二つ名を付けられようとしていました
かなり遅くなってしまいました。
申し訳ありません。
( へ;_ _)へ
警備兵と黒騎士、お互い相手の出方を見るように無言の睨み合いとなっていた。
警備兵の隊長は、『黒い鎧の大男』の後方へと向かった部下を待ちながら、前方へと目を向ける。
薄暗い路地裏、そこに立つ大男の全身を見る。
身長は二メートルを越え、艶の無い全身鎧姿、ユラリと立つその姿は、目線を外せば死者の如く消え去りそうな、不思議な気を漂わせている。
暗闇でも下ろされたバイザー部分からは、赤黒い光が漏れている。
恐らく、暗闇でも見える様な魔方が掛けられているのだろう……と、そう考えながら再度、鎧姿を見る。
全身一体となったその姿は、何処かの国の騎士姿にも見える。
デザインに見覚えは無い為、この大陸にある四大大国出の者では無い、そう考えていた。
ーーー
四大大国とは、西の大国『神聖アウグスティア王国』。
対する東の大国『ヤグマカト帝国』。
北の大国『ロベルディア大公国』に、南の『都市国家同盟国』の四つを言う。
さらに、各王国帝国の間に、複数の小国が存在しており、歴史的に見ても、まだまだ戦乱期と言える状態だった。
ちなみに、真っ黒い鎧と言うのは、この世界では珍しくない。
曰く、真っ黒い鎧は、飛び散った血の汚れが目立たないと言う理由だけで重宝されていたりするからだ。
ならば赤が良いのでは?と言われそうだが、赤の染料は、衣類によく使われる事が多く、消耗が激しい。
その為か、真っ赤な鎧の数はとても少ない。
ーーー
警備兵の隊長は、目の前の黒い鎧の大男を『何処かの公国、或いは小国の元騎士』だろうと想定していた。
この世界で言う『騎士崩れ』と言われる者達の事だ。
騎士崩れとは、何らかの理由で国を追われた者達の事を言う。
その理由は様々だが、一番多いのは『国家滅亡による逃亡兵』だろう。
王子や王女を逃がす為、共に逃げる者達等がそれに当たる。
他には、国家間の戦争時の逃亡兵だ。
圧倒的戦力差に怖気づいた兵が、戦場から逃げ出し、他国へと流れ着く。
『目の前のこの男もその類い……か?』
そんな事を考えている間にも、黒い鎧の大男への包囲網は完成されようとしていた。
後は、目標の後方に回った仲間が到着するのと同時に身柄を押さえるだけだった。
後方に回った面々は、ショートソードと『投網』を持たせている。
これは、十年前から採用した方法だった。
商人が集まるこのバストラでは、人拐いが多発しやすかった。
拐われた人達は、他国へと連れ去られ、そのまま奴隷として売りに出されていた。
ちなみにこの聖王国では、犯罪者に対しての『犯罪奴隷』は存在しているが、一般的な奴隷商は存在していない……事になっている。
ただし、裏では人身売買が横行しており、国としても頭の痛い問題になっている。
バストラでの人拐い対策が、投網による犯人捕獲方法だった。
人間、頭上から物をかけられると、そこから逃れようともがき、折角の人質の存在すら忘れてしまう。
そんな心理状況を読んだ捕獲方法と言える。
さらに、狭い路地裏での取り回しにショートソードを主体とする事で、素早く犯罪者を捕らえる事が出来る。
前面に居る槍持ちは、謂わば『オトリ』であり『逃走防止の壁』になる。
「隊長、まもなく包囲が完成します」
「あぁ、ご苦労。では、後方の兵達の姿が見え次第、黒い鎧の……ふむ、長くて言い難いな……黒い男……騎士崩れ……鎧の大男……黒い騎士崩れ……」
「隊長、今は単純に黒騎士とでも呼んでおけばよろしいのでは?」
相手をどう呼べばよいか、急に考えだした隊長に、伝令の兵が呆れ顔をしながらそう伝える。
この警備兵の隊長、性格は良く、剣の腕は並だが戦略眼があり、多数の部下を手足の如く使いこなす程の優秀さを持っていた。
ただ、惜しむらくは、気になる人物には『二つ名』を付けたがる事だろう。
特に、仕事柄犯罪者に対しては、その心に微妙なダメージを与えそうな名を付ける事がある。
『これさえ無ければ……』等と、部下に思われてるとは露知らず、そんな部下の言葉に「なるほど、黒騎士……暫定……それもそうか」と納得すると、真っ直ぐに視線を向ける。
