やられてしまったようです
続きです。
( へ;_ _)へ
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暗殺者ウィルは、聖王国の生まれでは無い。
南部にある商業都市で生まれた……らしい。
らしいと言うのは、彼自身に幼き頃の記憶が無いからだ。
特に母親が居たと言う記憶が無い。
気が付けば、父親と二人で旅をしていたのだ。
一番古い記憶ですら、何処かの街に入る所だった。
そんなウィルの父親も、やはり暗殺者だった。
フリーの暗殺者であり『大物喰らい』の称号を持っていた。
『大物喰らい』とは、本来『一般的冒険者達が何らかの理由で上位の魔物と戦い勝つ』事を意味していた。
裏家業でも意味は同じで、暗殺者よりも強い者達、大抵の場合は護衛の騎士であったり冒険者だったりするのだが……それらを倒した際に付けられる名だ。
ウィルの父親も、上位の者達を倒し、称号を得ていた。
ただ、ウィルの父親の能力が、ズバ抜けて高かった訳では無い。
彼こそ、ウィルに『暗器』の使い方を教えた人物と言える。
ウィルの使う暗器は籠手であり、父親が使用していた代物だ。
暗殺対象と対峙した際、左籠手に内臓された針で牽制し、右手の剣で仕留める、それこそがウィルの父親の戦い方だった。
初見でまち針程度の針を見切った者は、殆ど居ない。
針が刺さらずとも、顔を反らした際に出来る隙を突かれて殺られていたからだ。
そんな父親だったが、ウィルが八才の時、聖王国の暗殺者ギルドの要請で支援に向かった際、不意を突かれて死んでいる。
この時、標的は殺害出来たが、暗殺者ギルドの被害も大きかった。
ウィルの父親以外の『大物喰らい』も一人死んでいた。
後で分かった事だったが、暗殺者ギルド内部に裏切り者がおり、情報が流れていた為だった。
情報を流した者は、それは凄惨な最後だったと言われたが、ウィルには関係無い事だった。
死んだ父親から、暗器の籠手を取り外し、それを自分のモノとして使う様にした。
その際、裏組織の暗殺者ギルドの世話になる事にした。
暗殺者ギルドにしても『大物喰らい』の息子を手元に置くのは、将来的な戦力増強に繋がると見ていたからだ。
それに、ギルドの人的被害も大きかった事で、一人でも多く、戦える者が欲しかった事もある。
こうして、暗殺者ギルドの一員になったウィルは、十三才になるまで、ギルド内で一般常識と暗殺技術を学び、表の組織を得て冒険者になった。
純粋な暗殺者では無く冒険者になった理由は、ウィルの身体能力が暗殺向きでは無かったからだ。
ウィルは剣を扱う程の筋力が無く、針とナイフによる戦い方は、どうしても長期戦になり易く、暗殺向きとは言えないモノだった。
そこでギルド側としては、表舞台に立たせ、情報収集を中心にさせようとなった訳だ。
ただし、一つだけ誤算があったとすれば、彼『ウィル』の精神状態 だった。
彼は、『大物喰らい』の父親を直ぐ側で見ていた為、その精神は歪んでいた。
『上位者と戦い勝つ』
それこそが彼、ウィルの心に刻まれた『正義』だった。
駆け出しの冒険者となり最初にやったのは、彼を侮った先輩冒険者の殺害だった。
銀級の先輩冒険者は、登録に来たばかりのウィルに、侮蔑の言葉を掛けた。
内容は何処にでもある話だ。
冒険者としてギルドに行けば、大なり小なりある日常……のハズだった。
ウィルは、そんな先輩冒険者を最初の獲物とした。
銀級であり、ウィルよりも経験豊富な先輩冒険者は、武器を振るう間も無く、汚い路地裏で倒れた。
そんな事を数回繰り返している内に、ウィルの精神状態は汚染されていく。
