それは針でした
お待たせしました。
( へ;_ _)へ{続きです
ウィルがユラリと揺れ、それに合わせる様に黒騎士が一歩前に踏み込む。
黒騎士の動きに合わせウィルも前進すると、黒騎士の鋭い拳が襲い掛かる。
その拳を紙一重で交わしながらも前進し、左右の手が動く。
ジャリッと言う音と共に大きく距離を取るウィルだったが直ぐに態勢を整え、またユラリと揺れ動く。
そして、同じく態勢を整えた黒騎士が一歩前に踏み込む。
まるで、示し合わせたかの様なやり取りをリリーはただ見守っているだけだった。
黒騎士の放つ手刀が柱を折り、拳と蹴りが壁に穴を開ける。
その向こうから『ひぃぃ?!』と悲鳴が聞こえてくる。
この辺りに住む住人達だろうが、突然の状況にただただ怯えるだけだ。
そんなウィルと黒騎士のやり取りだったが、リリーには、僅かな違和感があった。
『何かが違う』そう思えるのだが、何が違うのか分からないでいた。
そうしながらも、既に十合は渡り合っていただろうか、ウィルが大きく距離を取り、息を整える。
対して黒騎士は、そんなウィルの動きをジッと見るだけだった。
「はぁ~ホント、君は何なのかな?息切れ一つ起こさないなんて。実は中身化け物の類い?」
中身の話に、思わず『ビクッ』と肩を跳ね上げ反応を示すリリーだったが、黒騎士に視線を向けていたウィルは、気付かなかった様だ。
そんなウィルは、手に持っていたナイフを捨てると、新しいナイフを腰から取り出す。
捨てられたナイフは、見ただけでも分かる程刃零れを起こしていた。
「まったく、これで何本目になるか分からないけど、赤字だよ」
「……」
新しいナイフを持ち、ゆっくりと立ち位置を調整する。
対する黒騎士はと言うと、右手首、右肘、右肩に途中で折れたナイフの刃が一本ずつ刺さっていた。
さらに、左肩に二本のナイフが刺さっている。
足元には、それらナイフの破片や握り手部分が散乱している。
だが、気にした風も無く、まるで埃でも払うかの様な動きをすると、『チャリン』と音を立ててナイフの刃が落ちる。
「はぁ、参ったねこれ。あれだけやっても刺さる所か傷一つ無しかよ。ホント、とんでもない化け物だね~君」
そう言いながら肩を竦めるウィル。
しかし、そんな余裕の表情のウィルに、何故か疑問顔のリリー。
普通であれば、これだけ攻撃が効かなければ、多少は焦るなりするハズだが、一向にそんな気配が無い。
『何故?』と疑問に思う間も無く、先程と同じく様な攻撃が始まる。
ユラリと揺れるウィルに一撃を食らわせ様とする黒騎士、そこでリリーには違和感の正体が分かった。
黒騎士の動きが鈍いのだ……と。
今まで見てきた黒騎士なら、ウィルが仕掛ける隙も与えず攻撃していたハズだ。
それなのに、今の黒騎士は、まるでウィルの動きを待つかの如く鈍い。
さらに言えば、黒騎士の攻撃を『武術のド素人』と言えるリリーの目で追える時点でオカシイのだ。
「う~ん、そろそろなんだけどなぁ。君、体の調子はどうだい?」
「……」
「?」
ウィルのその言葉に無反応の黒騎士だったが、リリーは疑問の視線を向けていた。
『そろそろ?何が?』そう思っていたリリーは、自分の近くに光る何かに気付く。
裏路地に僅かに掛かった月明かりに光るそれは、複数の小さな針だった。
「針?」
「おっと、それに触れちゃダメだよお嬢ちゃん」
思わず伸ばした手をウィルの言葉で引っ込める。
ウィル自身、少しだけ焦っている様にも見える。
「ん?」
『この針に何が?』と凝視してみると、針に何やら液体が付いていた。
透明で匂いも無いそれだったが、どうにも不吉な予感がした。
「もしかして……毒……針?」
「そう正解~、だから触っちゃダメだよお嬢ちゃん」
ニッコリと屈託の無い笑みを向けるウィルだったが、リリーは思わず後退りする。
笑顔とは別に感情の無い目。
さらに、自身の周りに刺さっている複数の毒針。
混乱する思考に片隅で、何か光る物が飛来するのが見えた……気がした。
それが空中で打ち落とされ、リリーの手前に落ちる。
「?!」
驚くリリーだったが、空中で光るそれを『籠手』で払ったのは黒騎士だった。
その黒騎士の周囲には、僅かに飛び散った毒液が舞う。
「また防がれちゃったかぁ」
そう言いながら、裏拳を繰り出した黒騎士の右脇腹を掠める様に、ウィルがすれ違う……っと同時に『ギャリッ』っと言う音が響き渡る。
黒騎士の右脇腹辺りに火花が飛び散るが、平然と態勢を整える。
「ホントに頑丈だね君、それに毒も効いてない様子だし、困ったねぇ」
そんな輕口を叩きながらも、またユラリと揺れる。
そして、黒騎士が飛んで来たと思われる針を叩き落とす。
さっきまでと変わらない攻撃に、リリーはふと首を傾げる。
効かない攻撃を繰り返す理由が分からなかった。
もしも、黒騎士が疲れる事を狙っているのだとしたら無駄だ、彼は『人』では無いから。
勿論、そんな事を普通の人達が知る由しも無いが、何れにしろ、長期戦を考えているならウィルの方が不利になる。
生憎、リリーは武術に対して素人なので『疲れを待っているのかな?』程度にしか思っていないが、これを武術の心得がある者達、たとえば金級冒険者ベンノの様な者が見れば、ウィルの単調な攻撃が、何かを狙っているモノだと気付いただろう。
単純単調な動きとタイミング、外すなら今この時と言う状態。
ユラリと揺れた後のウィルが突っ込んで来る。
先程までと寸分違わぬタイミング、それに合わせる様に繰り出される黒騎士の右の裏拳。
紙一重で交わしたウィルがすれ違……わずに、自らの右手を前に向ける。
自身の拳によって、黒騎士の大きく体の前面が開く。
単調な攻撃から、ウィルが自らの体の横をすり抜けると思っていた所を突かれた。
今の黒騎士の姿勢は、言うなれば『死に体』だ。
右手は、裏拳の勢いで大きく外側に振られ、左手は、針を払い落とす為に振り切られた後だ。
両手を左右に大きく広げ、軸足も動き切った後の為、蹴りを放つには、片足を一歩下げなければならない、完全な無防備。
そんな黒騎士の顔に向かって右手を突き上げるウィルは、ニヤリと笑う。
「ははっ、やっと油断してくれたねぇ」
その右手に着けた籠手から、今までとは違う『長い針』が飛び出し、黒騎士の頭部、バイザーにある視界を確保する為のスリット部分へと吸い込まれていく。