こえた気がした。

黒騎士の右足が踏んだそれは、気絶したウィルの左胸の辺りだった。

ウィルの鳩尾辺りを踵からめり込ませ、爪先を左胸へと下ろす。

それまでの『軽い』感覚とは裏腹に、重い衝撃を下へと伝える。

パキリと砕けた音と共に、ウィルの口から勢いよく血が吹き出る。

恐らく、砕けた音は左胸の肋骨、その肋骨が肺にでも刺さり、踏まれた勢いで口より噴出したのだろう。

警備兵達の頭上へと血煙がばら蒔かれる……が、警備兵達もそれどころでは無かった。


ウィルの体を伝って、両手両足に衝撃が走る。

黒騎士の右足を受け止め様とした事により、ウィルから伝わった重さに、体中の骨が軋む。


「ぐあぁ?!」


誰かの叫び声が聞こえ、同時に『ボキッ』と何かが折れる音が響く。

ウィルの上半身を支える様にしていた警備兵の両手が折れ、悲鳴を上げながら体勢を崩していた。

一人が崩れれば全体も崩れる。

その崩れに合わせる様に、右足へと重心を掛けていた黒騎士が踏み抜く。

その体を真上へと向けて。


『ドン』という衝撃により、手や足、指等を在らぬ方向へと向けた警備兵達が吹き飛ばされる。

彼らを吹き飛ばした黒騎士は、先程とは違い、真上へと飛ぶ。

斜め上方向へと体を傾けながら、迫って来た高さ十メートルの壁へと左足を上げて蹴る。

左側の壁に、大きな足跡の凹みを付け、体を縮めると、壁を再度蹴り上げる。

足跡部分を中心に壁が崩れるが、そんな事は構わず、今度は右の壁へと斜めに飛ぶ。

そして、右足を壁に凹ませながら、また体を縮め、再度蹴る。


右へ左へと振られていたリリーが、急に訪れた静寂に、そっと目を開ければ、そこは三階建ての建物の屋根の上だった。

眼下には、体勢を崩して倒れている警備兵達とウィル、その向こう側、大通り方面には、驚愕の顔で此方を見上げる警備兵達と人々。

下から掲げられた松明の明かり、それに写し出された黒騎士は、誰の目から見ても異常だったろう。

十四~五メートルはある三階建ての建物、その壁を蹴って、三角飛びの要領で屋根の上まで飛び上がるなど……しかも、それをやったのが全身鎧の大男。


誰も彼もが動けない状況を見下ろしていた黒騎士だったが、まるで興味も無いとでも言う様に踵を返し、屋根の上を駆け出した。


「はっ?!いかん、追え!!あの黒騎士を追うのだ!!」


屋根の向こうへと黒騎士の姿が消えて数秒、我に返った警備隊隊長が周囲へと指示を出す。

屋根の上に居る相手とは言え、見過ごす訳にもいかない。

伝令の兵に応援を呼ぶ様指示すると、槍を持った警備兵達に、ウィル達負傷者の手当てを命じる。


彼らの元へ近付くと、その被害に驚く。

左胸を踏み抜かれたウィルは、何とか生きている状態だ。

他の警備兵達にしても、六名全員が何処かしらの骨折をしており、うめき声を上げていた。


「急ぎ神官を呼べ!!大至急だ!!」


ウィルの左胸の状況を見ると、側に居た警備兵にそう伝えるが、今の状況では圧倒的に人手が足りない。


「神官では無く修道士(モンク)ですが、簡単な回復魔法なら使えます」


どうすれば……と、悩む警備隊長の元へと近付いて来たのは、一人の女性冒険者だった。

同じく、応急処置程度なら出来ると名乗りを上げた他の冒険者達に治療を任せると、警備隊長は数名を残して黒騎士を追い出す。

途中で合流した他の部隊に対して、


「目標は『黒い鎧の大男』、人を無残にも踏み潰す極悪非道な黒騎士!!小さな女の子を拐い逃走している!!急ぎ捕まえるのだ!!」


そう大声を発する。

彼が行く先々で発するこの台詞が、尾ひれを付けて市民へと広がって行く。

徐々に広がるその内容は、いつの間にか


『無慈悲にも人を傷付け、踏みにじる極悪非道な殺人鬼黒騎士』


と、呼び名を変えて行く事になる。

当の本人達の知らぬ間に。

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