『もっと強い者を』
……っと。
一般的な冒険者のフリをしながら旅をし、今はオルボアと聖王国首都を行き来する冒険者達の中に紛れ込んでいた。
彼の狙いは、オルボアの冒険者、金級のベンノ。
その隙を狙う為だけの為に、この商隊の護衛をやっていた。
そんな彼の前に『予想外の獲物』が飛び込んできた。
西から来たと言う『黒い鎧の大男』だ。
裏世界の住人から狙われていながら、未だに健在の『黒い鎧の大男』に、ウィルは興味を持った。
周囲を探っていた情報屋も、隙を狙っていた暗殺者も、全て返り討ちにあったと思われる状況に、ウィルの心は踊った。
金級のベンノより先に『喰らうべき獲物』だと。
タイミング良く引き摺り出してみれば、自らの予想以上だった。
重い全身鎧である事を忘れる程の速度で動き、気配を完全に消し去るスキル。
そして、壁すら突き抜ける程の豪腕、全てがウィルの予想以上であり最高の獲物だった。
だからこそ、本来なら徹底的に相手の手の内を研究する所を無視し、強引な手を使ってまで戦いの場を作った。
そして、必勝の策は成る。
左の籠手は、痺れ針と毒針を仕込んだ牽制用、だが右の籠手は違う。
ウィル自身の非力さを補う為に考え出した殺傷用。
親指程の太さの針……と言うより、杭に近い代物を射出する暗器。
左の籠手と違い射程距離が短く、命中率も低いそれを至近距離で放つ。
これこそがウィルの到達した『大物喰らい』の策だった……が。
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黒騎士の頭部に、ウィルの右籠手から射出した針が吸い込まれる。
それを見ていたウィル自身、内部にあるであろう『顔』に刺さる様子を想像した。
目を貫き脳へと刺さる、そして倒れる黒い鎧の大男……っと。
だが、周囲に響き渡った音は違った。
『ココン』
っと、まるで内部をすり抜けて、鎧兜の裏側に当たったかの様な音が鳴る。
「はぁ?!」
右手をつき出した姿勢のままで動きを止め、思わず唖然としてしまったのは、暗殺者としても致命的間違いだった。
ここでウィルが取るべき行動は、大きく間合いを取る事だった。
気が付けば、ウィルの右手首を黒騎士の大きな手が掴んでいた。
そして『グシャリ』と言う音と共に、籠手ごと握り潰されていた。
突然、右手から来る熱と痛みに我に帰ると、左籠手を黒騎士に向け、牽制の為の針を射出しようとした。
だが、その左手も右手と同じ様に握り潰される。
両手を黒騎士に握り潰されながら、何とか逃れ様と足掻くが、掴まれた両手はびくともしない。
下から顎先を狙って蹴りを放つが、軽く首を振るだけで避け蘿れるてしまう。
その際、顎先に蹴りが当たった衝撃で『カラン』と兜内から音が鳴ったのが余計に腹が立ったのだが。
さらにウィルが、追撃の蹴りを放とうとした瞬間、フワリと自身の体が浮かぶ。
黒騎士が両手を持ったまま、ウィルの体を空中に放り投げたのだった。
突然の状況だったが、素早く足元に何も無い事を確認する。
『着地と同時に距離を取れば』
そう思ってたウィルの顔に、パシンと衝撃が走る。
熱いモノが鼻からボタボタと垂れ落ちる。
黒騎士の掌低打ちにより鼻が潰れ、大量の鼻血が出ていた。
息が出来ず、『ぷはっ』と音を立て、口で息を吸う。
足元が揺れ、自分の位置すら把握出来ない所に、回し蹴りが来る。
右脇に受けた蹴りによって、壁際を滑る様に飛ぶ。
前方にあった壁にぶつかり、弾かれたウィルは、あばら骨も折れ、ボロボロの姿となっていた。
大物を喰らう事だけに執着していた暗殺者は、その全てを壊され、地に倒れ伏す事となったのだった。




