なかなか外れませんでした
続きが遅くなって申し訳ありません。
( へ;_ _)へ
リリーのすぐ横に、『ぺしゃり』と何やら湿ったモノが叩き付けられる音が響く。
思わず目を瞑っていると、その湿ったモノが『ずるり』と壁を伝ってずり落ちる音が聞こえくる。
恐る恐る音の方へと目を向けると、薄暗い路地裏の壁際に何かが見えた。
それは、全身ボロボロになったウィルだった。
顔の真ん中は平らになり、黒い液体がボタボタと垂れていた。
平らに見えたのは、鼻を中心に頬の骨まで砕かれたせいだ。
鼻の内部で折れた骨が刺さり、血が流れ出ている。
ダラリと垂れ下がった両腕は、手首を中心に雑巾の様に搾られ、曲がってはいけない方向を向いていた。
よく見れば、右の胸が盛り上がっている。
これは、黒騎士の蹴りにより肋骨が折れ曲がったせいだ。
ウィルが、無意識に横に飛び、威力を逃した事で骨折のみの被害だったが、そうしなければ折れた肋骨が肺に刺さり、致命傷だったかもしれない。
そんな状態のウィルが「ひゅ~……ひゅ~……」っと、途切れ途切れの呼吸を洩らす。
致命傷では無かったが、どちらにしてもこのままでは死んでしまう可能性がある。
『ダメ!!』
そう思ったリリーは、ウィルに駆け寄ろうとしたが、腰が浮いた瞬間、べしゃりと顔から地面に倒れ込む。
「なっ?!まだ……足が……」
太ももより上の痺れは収まったが、膝辺りの感覚がまだ戻っていなかった。
その為、起き上がろうとする体の勢いで倒れ伏してしまったのだった。
痛む鼻先を押さえていると、すぐ傍らを『がしゃり』と鉄の音がり通り過ぎる。
はっとなって顔を上げるとそこには、ウィルに近付く黒騎士の姿があった。
「ま、待って……黒騎士さん?」
『かしゃり』と音を立てて一歩前に進む。
「止まって……黒騎士さん?」
さらに『がしゃり』と音を立てて一歩進む。
「黒騎士……さん?!」
『がしゃり』と音を立てて一歩進む。
「黒騎士さん!!」
その大きな手が、ウィルの頭部へと伸びるのが見えた。
『とどめを……頭を握り潰す気?!』
いくら自分を拐った人だったとしても、見知った人を殺させる訳にはいかない。
リリーは、手の力だけで這いながら、黒騎士に止める様に叫ぶ。
「黒騎士さん……止めて!!もういいから……止め……」
リリーの声すら聞こえないと、完全に無視した状態で手を伸ばす黒騎士は、ウィルの頭を半分隠れる様に握る。
薄暗い裏通りに『めきっ』と音が鳴り響く。
それを見た瞬間、リリーの中で何かが弾ける。
「止めなさい黒騎士!!これは命令です!!」
普段のリリーなら、絶対に言わない強い口調で命ずる。
その声を聞いた黒騎士は、ウィルの頭部を握った手を広げる。
僅かに浮き上がった腰が『すとん』と落ちる。
そんなウィルに、ズリズリと音を立てながら近付くリリー。
ウィルの体が、ビクリと痙攣し始める。
「早く……しないと……」
右親指を噛み、ウィルへと手を伸ばす。
予想以上に強く噛み過ぎたのか、ポタリと垂れる血の量に一瞬慌てながらも、その血を目の前に放り出されたウィルの足へと伸ばす。
『魔方陣を書いてる暇は無い』
本来なら、範囲や効果等を織り込んだ魔方陣を書き込むのだが、今は時間が惜しい。
自分の血が染み込んだ事を確認すると、すぐに集中する。
自分の胸の奥、心臓付近へと意識を向ける。
ゴブリン討伐の際、長時間スキル発動を意識したせいか、自分の中の力の元を掴む事が出来ていた。
胸の奥にあるフワリとしたモノ、暖かいそれを動かす。
胸から右肺、右肺から右手へと移動させる。
ゆっくりと動くそれを親指の先からウィルへと向ける。
リリーの血液に触れた『それ』は、空中に拡散していく。
『くっ、やっぱり魔方陣が無いと』
リリーからの力が空気中に拡散していくのが分かるが、今さら止める訳にもいかない。
効率は悪いが、回復の為の力は多少巡っている。
その証拠に、先程までボタボタと垂れていた血が、ポタリと滴にまで収まっていたのだから。
リリーは更に力を込める。
体の中の『それ』を大きくするイメージ、そして大きくなった『それ』をウィルに向けるイメージを。
その瞬間、本来不可視であるハズのスキルの光が、まるで結晶の様に空中を漂う。
目を閉じ、汗を流すリリーには分からなかったが、その光は路地裏から表通りにまで漏れ出る程だった。
光を浴びたウィルの顔が、まるで内部から空気でも入れたかの様に膨らんで行く。
平らになっていた両頬、さらに、大きく凹んでいた鼻も形を整えて行く。
右胸の骨は、逆に『ポキポキ』と音を立てて収まって行く。
『これなら何とか』
なると思った瞬間だった。
それまでピクリとも動かなかったウィルの体が、まるで痙攣するかの如く跳ねる。
声は出ていないが、両手をつき出す様に跳ねる。
『何事?』とリリーが目を開けると、そこには再生する手首の肉片に食い込む籠手があった。
リリーのスキルで肉体は回復するが、当然ながら籠手の様な防具は再生しない。
その再生しない防具が、まるで万力の如く、内部から盛り上がってくる肉体を傷付ける。
ほとんど意識の無いウィルだったが、断続的に成される肉体の損傷に、体が反応してしまっているのだった。
「これを……外さないと……」
リリーのスキルとの通路は既に繋がっている為、手を放しても多分問題無い、そう判断したリリーは、スキル発動状態を保ちつつ、ウィルの籠手へと手を伸ばす。
だが、握り潰された籠手を外すのは、かなり厄介だった。
見た目こそ『皮の籠手』だったが、その内部からは鉄と銀色の部品が見え隠れしていた。
鉄は籠手の強度を保つ為の部品であり、銀色はミスリルで『針の射出』用の機構だ。
それらが再生する肉体にめり込み、傷付けていたのだった。
「先ずは籠手を……外さないと……」
手前に見えていた固定紐を引っ張るが、リリーの細腕ではびくともしない。
そうしている間にも、再生と切傷を繰り返すウィルの姿に、リリーの心は焦るばかりだった。
そんなリリーの手元に、黒い腕が伸びてくる。
驚き顔のリリーだったが、その腕は、リリーの手元からウィルの籠手部分を受け取り、勢いよく左右に動く。
まるで熟れた果物でも裂く様に、簡単に籠手を真っ二つに割る。
そんな芸当が出来るのは黒騎士だった。
ウィルの頭へと向けていた手を籠手破壊へと向けたのだった。
リリーが唖然としてる間に、もう片方の籠手も破壊していた。
後は回復させるだけ、とリリーが気合いを入れた瞬間
「そこの怪しいヤツ、動くな!!」
裏路地へと、松明片手にやって来たのは、バストラの警備兵達だった。