「よし槍隊、暫定黒騎士に対し、一歩前へ」
その指示に、槍を持った警備兵達が「おう」と返事をし、前方へと一歩進む。
これは、相手に対して威圧感を出し牽制する為と、後方から接近している別動隊への意識を誤魔化す為の、いつもの戦略だった。
徐々に迫る槍隊の圧力に、大抵の犯罪者は降参するか後方への撤退へと移るハズ……だったのだが
「微動だにせん……だと?!」
大抵の者達は、訓練された兵が規律正しく動けば、何かしら動揺するものなのだが、黒騎士に一切の動きは無かった。
「槍隊、さらに一歩!!」
黒騎士に動きは無くとも、今は進むしかないと判断し、部下へと前進の指示を出す。
黒騎士との距離は六十メートル程。
予想では、半分の辺りで、後方に回った部下達が範囲に入る、そうなれば、確実に捕らえる事が出来る……そのハズだった。
ーーー
動きがあったのは、槍隊が二十メートルを越えた辺りだった。
それまで、迫る槍隊をジッと見ていた黒騎士だったが、流れる様な動作で、壁際でグッタリとしていた冒険者風の小柄な男、暗殺者ウィルの首根っこを右手で吊り上げる。
その動きに驚いた隊長は、直ぐに「その手を放せ」と命令する……が、当然放すはずもない。
高々と吊り上げられたウィルだったが、リリーによって深い傷は完治していた。
失った血液は回復していない為、気絶したままだったが。
そんなウィルを吊り上げたまま、黒騎士は右足引いて体の位置を反転させる。
丁度、迫る槍隊に背中を見せる様な姿勢だ。
『今更逃走する気か?』
左手に抱えたリリーと、右手で吊り上げウィルを人質に、後方へと逃げるのかと思い、槍隊へ一気に突進するよう指示を出そうとした瞬間、それは起きた。
黒騎士の左足が持ち上がり、ウィルを持つ右手が後方へと振られる。
右足一本で立つその姿に、隊長が目を見開く。
黒騎士のその後ろ姿は、まるで『槍投げでもしようとしている』様に見えたからだ。
「まさか!!」
だからこそ、視線の先、暗闇の向こう側から後方に回った別動隊の姿が見えた瞬間、声を出していた。
ただ一言
「避けろ!!」
っと。
ーーー
黒騎士の後方に回り込んだ警備兵達六人は、二列になって走っていた。
先頭の二人は両手に投網を持っていた。
目標の背後に出ると同時に投擲、動きを封じ込めるつもりだった。
その後ろを走る四人は、右手に小型盾を持ち、いつでも前に出れる様に周囲に鋭い目を向けていた。
前の二人が投網で相手の動きを封じると同時に、後ろの四人が飛び掛かり、相手を拘束する、ただそれだけだった。
今まで何度も繰り返してきた戦法だ。
捕まえた相手、奴隷商や人拐いの数は二桁になる。
だからこそ今回も、いつもと同じ、緊張せず、訓練通りにやるだけだった。
前方から自分たちに向かって『人が飛んでこなければ』だが。
ーーー
槍を構えた警備兵達も、その後ろで指揮をしていた隊長も、大通りから遠巻きにしながら、裏路地の捕物を眺めていた一般人達も、全員がその光景に驚いていた。
小柄とは言え人が、まるで巨大な矢の如く『水平に飛ばされた』のだから。
槍投げの要領で引き絞られた黒騎士の右手が、霞む速度で前方へと振り下ろされる。
その瞬間、右手に吊り上げられていたウィルが、水平に射ち出される。
まさに、弩から射ち出されたと表現するかの速度で、黒騎士の後方、約五十メートルに居た警備兵へと向かって行った。
眼前に迫るウィルを避けようとするが、あまりの速さに無理と判断した警備兵が、手に持った投網を投げ捨て、受け止めようと構える。
だが、胸の辺りで受け止めた瞬間、二人の警備兵は後ろへと吹き飛ばされる。
勢いが強過ぎたのだ。
ウィルと警備兵が、後ろへと縺れる様に吹き飛ばされるが、その後方に居た四人が、まるでラグビーのスクラムを組む様な姿勢で、がっちりと動きを止める。
『止まった』
警備兵の一人がそう思った瞬間だった。
勢いよく、上から圧力を感じ、体が押し付けられる。
『何だ?!』と目を見開くとそこには、自分たちを踏み台にし、上へと飛び上がろうとする黒い鎧姿があった。